彼女の倖せを願うのであれば… さよなら 本当に偶然だった。いや、「偶然」というには偶然が重なり過ぎていたかもしれない。 だが、だからこそ偶然は素晴らしくもあり、恐ろしくもあるのだろう? 今日は軍議が早く終わった。ホークアイ少尉は非番。 よって代わりにハボック・ブレダ両准尉が書類確認を行っていて、 帰り着いた執務室の扉はキチンと閉まっておらず、 間延びしたハボックの声が彼女の名を紡ぐから… 一瞬入るのを躊躇ってしまって、行動を起こすタイミングを失ってしまったのだ。 「そういえば、リカードのヤツが昨日ホークアイ少尉に告白して、フラれたんだってよ」 「リカードって、お前の隊の軍曹だっけか?」 「そ。一目惚れだったらしくてさ、周りが止めとけって言ってんのに交際を申し込んで、見事に玉砕。本気だったからなー。 泣き付かれちまって遅くまで話聞いてたから、今すっげー眠いんだ」 「そりゃお疲れさん」 「おー。あ、でもすっげー話を聞いたんだぜ。あの冷静が無表情着て歩いてるかのようなホークアイ少尉が、なんと片思いをしてるそうなんだ」 「誰に。とそれ以前にお前、話が飛躍し過ぎだ」 「気にすんな。 「イマイチ信用に欠ける話だな」 「そんなことないって。リカードが『お付き合いしている男性がいないのなら、自分とお付き合いしてください』って言ったら、 『…ごめんなさい。お付き合いしている人はいないけれど、私にも好きな人がいるから』と両断されたって本人が涙ながらに語ったんだぜ?」 「そのモノマネ気持ち悪いから止めてくれ」 「だから気にすんなって!てか、つっこむトコそこかよ。違うだろ?」 「ホークアイ少尉の片思い相手…ってか?」 「その通り。それ聞いたときマスタング中佐かな?って思ったんだけどさ、10歳くらいんときからずーっとで、しかもイシュバールの内乱に出征して亡くなってるんだと」 「軍人?しかも亡くなってるのか?ならマスタング中佐ってことは絶対ないな」 「なんでも年上で落ち着いてて優しくて頼りになってよく笑って勉強熱心で理想のお兄ちゃんみたいな人なんだってさ。 『夢を語る横顔が、とても素敵だったの』なんて伏し目がちの微笑で言われたら、もっと好きになるに決まってるじゃないですか!亡くなってるのなら、俺が倖せにしますよ(涙)! 「それを俺に言われても困るな。そして聞けば聞くほど少尉のイメージと懸け離れていくんだが、マジな話なのか?」 「当たりめーだろ。じゃなきゃ俺の睡眠時間をどうしてくれんだよ」 「だからリカードの方じゃなくて、少尉の方さ。多少噂になることを見越して、鬱陶しいヤツらが寄ってこないように牽制してるってことはないか?」 「あー……でも少尉はリカードの眼を正面から見て話してたっていうし、あの少尉が軽々しく嘘吐くようには見えねーよ。 つーか、真面目すぎて演技とか出来なさそうじゃねえ?」 「確かにそれは一理あるな。それに牽制が目的なら生きてる人間の方が効果的か…?」 「真相が気になるなー。確かめるいい方法ねーかな、優等生のブレダ君」 「お前が少尉に告白して直接確かめるのが一番手っ取り早い」 「冗談じゃねーよ!!!揶揄ったなんてバレたら俺この職場でやってく自信ねーし。それだけは勘弁…」 中から聞こえてくる笑い声に何とも遣る瀬無い思いが渦巻いて気分が悪い。 それが功を奏したのだろうか。先程までタイミング云々で燻っていたのが嘘であったかのように自然と扉に体重を掛けていた。 当然扉は開き、2人が私の存在に気付く。 「げっ、中佐!?」 「会議随分と早く終わったんですね」 書類確認が終わっていないのか、慌てる様子が滑稽だ。当然だろう、あそこまで和やかに対談していれば終わるものも終わるハズがない。 「上官に向かって『げっ』とは何だハボック。もう少し口の聞き方を考えろ」 2人を横目に、歩を進めた。目指すは自身の執務机。 国軍中佐としての、定位置。 「大した内容ではなかったからな。早く解放されて何よりだ。 「「了解」」 部屋に響くのは、私が書類を捲る音とサインをする音、それを両准尉が分類・確認していく音だけ。 あまり気の乗らない書類決裁をしていればこのモヤモヤとした気分も意識しなくて済む どうしても… どうしても書類を読みながら別の思考に囚われている自分がいるのだ。 彼女にはずっと好きな人がいる!? ハボックの話を聞けば、相手は他の誰でもない 彼女が10歳ごろといえば、私はもう師匠のところへ弟子入りしていた。 当時家の雑務を全て一人でこなしていた少女には家と学校という場しか存在せず、幼い彼女の周りで父親以外に『年上の男』と定義される者が私しかいなかった。 さらに、彼女の父親は軍を嫌っていたため軍人の知り合いなんて私しかいないことも知っている。 そう、知っているのだ。 少女をずっと、見守っていたのだから。 最初は妹でも出来たかのように感じていたのだと思う。 それは暖かく優しく、どこかくすぐったさを持っていた。 しかし少女が成長するにつれて次第に疼きが生じ、それを痛みとして認識したときに、私は5つも歳が離れた少女のことを好きなのだと気付いた。 だが事実に戸惑いはしたものの、その想いが止まることはなく… けれども相手は師匠の娘さんである上にまだ幼さを残した女の子で、私に出来ることと言えば良き兄のような存在として傍に在り、見守ることくらい。 それで十分だった。 暫くして師匠が亡くなり、秘伝の継承のためその背を見たこともあったが、そのときですら…いや、そんなときだからこそ錬金術師の娘と弟子以外になるわけにはいかない、と思っていたのだ。 それが今こんな結果を齎そうとも知らず、彼女が私をどんなふうに見ているかなんて考えたこともなかった。 彼女の『好きな人』は、確かにロイ・マスタングだろう。 しかし彼女の想い人は亡くなっている。 そこから導き出せること…それはその人物が 私でありながら、私ではない。 私の名でありながら、私の名ではない。 師匠の意志を裏切るような焔の使い方をして、青臭い理想と夢が破れるのを目の当りにし、失望して、狂いかけ、なのに未だ血腥い世界に身を置いて足掻いているロイ・マスタング中佐とは違う。 私は変わった。 前に進むために変わらざるを得なかった。 外見に劇的な変化はなくとも内面に変化があれば、もう別人と言える。 だから彼女は「亡くなった」と言ったのだろう。 昔の私は消えたのだ。 それなのに…彼女は消えた私を好きだと言ったらしい。 二度と還らない男だと知りながら、好きだと。 あぁ、全く! 全く本当に……莫迦じゃないか? あんな男のどこが好かったというんだっ!? 「中佐、顔青いですけど大丈夫ですか?」 ブレダの声にハッと我に返った。 手元の書類は握り締められすぎて皺くちゃだ。書き直しが必要だろうか… 「気分優れないんだったら、無理しないでくださいよ」 「…いや、大丈夫だ。最近睡眠不足だったから、そのせいじゃないか?眠れば治るだろう」 原因が本当に睡眠不足であれば。 「ならいいんですけどね」 「あ〜、さてはまた女遊びっすね?モテる人はいいよなぁ」 「……お前も精々頑張るんだな」 ハボックが言っているのは、やれ誰とデートだ、食事だと言って毎日司令部を後にしていることだろうか。 私の中で『女性』という存在は彼女 彼女を苦しめてしまうから。 彼女を困らせてしまうから。 彼女には幸せになってほしいから。 だから彼女への想いは自分の中だけで眠らせておけばいいと思っていた。 彼女が他の誰かとの幸せを願うなら、心から祝福しようと思っていた。 思って…いたのに。 他でもない、私ではない私自身が無意識のうちに彼女を縛り上げていたのだ。 今の私は彼女を想い、彼女は昔の私を想い、昔の私は彼女を想いながらも存在しない。 完璧なる一方通行。 どうすることもできない連鎖に胸が軋む。 はっきり言って、苦しい。 昔の私に出来ることは見守ることだった。 では、今の私に出来ることは? 彼女を解放する方法は? ならば何をすればいい? 採れる最良の道は? それは……彼女をなるべく苦しめないことに他ならない。 彼女を苦しめないこと。 それはやはり、こんな今の私が彼女に想いを寄せていると気付かせないことであろうか。 いくら変わって別人のようになったと言っても、イシュバール以前から変わらなかったことはいくつかある。 その中の一つが、彼女への想いだ。 しかしそれが彼女を苦しめる可能性を秘めているとしたら… これはもう、消し去って無にしてしまうのが一番だと思う。 完璧に消し去ることができるかどうかは判らない。 だが他でもない彼女のために。 少しでも早く、莫迦な男のことを忘れるを願って… 彼女への想いに fin? 2006/10/11 up 2007/ 9/28 一部訂正 |