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See you after school. 09:男の友情、女の友情 「氷薄先輩!!」 突如として背後から掛かった呼び止めに、氷薄は足を止めた。 変声期を終えた高校生男子には到底出せない高い声は明らかに女性のものであり、さらには氷薄にとって聞き覚えのない声でもあるのだ。 しかしその声色には甘さが欠片も含まれていない。そのことに恐さ半分安心半分で氷薄は振り返った。 「 氷薄の視界に入ったのは、癖の強い黒髪をひとつに束ねた、袴姿の女子生徒。 直接言葉を交わしたことはないが、理咲と共にいるところをよく見かける彼女は・・・ 「理咲の友人の渡辺 麗華です。今、お時間をいただいてよろしいですか?」 高等部の校舎には『パヴェ』と呼ばれる中庭的な空間が存在する。教室棟と特別教室棟の間には距離があり、その1階部分に相当する広い空間には石畳のように煉瓦が 敷き詰めてある。その空間がパヴェだ。 綺麗な模様を描く床の遥か上方、校舎の4階部分よりも少し高い位置には天井が掛かっていて、雨が吹き込む心配もない。雨天時には 運動部のトレーニングの場として活用されることが多いパヴェだったが、辛うじて雨の降らない天気のためか、今日は人気が疎らだった。 そのパヴェの隅に、間接的すぎる接点を持つ2人は腰を据えている。麗華はベンチに座り、氷薄も人ひとり分開けたところに腰掛けているのだ。 話をする場所としてパヴェを選んだ理由は単純だった。声を掛けられた場所がパヴェのすぐ近くだったから、そしてベンチがあるから。 総板張りのそれは膝まで高さがあり、腰掛けるのに丁度いい。アメトリ祭の際にはパヴェステージの一部としても 使われるそれは普段パヴェ内に点在しており、専らベンチとして活用されていた。 「んで、話って?」 話を切り出したのは氷薄だった。 内容はなんとなく想像がついていたのだが、氷薄はあえて質問をする。 それに対し、麗華はまっすぐ前を見据えたまま一言で返した。 「・・・・・どうして理咲に黙ってたんですか?」 「・・え・・・?」 麗華が理咲の友だと言って氷薄に声を掛けてきたのだから、理咲関連の話が出ると予想はついていた。ついでに増田も絡んでくるのではないかということも。 しかし麗華の問い掛けは抽象的すぎて話が見えてこない。 増田絡みで理咲に話していないことなんていくらでもあるし、増田が絡まないこととなったらそれこそ星の数ほどある・・かもしれない。 自分が非常にオープンな性格だということも、周囲の人間にたくさん惚気ていることも氷薄は自覚していたが、それでもプライバシーを考慮した範囲でしか話してないのだ。 氷薄が返事に困っていると、緊張が薄れてきたのか麗華が少し苦笑しながら謝ってきた。 「すみません・・・陸上競技大会の運営についてです」 その最初の一言で氷薄はすべてを知る。 「少なくとも氷薄先輩は陸上競技大会の雑務を生徒会がしなければないと、初期の段階から知っていたんですよね。どうして理咲に何も教えなかったんですか? どうして何も分担させなかったんですか?」 氷薄を見上げるその顔は真剣そのものだ。理咲を思い遣る心がよく表れている、と氷薄は思った。 しかし、その理由を軽々しく話すわけにもいかない。 氷薄本人に起因する事柄ではないからだ。 「 「増田先輩、ですね」 疑問系ではなくて明らかに確信を得た声の響きに、氷薄は目を瞠る。 一方の麗華は少しだけ表情を歪ませて「・・やっぱり・・・」と呟いた。理咲から聞いた氷薄の人柄からして、自分のことであれば迷いなく説明してくれると麗華は踏んでいたのだ。 さらに増田の名を出したときの氷薄の反応からも確信を深めることができた。 なんで・・・と麗華は心の中で思う。 今日の体育のときに麗華が教えるまで、理咲は陸上競技大会の件を知らなかった。その押黙った後に見せた表情は一見怒っているようにも見えたが、それ以上に悲痛な面持ちに 見えた。 麗華が理咲と親しくなって随分と経つが、他の存在が目に入ってないんじゃないかと思うくらい人目を憚らずに表情を曇らせる理咲は初めてだった。だから深く追求 することができなくて、でも理咲のことが心配だったから、麗華は氷薄のところに来たのだ。理咲の力になれるヒントを探して。 理咲と生徒会について話をする中でいつも話題に上るのが生徒会長の増田だった。 生徒会なのだから当然と言えば当然で、しかも脱走・サボリ癖がある増田を諌める理咲の役目を思えばさらに納得がいく。 だが、理咲にとっての増田は“手のかかる生徒会長”だけではないと麗華は思っていた。 増田の話をする理咲はとても懐かしいものを見るような、大切な何かを想うような瞳の色を見せる。傍らで見ていて、もしかして増田のことが好きだったりするんだろうか と思ってしまうくらいに。 (・・・ま、理咲本人は無自覚でしょうけど・・) 恋愛感情があるかどうかは分からないが、それでも理咲にとって増田が特別な存在であることは間違いないはずだ。 あの理咲がどうでもいい相手の所為で感情を隠しきれないほど動揺を見せるとは考えられなかった。だから麗華は、増田が会長権限でも使って仕事を回さないようにしていたのだと 理咲が気付き、ショックを受けたのだろう、と推察していた。推察は先程事実に昇進したわけだが。 「増田会長は理咲のことすごく大切にしていると思ってたのに・・・・」 「・・・いや、実際大切にしてるんじゃねーの?」 氷薄にあっさり肯定され、麗華は少し驚いた。 大半は生徒会室を脱走した増田を理咲が連れ戻すというお決まりの光景だったが、麗華はふたりが一緒にいるところを何度か見かけたことがあった。 特に意識しているわけでもないのだろうが、理咲は普段からは考えられないくらい表情豊かで、くるりと背を向け先に歩き出した理咲を見つめる増田の眼差しは とても優しかった。増田が他の女子生徒と話をしているところも頻繁に見かける。それも、相手は毎回違う女の子。だけどその子たちが相手のときとは比べものにならない くらい理咲には優しい眼をしていたのだ。だから増田も理咲のことを大事にしてるのだと、そのとき麗華は思った。 てっきりはぐらかされるんじゃないかと踏んでいたから麗華は驚いたのだが、次第にもくもくと麗華の中に不満が育つ。 「だったら、どうして結果的に理咲を苦しめてばかりなんですかね」 他人が首を突っ込む話ではないと頭では理解している。おまけに抗議する相手は増田でなければならないことも。 それでも心は納得できなくて、軽率かもしれないが誰かに確認したかった。 氷薄は理解不能な増田をよく知る者として適任だっただけで、すべては麗華のお門違いな八つ当たりかもしれない。 理咲のためにと言いながら、自分が抱えたもやもやを晴らしたいだけかもしれない。 それでも麗華は確認したかった。 「肝心なとこ不器用だからな、アイツ。でもまぁ理咲ちゃんも同じようなとこあるし・・・・似たもの同士なんだよ、あのふたり」 明るいのに苦笑いが混じったその声に引かれて、麗華は氷薄を見上げた。その表情は出来の悪い弟妹を見守る兄のように見えて、麗華は自分の発想に心の中で笑う。 氷薄は増田と同年なのに、兄と言ったら可哀相だろうか。それとも「そうなんだよぉ、ウチの英雄はよぉ~・・・」と冗談に乗ってくれるだろうか。 確かに擬似兄の言う通り、増田と理咲はよく似ている。 「お互い大切に想ってるのに、上手く伝えられてないってことですか?」 「そうそう」 「それで結局ぎくしゃくしちゃうんですか?」 「そうそう」 「先輩は今のままでいいと思いますか?」 何の問題もなく円満にいくのが一番で、理咲のためなら一肌脱いでもいいと麗華は思う。 しかし氷薄の返答は少し遅れていた。 「んー・・・口出ししないで放っとくのも一つの愛!なんてな」 そう言って氷薄は豪快に笑う。 氷薄はずっと静観を決め込むつもりなのだろう。増田とも理咲とも近いのに口出しをしないというのは決して楽じゃないはずだ。 だが、それが氷薄のやり方だ。 当事者との間に線を引き、手を出さないやり方はまさに男の態度と言ったところか。 「先輩らしいですね」 (・・・でも、私は・・・) 理咲が困っていたら助けてあげたいと思う。理咲は必要以上にひとりで抱え込む子なのだ。愚痴だって悩みだって、今までずっと麗華が働きかけて吐かせてきた。 理咲が困っていたら助けてあげたいと思う。この気持ちに偽りはなくて、何が起こっても自分は自分で、行動パターンも変わらなくて、静かに見守ることはできなくて、 何かしら行動してしまうのだ、恐らくこれからも・・・ずっと。 それが、麗華だから。 「生徒会での理咲のこと、よろしくお願いします。私がずっと付いてるわけにもいかないので」 「おいおい、頼む相手違ってるって」 確かにその通りだが、増田も氷薄の管轄下にあるのだから、やはり氷薄に頼むのが一番良いと麗華は思った。 理咲のために何かしてあげたくて、でもすべてをカバーすることはできないから氷薄を味方に付けておく。親友のことが心配だから、余計なお節介と言われようが 行動する。それが女のスゴイところだ。 「じゃあついでに増田会長のこともよろしくお願いします」 麗華が茶目っ気たっぷりの笑顔を向けると、氷薄はまた豪快に笑った。 |