See you after school. 12:あまりに古すぎて まるで駆け足のような速さで暗くなっていく空を気にしながら、増田は学園へと続く細い道を走っていた。がむしゃらな全力疾走ではなくて、 バス停から学園までの最短距離を一気に走りきれる速度を保っているのは、カメとかけっこ勝負をして負けたウサギのように、走って休んで走って休んで・・ よりもよほど効率がいいからだ。 増田は現在一人暮らしをしていて、アパートは学園から歩いて10分もかからないところにある。そんな増田は当然バス通学なんてしていないし、そもそも 朝の通学時間でもないのに遅刻寸前の寝坊学生みたいな焦った雰囲気を纏いながら走っている状況こそが彼の中でありえない事態なのだが、とにかく増田は走っている。 高等部は基本、18時が完全下校時刻だ。 そして、増田がちらりと確認した腕時計の針が指すのは17時46分。 生徒会室に置きっぱなしのパソコンを持ち帰るべく、増田は非常に急いでいた。 学校の備品というものは概して古いものである。 チョークやトイレットペーパーのような消耗品に関してはその限りでないが、実験機材や楽器など、高価なものは本当に滅多に入れ替わらないのが普通である。 アメストリス学園は私立の学校だが、極力抑えられた授業料は備品ではなく、質の高い学力サポートや部活動の補助金などに当てられることが多かった。 つまり、「備品はみんなのものだから、大切に使うのが当たり前」という訓を地で行くような学校だったのだ。 しかしさすがに、パソコンルームに揃えられたパソコンはそこまで古くない。最新のバージョンよりも1つ前のOSで動いているそれらは問題もなく普通に動く。 だが、一般の生徒が利用するパソコンとは違い、生徒会というごく一部の限られた人間しか使わないパソコンにまで割く金はないらしく、 生徒会の備品パソコンはとても古かった。年季の入り具合が一味違うパソコンだった。 最初それを見たとき、増田は絶句した。 氷薄は「こりゃもう博物館に寄贈した方がいいな」とコメントを残し、あまりパソコンに興味がない理咲でさえ「・・・本当に動くんでしょうか」と懸念したほどだったのだ。 しかし、パソコンはちゃんと起動した。 幾分大きすぎる起動音だったが、キーボードやマウスに異常はなく、生徒会業務に必要な文書作成ソフトだって表計算ソフトだってインストールされて使える状態になっていた。 だが、生徒会役員が一番初めにしなければならない、役員就任の挨拶文の草稿を作ってしまおうと増田がパソコンを使い始めた3分後には、 『このパソコンには触れるな』という今期生徒会限定規則第一条が誕生することになる。 パソコンは確かに動いた。しかし、本体のスペックの低さに加え、長い間生徒会で使われ続けていたためにその古いパソコンは相当弱くなっていたのだ。 目にも留まらぬ早業で、というわけでもない普通の速度で増田が文章を打ち込んだ瞬間、パソコンは凍り付いてしまった 相性が悪いんじゃないかとか、めちゃくちゃ機嫌悪いなとか、ヘソ曲げてないで協力してくれよとか、そんなことを考えること自体が無駄だと分かっていても、 でも結局考えてしまう人間って馬鹿な生き物だよな、と増田は自分自身の心境を冷めた目で分析しながら強制終了を試みる。しかし Ctrlキーと Altキーと Deleteキーを 同時に押しても反応がなく、2分間押し続けても反応がなく、最終的に電源ボタンを30秒間押し続けて、ようやくそのパソコンの電源は落ちた。 「お前、自分のノート持ってこいよ」 電源の落ちた黒いディスプレイをなかば呆然と見ていた増田の肩に手を置いて、氷薄が静かにそう言い放った次の瞬間、規則第一条は誕生したのであった。 それ以降、増田は自分のノートパソコンを生徒会室に持ち込んで仕事をしている。 『持ち込む』といっても増田が毎日担いで登下校しているわけでもなく、一応貴重品に該当するくらい値が張るので気安く教室に置いておくこともできないそれは、 増田がメールをチェックするため持ち帰る土日と水曜以外は生徒会室に放置されっ放しだったのだが。しかし ( 昼休みに増田は陸上競技大会のしおりを最終チェックしてもらうため、職員室にいる鞍馬のところへ行った。鞍馬がいいと言えば、 後は他の体育科の教師に確認してもらってからコピーして冊子にしてしまえばいいと放課後の段取りを決めていた増田に、鞍馬は軽く言い放ったのだ。 「うん、いいんじゃない? 放課後にでもお手伝いの1年生を呼んで全部冊子に仕上げちゃってね。あ、だけど増田君は放課後、 大烏先生の見舞いに行くことになってるから準備しといてよ」 それを聞いた増田は一瞬唖然といた。 ちなみに大烏とは、春休みにナゾの大怪我を負って入院した体育教師、別名・セクハラ親父のことである。 「は? ・・・見舞い、ですか?」 「そ。やっぱり一度大烏先生に見てもらった方がいいでしょ?」 「でしたら、大烏先生に確認していただいてから冊子するべきなのでは・・・?」 もし及第点をもらえなければ、冊子にした分だけ時間も労力も紙もインクも無駄になる。増田はそう考えたのだが、鞍馬は白い髭を撫でながら頷くばかり。 「うんうん、そうだねぇ・・・でも心配は無用だよ、増田君。形式は毎年同じだし、何より今回陸上競技大会を運営していく中心はわし率いる生徒会なんだから。 大烏先生には一応見せに行かないと後でうるさいから見せに行くんだ」 「・・・はぁ・・」 「ま、とりあえず放課後までに他の体育科の先生にも確認してもらっておくから、増田君はお手伝いさん呼んでおいてね」 そう言われてしまっては増田も従うしかない。 結局増田は放課後のことを氷薄に無理矢理任せて、鞍馬と共に大学病院まで見舞いに出掛けた。そして偽善者ぶった大烏の顔面を一発殴ってやりたくなるような 散々な見舞いの後、大学病院の前で鞍馬と別れた増田は生徒会室にパソコンを置いてあることを思い出したのだ。 増田は水曜日であった昨日、いつものようにパソコンを持ち帰っていた。しかし、来るはずのメールが昨日届かなかったため、大変面倒だが今日も持ち帰らなければと 朝に思っていたことを思い出し、慌てて時計を確認する。 大学病院から学園までは平時であればバスで20分だが、帰宅ラッシュが始まるこの時間は道が混むので30分は掛かるだろう。バスの発車時刻も考慮して間に合うか どうかのギリギリの時間を指す時計の針を見た増田は、全力でバス停まで走り出した。 生徒会室は玄関と離れており、おまけに3階にある。生徒会室に唯一繋がる階段にも1階に出入り口があるのだが、時間が遅いため自動ロックが掛かっていた。 増田は仕方なく生徒玄関に回り、北階段を駆け上がる。 高等部の校舎は、『何だってこうゲリラ対策みたいな構造してるんだ!』と無意味な怒りが込み上げるのも無理はない奇抜な造りをしていて、その怒りの所為か、 この時間には生徒会室に鍵が掛かっていることを増田は扉を目にするまで忘れていた。 学校中の鍵は事務室に保管されており、最後に警備員のおじさんが事務室に鍵を掛けて帰るのだ。 陸上競技大会のしおり作成は1時間もあれば終わる仕事で、端暮以下雑用4人が残っているわけがない。氷薄は部のミーティングがあると言っていたし、理咲は仕事がなければ 当然弓道部行きだ。 まずい・・!! と思ったが、しかし急に方向転換することもできなかった増田は、そのまま惰性で扉のノブに手を掛けた。 ガチャリ・・・・・と、軽いようで重く響くのはレバーが動く音。 生徒会室のドアノブはレバーをいちいち捻らないタイプで、水平のときは扉の開閉ができ、垂直になっているときは鍵が掛けられるという常時固定式のノブである。 生徒会手伝いの初顔合わせのときにいきなり扉が開いて端暮と灰田を驚かせたのはそのドアノブの造りの所為であるが、今、増田は別の理由で驚かされていた。 垂直であったレバーが水平まで動いたのだ。 それはすなわち鍵が開いていたということで、つまりすぐにパソコンを持ち出せるということである。 鍵の掛け忘れは非常に由々しきことであるが、増田は幸運以外の何物でもないこの事態を素直に受け入れた。しかし 、金属製のレバーを勢いよく引いて隙間から生徒会室に滑り込んだ増田を待っていたのは意外な人物である。 生徒会室の鍵は掛け忘れではなかった。 明かりが点いていない室内は薄暗いが、逆に窓際に立っている人影を外の明るさが浮き彫りにしている。 陽が沈む速度と比例して闇と同化する人影がゆっくりと振り返るのを見て、増田は信じられないとばかりにその名を呼んだ。 「・・・・・・・・・理咲・・?」 |