See you after school. 14:“永遠”が終わる日 いくら暖かくなってきたと言っても、陽が沈んでしまえば春はまだ冷える。しかも背後には川に見立てた人口の流水があって、周りの空気の温度を下げているのだ。 はっきり言って、寒い。 そんな中、増田はその場に留まることを余儀なくされていた。 ・・・と、こんな言い方をすると増田が被害者のように見えるかもしれないが、増田の隣にいる女子生徒も同様に被害者だ。どうしても話しておかなければならない話題を 持ち合わせていないにも関わらず、互いに「帰ろう」と言い出せずにいる。 帰るタイミングを完全に逸した増田と理咲は無言のまま、寒い水辺に立ちつくしていた。 事の起こりは10分前。 ノートパソコンを持ち帰るために増田は生徒会室へ駆け込んだのだが、そこには予想だにしなかった人物、つまり理咲がいたのだ。 「・・・・・・・・・理咲・・?」 という問いかけの 後は言葉が続かず、ふたりは30秒くらい見つめ合ってしまったのだが、増田が一番最初に疑問に思った 『どうしてこんな時間に生徒会室にいるのか?』 を口に乗せたところで 第三者の邪魔が入った。 優しそうな笑顔が印象的な警備員のおじさんだ。 特に悪気はなかったのだろうが、彼が「ほい、話の続きは校舎の外でしてね」と促したために、増田も理咲もとりあえず生徒会室から出なければ ・・・と慌しくその場を後にして、なぜか生徒玄関を出たあとも一緒に人口流水の前まで来てしまったのである。 どちらともなく足を止めて、しかし無言のままその場に留まること、早10分。 そろそろ近くの民家から夕餉の匂いがしてくる時間帯だった。 「・・・・・あー、それで、なぜ君が生徒会室に・・?」 結局、先に会話を再会させたのは増田の方だった。空腹に耐えられなかったということもあるし、何より『女の子には気を使え』が信条だったりするからだ。 「・・・理由はありません」 しかし理咲の返答はおよそ彼女らしくないもので、増田は違和感を覚えた。 理由がないにも関わらず、理咲が生徒会室に留まるだろうか? しかも下校時刻直前の生徒会室に。自分だったら絶対帰るぞ、と増田は考える。 どうも腑に落ちない増田が理咲の顔をちらりと見遣ると、その表情はどこか沈んだような気配を滲ませていた。疲れているような、怒っているような 「元気がないな。どうした?」 「・・・・・・」 増田が感じたままのことを口にすると、理咲はゆっくりと振り返った。 ふたりの視線が絡む。 数十秒動きを止めていた理咲は、しかし一瞬だけ眼を伏せ、細い溜息を吐いてから再び増田を見据えた。その表情と瞳は先ほどと打って変わって、強い。 「 「・・・何の話だ・・?」 「陸上競技大会の執行役が生徒会に回ってきているそうですね」 冷たく平坦な声で告げる理咲の瞳には怒気が含まれている。それを敏感に感じ取った増田は「しまった」と心の中で舌打ちした。 理咲は責任感の強い子だ。おまけに周りから気を配られることに慣れていない。そんな彼女に仕事を回していないことがばれたら、『自分は必要とされていない』とか 『頼りないのだ』とか、妙な勘違いをされる可能性があるのだ。そんなつもりで黙っていたわけではないのに。 「・・・まぁ・・そうだな」 しかし理咲は誤魔化しがきくような相手ではない。だから増田は肯定を返したのだが、情けないことに、出てきたのは言葉を濁したような返答だ。 寒いとばかり思っていた増田の背に、冷汗が這う。 「何故? 何故黙っていたのか、理由を教えてください」 「それは 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・やっぱり私じゃ役に立ちませんか?」 「そんなこと言ってないだろう!」 「じゃあ何故!?」 『詰め寄る』とは、まさにこういうときに使う表現なのだろう。理咲は今にでも増田の胸倉を掴みあげそうな空気を纏っていた。 増田とて女の子を怒らせた経験がないわけではないから、女の子の宥め方だって心得ている。面倒なことになった場合の、自然と疎遠になる方法も。 しかし、理咲は遊びの女友達ではない。9月末まで同じ生徒会役員として活動を共にしなければならないし、何より理咲は増田の幼馴染だ。ある意味特別な存在なのだ。 せっかく再会できたのに、『仕事を分担しなかったから』などという理由で疎遠になってたまるか、と増田は考えた。 だが、理咲に何と言って説明すればよいのだろうか。理咲を納得させる言葉が見つからない。 「・・・気を、使っていただいてたんですね・・」 目を伏せ、地面を見つめながら理咲は言った。その俯き具合が哀しみの色を強調していて、増田の心がざわりと音を立てる。 「貴方は優しい人だから・・負担を減らそうとか考えていたんでしょう?」 「それとも私の自惚れですか?」 と言葉は続けられた。 「自惚れじゃない!」とは増田の言だ。 「生徒会に任されたのは大会当日までの準備だけなんだ。私ひとりでできるものばかりだっかから・・」 「でも、氷薄先輩は知っていらっしゃるんでしょう?」 「それはそうだが・・」 「話だけでもしていただきたかったんです!」 「・・・・副会長・・」 増田は内心、黙っていたのは失敗だったか・・・と溜息を吐いた。ぎゅっと拳を握った理咲の手が小刻みに震えているのを見たからだ。 これは感情を抑えているときの理咲のサインで、昔からの癖だった。それを知っているからこそ、増田の胸は痛む。 「ごめん・・」 「 「・・え?」 「普段は『副会長』としか呼ばないのに、生徒会の仕事について話してくださらないのはおかしいです。私にも話して、そして分担させてください。 できないことはできないと言いますから 貴方がいなくなった後も、私はあの父と生きてきたんですよ? そう言いきった理咲の眼には強い光が灯っていた。 一度引き受けたからには生徒会の仕事をする義務がある・・特別扱いは嫌だ・・と、理咲の眼は言葉よりも雄弁に語っている。 互いを気遣う気持ちはいつも一方通行だった。方向が一致していなかった。そんなことに今更ながら気付かされて、増田は途方に暮れた。 理咲は強い子だ。そして同時にものすごく頑固で、自分の意見を滅多に曲げない子だった。そしてそれが尤もな意見であるが故に、いつも増田の方が折れてきたのだ。 「本人の忙しさ具合によって仕事の量を調節してもいいんじゃないか?」と増田が思っていたとしても、理咲はそれを理咲自身に当てはめることを赦さないのだろう。 おそらく自分以外の人にはそれを赦すのに・・・。 他人には優しくて、自分には厳しいのが理咲なのだ。 「 確かに増田は理咲のことを『副会長』と呼んでいた。だがそれは他人の前で『理咲』と呼ぶのが何故か恥ずかしく、しかし『鷹見さん』や『鷹見』と呼ぶのも 抵抗感があった からなのだが。 とにかく、今後は理咲の言う“特別扱い”をやめなければいけないらしい。 「頼りにしてるよ、『副会長』」 言葉にした瞬間、ちくりと胸に刺さった棘の深意に気付かないフリをして・・・ 増田は理咲の表情が和らぐことを願った。 |