See you after school.  13:いつまでも一緒に








 ずっと、一緒だった。
 生まれたときから、ずっと一緒だった。
 根拠のない話だけれど、これからもずっと一緒だと思っていた。


 だから莉依が何気なく言い放った言葉に対して、英太はすぐに反応することができなかったのだ。










 晴れの日であれば前方に大きく伸びる影法師を引き連れながら帰るのだが、残念ながら今日の天気は曇である。あっという間に闇に包まれていく空を気にしながら 英太と莉依は家路を急いでいた。
 「遅くなったのは全部エドの所為だからね」とは莉依の言だ。
 英太と莉依の家は学園から遠い。学園からバスに30分ほど揺られて最寄の駅に行き、上り電車に飛び乗って3駅目で超ローカル線に乗り換え、4駅ほど行ったところが 英太と莉依の住む町である。通学時間は片道で1時間半くらいだ。
 だからこそ英太は生徒会の手伝いを頑なに断った。最終的には『緊急を要するときのみ』との条件で手伝うことを承諾してしまったけれど、それでも待遇が良い方だと 思い知らされたのは今日の昼休みだ。校内放送で大々的に呼び出しを食らう刑を免れたのだから。
 それなのに帰るのが遅くなってしまった責任を押し付ける莉依の発言に対して、 「何で全部俺の所為なんだよ!?」と納得できない顔をしながら、しかし英太は何も言い返せなかった。
 今日ふたりは授業が終わってすぐに学園を後にした。それなのに遅くなってしまったのは医科大学の付属図書館に寄っていたからで、 図書館には早く着いたのものの、英太が本を見てまわるのに時間が掛かったので結局帰りが遅くなっでしまったのだ。 貸出し上限冊数ギリギリの5冊の本を抱えて英太は大満足だが、「早く帰ろうよ」と莉依が何度も催促したのを無視し続けたのはやはりまずかったらしい。 莉依は家に向かってずんずんと大股で歩いていく。もちろん英太だって莉依に負けない歩幅とスピードで歩いているけれど。
 駅を出てからそのまま商店街を通って帰ることもできる。そっちの方が明るいし、少なからず人通りがあるので大人たちは決まって「商店街を通りなさい」と言う。 けれど商店街を抜けて帰るよりも今ふたりが歩いている田んぼ道の方が近道なので、いつもふたりはこっちの道を利用していた。
 しかし田んぼ道にも欠点があり、その欠点がある所為でふたりは家路を急いでいる。夜間に人が通ることを想定されて造られた道ではないため、田んぼ道には街灯がない。 だから陽が沈むと足元が覚束なくなり、下手をすれば用排水路か田んぼに突っ込んで足元が水やら泥で悲惨な状態になってしまうのである。
 隣で「だから早く帰ろうって言ったのに・・・」と莉依がぶちぶち言っているのを聞かなかったことにして、英太は足を動かしていた。
 そのうち莉依も口を閉ざし、ふたりの間に沈黙が落ちる。
 しかし英太は特に気にしなかった。莉依と英太は彼氏彼女の関係ではないけれど、ずっと昔からいっしょにいた所為なのか『いっしょにいるのに会話がない』状況を 苦と思わないからだ。それは莉依も同様で、零した文句に反応がなかったことを気にも留めない表情で歩いていた。
 そんなときだ、莉依がぽつりと零したのは。




「・・・・ねぇ、エドは寮に入ったりしないの?」




 莉依の文句に反応こそしなかったがばっちり聞いていた英太は初め、さっきの文句の続きだと思って、今日は愚痴が長いな・・程度にしか認識していなかった。
 しかし言われた内容を頭の中で反芻して、とんでもないことを言われたのだと気付いた英太が目を瞠って振り返ると、そこにはいつもと変わらない表情の莉依がいる。


「・・・・・なによ、恐い顔して」
「おまっ・・・・今、何て・・」


 動揺を隠せない英太を不思議そうに見つめ返しながら、莉依は「だから、エドは寮に入ったりしないのかなぁ、って言ったの!」と繰り返した。
 それを受けた英太の腹の奥の奥で怒りに似た何かが大きく渦を巻く。
 今まで淀みなく動いていた足が急に停止して、英太はその場に立ち尽くした。それに気付いた莉依も一歩遅れて足を止める。


      んだよ、それ。何でそんなこと・・・」
「え、だって・・・・寮なら学校に近いし、エドは特待生だから寮に格安で入れるって言われたじゃない」
「そうじゃなくて、何で今そんなこと思ったんだよ」
「・・・・・・エド、通うの大変じゃないの?」


 莉依の語勢が弱くなるのに反比例して、英太の中で滾る感情は荒々しさを増した。
 なんでこんな気持ちになるのかは・・・・分からないけれど。


「大変だったら、初めから寮に入ってる」
「でも、実際通ってみてどう?」
「莉依・・・おまえ、俺が寮に入ればいいと思ってるのか?」
「そうじゃないけど・・そうなるのかも」
「はあ!?」
「だって通うのに掛かってる時間分だけ好きなことできるじゃない! 寮の方が大学の図書館だって近いし、生徒会の手伝いだってでき      
「すかした会長の雑用なんてしたくねーよ」
「でも・・・!」
「寮には入らん! よってこの話は終わり!!」


 視線を合わせずに捲し立てた英太は、まるで逃げるように早足で歩き出した。なんだかよく分からないけれど、莉依は英太の後を追うしかない。


「ちょっと、エド!!」
「母さんには絶対にこの話するなよ! もちろんアルにも」
「・・・・・・・・・・・・わかったわよ・・」


 英太の強い一言で会話は終了した。
 正面を睨んだまま念を押して無理矢理話を終わらせたのに、英太の中で感情の波はどんどん高くなって抑えることができなかった。
 そしてそれが新たな苛立ちに繋がっていく。
 怒りの無限ループに嵌った英太は、その後しばらく莉依と眼を合わせられなかった。







 ずっと、一緒だった。
 生まれたときから、本当にいつでも一緒だった。
 英太と莉依と、アルと呼ばれている英太の1歳年下の弟・歩の3人は、離れている時間の方が少ないくらい一緒にいた。それは家が隣同士ということも関係しているし、 それぞれの家の事情も関係しているのだけれど、とにかく3人は3人でひとつだった。商店街の福引を3人で一緒に回したり、7個入りの箱入りアイスの最後の1本は3人で 分けて食べるほどに物心がついた頃から『3人で』 が3人の中の共通かつ基本の概念だったのだ。
 そして幼心に刻まれた概念は成長してからも残ってしまうものらしく、英太は事あるごとに莉依と喧嘩しながらも3人でいることを当たり前だと思っていた。 たとえ意識していなくても、今もずっと。だからこそ莉依から投げかけられた『もう一緒にいなくていいんじゃないの?』という言葉に英太は強く反応して、 莉依にとっては理不尽極まりない話だけれど、裏切られた印象を激しく感じたのだ。
 英太の当たり前は当たり前になりすぎた。何で莉依の言葉に怒りを感じたのか分からなくなってしまうくらいに。
 そして         ・・・






 子どものころの世界を壊して、初めて大人になるのだということに       英太はまだ気付いていなかった。













2007/10/ 1 up







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