こちらは拙宅の小説の「さよなら」および「おかえり」の後日話になります。なので、そちらの方を先に読むことをオススメします。
読まれていない方は是非こちらから。 → 「さよなら」  「おかえり」




































































昼間起きた宝飾店強盗の事後処理及び報告書作成のため今日も残業になってしまった。・・・残業は別に嫌いではない。 軍人とはこういう不測の事態に対応することこそを求められているし、私たちがいることで一般の方々が平穏な生活を送れるというのならこれほど遣り甲斐のある仕事はないと思う。
ただ、昼食を食べ損なった上に夕食もまだ、となっては少々ツライものがある。 これが戦場なら神経が高ぶり、酷い不快感に襲われる所為で食欲が減退するけれど、ここはある意味戦場でも、それでも一般で言うところの『日常生活の場』に過ぎない。 よく動けばその分お腹が減る。あぁ、もう本当に限界に近い・・・。






やっと仕上がった報告書と共に中佐の執務室に向かった。『節約』の名の下で照明が抑えられた廊下には月明かりがぼんやりと差し込んでいて、父と住んでいたあの家の廊下を思い出す。
・・・最近やけに感傷的だ。泣いたりはしないけど。


コンコン


「ホークアイです。強盗事件の報告書をお持ちしました」
「入れ」
「失礼します」
執務室の中は光に溢れていて一瞬目が眩んだ。でも有能な副官の態度を崩したくなくて精一杯の虚勢を張る。“これくらいのこと、平気です”と何もなかったフリをする。 ここ東方司令部に配属になってから、そんなことばかりが上手くなっている気がした。
「意外と速かったな」
「中佐の采配がよろしかったのですよ。特に、お店側の聴取をブレダ准尉に任されたことで報告までスムーズに済みました」
「そうか。では報告書をもらおう。あと、そっちはサインしてあるから、確認して提出してくれないか」
「わかりました」
本当に不思議なくらいこの上官は人の使い方が巧い。彼自身何でもそつ無くこなす人だけど、自分独りで何でもしようとせずに適材適所で仕事を任せていく。 部下の力量を量りながら、その能力を着実に伸ばしていく彼はやはり有能なんだと思う。頂点を目指のには仲間が必要だ。それも、信頼もできて能力もある仲間が。




書類を確認しつつぼんやりと考えごとをしてしまったことに気がついて、自分を叱咤した。最近本当に多い。 現場に出ているときは流石にないけれど、その他は・・・家にいるときでも書類を作成しているときでも、何かしら取留めのない ことを考えてしまう。その所為で仕事にミスが、なんてことあっては困るから意識して仕事に集中するようにしていたのに。
秋もそろそろ終わる頃     
原因は、きっとこれに違いない。










「少尉、これで今日の業務は終わりか?」
「えぇそうです。・・・そちらのサインもお済みですか。では提出してきます。お疲れさまでした」
最後に中佐のサインが入っていることをさり気無く確認して、他の書類と纏める。 そして敬礼をして踵を返す瞬間、中佐に呼び止められてしまった。「この後一緒に食事でもどうかね」と。
「食事、ですか?」
「・・・あぁ、何か予定が?」
「いえ、ありませんが・・・」
「少し話がある。だめか?」
ちらりと時計を確認するともうすぐ20時だった。話があるって・・・・・此処ではできない内密な話なのだろう。 今からなら時間は十分にあるし、明日私は夜勤だから多少帰宅が遅くなっても翌日の業務に差支えはない。 それに何より、家に帰ってからご飯を作るより外食した方が速いと思う。そう、とにかくお腹がすいていた。
「わかりました。ご一緒します」
「頼む。ではまた後で」
その言葉に再び敬礼を返して、今度こそ執務室を後にした。
何やら弱気になっているときに彼と食事に行くのは良くない気もするけど、仕事の話の延長だ。断る理由がないのだから仕方がない。
・・・妙なことを口走らないようにしなければ。























   よろしく  前

























 * * *
























酒が飲めないわけでもなければ嫌いなわけでもない。 社交上必要でもあるし、完全に酔いが回ったときの、あの何とも言えない感覚は遣る瀬無い気持ちを紛らわすのに丁度いいと思うからだ。 だが、今ここで飲む気は更々なかった。注意力が確実に低下すると解っていてこんな場所で飲めるはずがない。 一応形だけはグラスを置いているが、中身が減ることはないだろう。
それは隣にいる彼女も同じだ。皿の上のものばかり口に運ぶ彼女のグラスの中身も出された状態から変化がない。
2人カウンターに並んで無表情、酒も飲まずに食べてばかり。
酒を飲むことこそメインになるはずの店では一見変な客だろうが、マスターはそれを全く気にしない人物だ。 場所を指定せずに夜彼女と会うときはここ、と暗黙のうちに決まってしまった。 ここは司令部から少し遠い。さらに近くに軍の寮もないから滅多に軍人が来ないのだ。 賑やかな店の中は小声で話せば他人に内容を聞かれることもないし、干渉してこないマスターの人柄も好ましい。 利用し始めたのはつい最近だが、気に入っている場所の一つだった。






店に入って一時間。大声では言えない話が続いている。
「本当に上手くいくのですか?」
「いく。私がなんとかする」
「ですが貴方の焔が頼りになるということですよ?司令官が現場の、しかも最前線に出るなど・・・」
「問題ない。それでブレダ准尉の隊は?」
「臨機応変に対応できる者が何名か」
「よし。ハボック准尉の隊は・・・頭脳派とは言えないが体力のある者が多いから何とかなるだろう」
「・・・そうですね」
ほんの僅かだけ彼女の反応が遅れたのでチラリと横目で見遣ると、無表情が少し緩んでいた。 次の瞬間にはいつもの鋭さが戻ってしまったが。


    今の反応は何だ?


「・・・・・どうした?」
「何がです?」
上目遣いで刺さるような視線を寄越した彼女に関心がない風を装いながら、つい言うつもりのなかった言葉を口にしてしまった 自分に内心呆れる。
「嬉しそうに見えた」
「・・・・・」
「ハボック准尉の隊に何か問題でも?」
「そうではありません。任務とは関係のないことですからお気になさらないでください」
「・・・そうか」
任務とは関係ない、か。
つまりそれはプライベートな話で、知られたくないことだということ。
そう考えた私の頭の中に真っ先に浮んだのが、ハボックの隊のリカード軍曹だった。 人の良さそうな青年は先日彼女に交際を申し込んで一刀両断されたらしいが、その過程で何か良いことでもあったのだろうか。 私には関係のないことだというのに、胸の奥の奥で何かが燻っている。
独占欲に似たその感覚をそれと認識しなければまだ誤魔化しようがあったのだが、こうはっきりと自覚してしまっては後の祭だった。 つい先日彼女への想いを断ち切ると決めたのに、何をやっているのだ、私は・・・。










おかしいといえば、ここ数日彼女の様子もどこかおかしかった。 無表情なのは相変らずだが、ときどき考えごとでもしているかのように眼が遠くを見つめ虚ろになっていることがある。
理由に思い当たる節がないわけではない。秋も終わりを告げるこの季節、特に今日。 過去など全て切り捨てるよう努めていながら、どこかで彼女は無意識的に気に掛けている。


ホークアイ師匠の命日。









こんな日を利用するのは卑怯だと思った。しかし錬金術師の娘のリザ・ホークアイが相手でなければ意味がないものもある。 本当に今日で最後だと自分に念を押しながら、私はリザに話し掛けた。
「・・・・・そういえば、ずっと伝えようと思っていたんだが・・・」
彼女が再び此方を向く。
「仕事の話ではなく、素晴らしい錬金術師を父にもつリザ・ホークアイという女性に個人的な話がある」
「・・・・・・・・何です?」
こんな前置きをしたらその瞬間に帰ってしまうかもしれないという危惧はどうやら無意味だったらしい。返事をした彼女は続きを待っている。
「実は、写真を預かっているんだ」
「写真、ですか?」
「ああ。師匠が亡くなって君から譲り受けた錬金術書の中に挟まっていた写真なんだが・・・師匠と奥方の2人で写したものなんかが数枚。 君が写ったものもある。・・・・・やはり私より君が持っている方が自然だと思うのだが、受け取って貰えるか?」
「・・・・・今持ってるんですか?」
「今は持ってきていない。家だ。受け取って貰えるようなら今度渡そう」
タイミングを見て。
今の彼女なら大丈夫だと思うが、司令部の執務室で初めて会話をした日。あの日の彼女に渡したら一瞬で焼却処分になりかねない。
師匠と奥方は幸せそうに微笑んでいた。特に3人で写った写真は、そのときが一番幸福であったかのような暖かさを伝えてくる。 捨ててほしくなかった。彼女の手で無に還してほしくなかった。彼女にとって受け入れ難いものでも、彼女が両親に・・・父親である師匠に愛されていたことを証明する証を形に残しておきたかった。 「娘を頼む」という最期の言葉を守りきれなかった自分の、性質が悪いエゴだ。


思わず溜息が漏れそうになり、私は見せ掛けだけの酒を一口煽った。

























写真の話をしてから会話が途切れた。本来の目的である仕事の話は作戦内容の最終確認みたいなものだったのでそれほど時間が掛かるものでは なかったからだ。
店に入ってから一時間半。腹も満たした私たちは静かに店を出た。





夜風はその厳しさを増したようで、少し痛く感じる。視察のときのように私は前、彼女は左後を歩く。距離感も仕事と同じ。それが今の私たちの関係だ。 それを不満に思う資格を今の私は持ち合わせていない。
「中佐、中佐の御宅はそちらではありませんが」
曲がり角で足を止めた彼女の声がいつもより小さく聴こえる。
そう、彼女の言う通り、自分の家へ帰るにはこの角を曲がらなくてはいけなかった。しかし別に道を間違えたわけじゃない。
「帰るわけではないからこっちでいい」
「・・・どこか別の場所へ行くご予定があるのでしたら先に仰ってください」
いや、予定ではなく・・・。
   ただ君を送っていこうと思っただけだ」
「は?」
「だから、遅い時間は危ないだろう?食事に誘ったのは私だから、今日くらい送らせてくれ」
どこか頼りなさそうに見える彼女を独り暗闇に放り出すのは躊躇われた。襲われる、というよりも闇に溶けて消えてしまいそうで・・・・・。 非科学的なことは信じない方だが、今はそんな漠然とした表現しかできない。
なのに彼女は私の思考などに構うことなく、眉根を寄せて抗議を始めた。
「結構です。私は貴方の部下なのですよ。遅い時間が危ないというのなら、私の方こそ貴方を御宅まで護衛して送らなければなりません」
「は・・・、自分の身すら守れない、情けない上官になった覚えはない。いいから送られるんだ」
「お断りします」


・・・・・・・・・・・・・・・。


「上官命令は好かないのだが」
「上官ならご自分の安全を第一に考えるべきです」
・・・いつから彼女はこんなに頑固になったのだ!?と彼女との空白の時間が悔やまれたが今はそんなことどうだっていい。 目下の問題は無事彼女を自宅まで送り届けることのみ。
「私が心配なんだ」
「私も心配です」
「私と君では心配の質が違う。それは解るな?」
「いいえ。私に解ることは質ではなく量のみです。部下の心労を少しは軽減するためにとっとと帰ってください」
「・・・・・今の発言は部下の域を出ていなかったか」
「気のせいです」
両者一歩も退かず、とは正にこのことを言うのだろう。正直、困った。




・・・のだが・・・。




決着は意外にもあっさりとついてしまった。
彼女のこの一言が効いたのだ。










































「では先程の写真を頂きたいので、御宅までご一緒させてください」


























































to be continued・・・

















2006/11/6 up