See you after school. 08:部活は決まった? カサリカサリと紙を扱う音だけが響いていた。 作業は至って単純だ。B4版のプリントをひたすら二つ折りにして、最後に内容の異なるプリント同士を冊子になるようホチキスで綴るだけなのだから。 カサリカサリと音は絶え間なく続く。 作業は至って単純だ。しかし、とにかくプリントの枚数が多かった。とりあえず全て二つ折りにしてしまおうと4人がかりで取り組んでいるにも関わらず、終わる兆しが見えない。 いや、順調に進んでいるのだから終わりは近づいているのだが、マンネリ化した現在の作業とこれから待ち受けているホチキス地獄にうんざりしている4人の心のフィルターを 通して状況検分をすると、“やってもやっても終わらない”と映るのだ。 折りしも本日の天気はどんよりした曇。 それはまるで4人の気分を表しているかのようだった。 生徒会の手伝いを義務付けられてしまった憐れな1年生4人 滅多に放送のかからない学校だというのに、昼休みに名指しで「放課後、生徒会室まで来い」と告げられた裏には『絶対来い、逃がしはしない』との意図がありありと 見て取れる。無駄に色気のある男の声に、クラスの女子の大半が黄色い声を上げていた。が、名指しで呼び出しを食らった当事者4人は、各々昼食を詰まらせそうになったり、 悪いことをしたわけでもないのにひどく居た堪らなくなったりした。 どうして誰も生徒会長の悪行を事前に止めてくれなかったのか。増田の親友である氷薄や、意外とノリがよい鞍馬のことは端から当てにしていない。彼らが唯一救い主と 信じて止まないのは理咲だけだ。しかし今回呼び出されたメンバーの中に1ホームの河留 英太と8ホームの岩鈴 莉依の名がなかったことから、放送呼び出しは理咲公認の可能性か 高かった。なぜなら理咲は顔合わせのときに英太と約束していたのだ、本当に英太の力が必要になったときしか協力を仰がないと。理咲が救い主になってくれなかった事実と、 本日の手伝いが確実に雑用だということを悟ったときの4人の心中は非常に複雑なものであった。 現在生徒会室には正規の生徒会役員はいない、つまり雑用係4人だけ。 しかも、ゾンビも驚くに違いないくらい生気のない顔で生徒会室にやってきた4人を迎えたのも氷薄ひとりだけだった。 「増田は用事あるから今日は来ねーよ」と開口一番に告げた氷薄は自らも用事があると言って、すぐに生徒会室を後にしたのだ。 無駄に広い生徒会室に残ったのは、1年生4人と大量のプリントとホチキス芯、それから「それ全部今日中に冊子にしといてくれ」という指示だけだった。 カサリカサリとしか音がしない生徒会室。 だがそのとき、人の声が絶えて久しい空間に遠慮がちな問い掛けが響いた。 「あの・・・みなさんはもう部活動をどうされるか決められたんですか?」 ほんの一瞬だけ、一同の視線がある人物に集中した。7ホームの冬里だ。 冬里の発言は唐突と言えば唐突だったが、そんな細かいことを気にする者はいない。 突如として運命共同体になってしまった4人にはいつの間にか絆が芽生えていたし、何より少しでも対プリント作業から意識を切り離したかったのだ。“心プリントにあらず”でも 十分に進められる単純作業。会話に勤しむ余裕があることを喜ぶべきなのかそうでないのかは考えたくもなかったのだが・・・。 「俺はやっぱバスケ部だな」 先陣を切ったのは端暮だった。その後には不破が続く。 「私は文芸部に入ります。ここの図書館は蔵書も多いので読み飽きることはないと思いますし、活動も週一回ですので生徒会の手伝いもできますから」 「手伝いする気なのか、不破・・・」 「もちろん。一度引き受けてしまったからには仕方がないでしょう。それにここの隣にも興味深い本が何冊かあるんですよ」 「それが一番の目的か」 もはや物置と化している資料室に思いを馳せる不破と、そのことに間髪を開けずツッコミを入れる端暮。 灰田は「利害が一致すればいーんじぇねえの?」と暢気に傍観していた。 「灰田さんはどうされるんですか?」 「俺か?俺は囲碁・将棋同好会にしようかと思ってるが・・・冬里、いきなりどうした?」 自然な流れで灰田が問いかけた。 すると途端に冬里は身を竦め、落ち着きなく視線を彷徨わせ始める。 「・・・・・実は僕、合唱部に勧誘されていて・・」 「「「合唱部!?」」」 「はい。その・・氷薄先輩の彼女さんが合唱部だということはご存知でしょうか?」 おずおずと経緯に至る原因のヒントを聞いた3人は、計らずとも同時に「「「あ・・」」」と声を上げた。 アメストリス学園は文武両道を目指している学校でもある。その一環として部活動にも力を入れていた。 弓道部のように全国にその名を轟かせる部もあれば、吹奏楽部のように部員数100名を超える大所帯の部もある。 しかしその両方を満たしている部として常に筆頭に挙げられるのは、アメストリス学園高等部合唱部なのだ。 混声四部を基本形態とする合唱部の現在の部員数は82名。“現在の”と断る通り、新1年生抜きの人数である。合唱の全国大会にて何度も金賞を受賞している合唱部の 今年の目標は『目指せ、新入生30人!』 と 『NHKホールで歌おう』、だった。そして目下の目標である『新入生30人』に向けて意欲的に勧誘活動を繰り広げているのだ。 有名なアメストリス学園高等部合唱部に興味を抱いて入部する女子生徒は多い。しかし「男なら運動部だろ」と思う男子が多いのか、男声は慢性的に人数が不足していた。そこで勧誘対象者 は自然と男子生徒になる。放課後の学内で部員に勧誘されるケースがほとんどであるが、しかし冬里が受けた勧誘経路は少し異なっていた。 4日前の放課後、帰宅しようとしていたところを氷薄に捕まった。今後の生徒会業務のスケジュールを確認し、近々雑用呼び出しがあることも告げられたところまでは よかったのだが、いきなり氷薄が肩を組んできて冬里は目を白黒させた。 「ところでさ、俺の彼女が合唱部なんだけどよ・・・」 そのことは以前氷薄本人から聞いていた。 これまでに氷薄とは2回ほど顔を合わせただけの冬里だったが、その2回とも氷薄自慢の彼女の話で埋め尽くされていたからだ。 氷薄の彼女が呉井 志亜という名だということも、志亜が合唱部の部長をしていることも既に5回くらい聞かされている。「志亜がさ、勧誘頑張らなくっちゃって張り切ってる ところがまたいじらしくてさ〜」との台詞も3回は聞いている。 あぁまた彼女自慢が始まってしまったと、抵抗しても無駄なことを知っている冬里は早々に帰宅を諦め、2時間くらい氷薄の話に付き合う覚悟をした。 が、次の言葉に眼鏡の奥の黒い瞳が点になった。 「お前さん、合唱部に入らねえか? うん、そうだ。部活決めてないなら絶対入れ!」 「ぇええええ!?」 「 これがもし漫画なら、冬里の後ろに「チーン」と鈴(仏前で鳴らす、椀形をした小さな仏具)を鳴らしたような効果音が書かれていただろう。それくらいの不憫さが冬里から滲み出ていた。 合唱部云々というよりも、これから先延々と氷薄に自慢を交えた説得をされる運命が待ち受けているに違いない冬里を3人は可哀相に思った。代わってやれたら・・・とは決して思わないが。 「・・・で、どうすんだ?」 「それをずっと悩んでるんです。合唱部に入ってもいいんですが、練習が毎日あるそうなので・・手伝いに来れなくなったら嫌だなとも思いますし」 「入っていいと思うのですか」 「つーか冬里も手伝い賛成派なのかよ」 お人好しと言われても冬里は細々とした雑務が嫌いではないため、今まで何かとクラスや委員会の雑用を務めてきたのだ。 外見的には増田のような華々しさはないが、その実、冬里は生徒会の役員や部の部長・副部長に向いている堅実的なタイプだった。 「賛成ってわけでもないんですが・・・苦痛ではないです」 「あの会長の下でもか?」 平和に過ごす予定だった高校生活に校内放送呼び出しという水をさしてくれた破天荒な増田への恨みはちょっと深く、端暮は眉を顰める。 「そう言われると困りますが・・・・」と冬里も苦笑いを浮かべるが、しかし次の言葉は増田の批判ではなかった。 「ですが、会長は僕たちの見えないところでちゃんと仕事をしていらっしゃいますし」 人望もお有りですから・・・と続ける冬里の顔をぽかんと見遣った3人は、その後顔を見合わせた。それは人望って言うんじゃなくて、ただ女子生徒にモテるだけだ。 そう訂正しかけたが、なんだかんだ言って結局こうして雑用代行をしている3人が言うのも違和感がある。たとえそれが人望に由るものではなく、成り行きや惰性からだと しても。それでも「仕方がない」と手を貸してしまうのは、やはり増田のもつ天性の万有引力のせいなのかもしれないのだ。 「部活も楽しそうなんですが、生徒会の手伝いもしたいですし・・・・みなさんだったら、どうされますか?」 |