See you after school. 05:必要不可欠な存在 アメストリス学園高等部の生徒会室は、広い。 教室棟や特別教室棟とは一線を画した区画にある生徒会室の下に位置するのは音楽室で、防音を施してある室内では合唱部員たちが下校時刻ぎりぎりまで練習をしている。 反響効果や授業の割振りの関係上、音楽室はかなり広めに作られており、準備室やレッスン室も含めると教室3つ分くらいの面積はあるだろう。 その音楽室の真上にあるのだから、生徒会室も当然広くなるわけだ。 もちろん生徒会室だけではなく、一部は教材室として職員室の管轄化にあったり、一部は資料室や物置として生徒会が使用していたりするのだが、 日常で使う空間のみだけを考えても十分すぎる広さが生徒会室にはある。 その広さは全クラス代表者会議や委員会代表会議には役立つ。いつもは隅に寄せてある長机を口字型に置いても全員余裕で座れるスペースがあるからだ。 だが、大人数が集まる会議など年に10回もないわけで、普段は会長のしっかりした木製の大机と副会長以下3名分の机、作業台としての長机、大きな本棚、 そして小さめのグランドピアノが置いてあるだけである。 副会長以下の机も会長の机ほど大きくないが、教室にあるようなパイプ足の机ではなく、職員が職員室で使用している引き出しの付いたタイプの机だ。決して場所を とらないわけではない上にピアノも存在を主張しているが、それでも広い室内にしては物が少なく、見る者に空虚感を与える。 その静まり返った広い空間で、増田は自分の大机に向かって仕事をしていた。 目の前にはノートパソコン、左手には資料。 北に面した一面ガラス張りの窓からは天気の良さが伺えるが、窓に背を向けて座る増田の目には白い書面と液晶のちらつきしか写っていない。 「よぉー!遅れてすま 「ああ。顔合わせだけだったからな」 あの廊下での攻防の後、本当に簡単な自己紹介をしたただけで解散したのだ。特に急ぎの仕事もなく、生徒会室に留める理由もなかった。 だから40分遅れで生徒会室に顔を出した書記兼会計の氷薄を迎えたのは増田だけで、 見飽きた親友の顔ではなくエネルギーに溢れた新人の面を拝みたかったとぼやく氷薄に増田は苦笑した。 「そこのメモにメンバーのホームと名前、簡単な自己紹介がある。今日はそれで我慢しろ」 それは理咲が皆に書かせたもので、早く名前を覚えるためと、その場にいなかった氷薄のためのものだ。 増田はそれを口に出して伝えたりはしなかったが、氷薄には伝わったらしく、彼は理咲の仕事机に「ありがとな」と呟いた。 特に忙しい前期生徒会において、理咲のように細やかな気配りができる人材は貴重である。さらに言えば、女性受けのいい増田の営業スマイルに絆されずに、 サボリ癖のある増田に仕事をさせる手腕は世界一だろう。・・・・後者は本人にしてみれば嬉しくない評価かもしれないが。 そんなことを考えながらメモの枚数を確認した氷薄は、予定人数よりも2人分ほどメモが多いことに気がつき、こっそりと溜息を吐きながら増田を見遣った。 おそらく増田が気紛れで引っ張ってきたのだろう。そしてその気紛れに理咲は振り回されたに違いない。 (だが・・・・) 一見やる気のなさそうな顔をしているが、増田は人一倍責任感が強いし、何より人を動かす能力に優れている。 きっと予定外の2人を含めた6人ともがそれぞれ秀でた何かを有しているのだ。だからこそ増田直々に勧誘に行き、今日この場に集めたのだろう。 やはり直接会いたかった、と氷薄は心底残念に思った。 「そんで、理咲ちゃんに怒られてまで連れてきた期待の新人はどいつだ?」 「・・・1−1河留と1−8岩鈴だ」 「・・お、これか。いわすず・りえ・・女の子。あと・・かわどめ・・・えいた」 「違う。『えいた』ではなく『えいと』と読むらしい。岩鈴嬢はそいつの幼馴染だそうだ。本当は河留だけ連れてくる予定だったんだが、暴れるので彼女にも同行 してもらった」 しかし、嫌がる英太を有無を言わさず生徒会室へ押し込んだのは莉依ではなく理咲で、 渋る彼に「本当に忙しいときだけ」と条件付きで手伝いを承諾させたのも理咲である。 生徒会室前でのごたごたで相当怒っていたにも関わらず、最後の最後に理咲はしっかりと増田の補佐をしてくれたのだ。 「で、当の理咲ちゃんは?」 「帰らせた。今日から部活動の勧誘が始まるだろう?」 そう、氷薄が来たとき、生徒会室にいたのは増田だけだった。 プレテストが終わった今日から部活動の新入生勧誘が始まるのだ。 特に初日の今日はどの部も意気込んでおり、理咲の所属する弓道部も例外ではなかった。 「あ、志亜もそんなこと言ってたな。頑張らなくっちゃ!って張り切る志亜がまた可愛くて〜」 「呉井の話は聞きたくない。お前も仕事しろ」 「冷てーなぁ、英雄君。理咲ちゃんには優しいのによ」 氷薄の揶揄いに増田は反論しようとしたが、言葉に詰まった。 ここで否定してもますます氷薄に揶揄われるだけだし、そして誰より、自分が理咲にだけ特別な意味で甘いことを増田は自覚していたから。 だから言葉が出てこなかったのだ。 確かに理咲以外の生徒が副会長だったら、部活の勧誘の手伝いになど行かせないで仕事をさせているだろう。それが女の子であっても、上手く言いくるめて 生徒会室に留めておける自信が増田にはあった。 しかし、相手が理咲だったから。本当は弓道部のことが気になって仕方がないのに、そんな素振りも見せずに黙々とファイルを整理していた理咲だったからこそ、増田は 「今日はもう上がっていい」と言ったのだ。 それが理咲限定で動く感情だと、増田は嫌というほど解っている。 「・・・・いいから黙って仕事にかかれ」 結局いい言葉が見つからずに先の台詞の繰り返しになってしまったのは増田らしくなかったが、理咲のことについて言及しなかったのは正解だった。 案の定、氷薄はそれ以上増田に理咲の話を振ることもなく、自席について新入生6人が残したメモに目を通し始めたのだ。 もっとも、ちらりと増田を見遣ったその顔はなんとも言えない表情だったが。 しかし増田はそれに気付きながらもきれいに無視し、パソコンの液晶に視線を戻した。 外は晴れてミルキーブルーの空が広がっているにも関わらず、増田の心の中は淀んでいた。 理咲の生徒会参加について考えるときはいつもこうだ。 後悔の念に囚われて、思考が鈍くなりやすい。 欲を言うと、今日だけではなくていつも理咲を部活に行かせてやりたかった。 そもそも生徒会に入れるべきではなかったのではないか、とまで思う。 役員選挙の前、まだ副会長候補が決まっていなかったあのとき、増田は生徒会指導の鞍馬から理咲を副会長役に勧誘中だと聞いていたのだ。 あの段階で増田が「理咲でない方がいい」と進言しておけば、生徒会と弓道部の間で神経を削る今の理咲はいなかったかもしれない。 責任感が強い理咲はどちらかを疎かにすることができないのだから。 だが、生徒会メンバーが3人という現状でも異例中の異例だというのに、増田と氷薄の2人だけで生徒会が成り立つはずがない。 2人で満足に運営することはできても、職員やPTA側が納得しないだろう。 他の生徒が辟易して拒み続けたのだ。理咲が立たなければ今頃どうなっていたか増田にも分からない。 しかし、止めることはできたのに、最後まで乗り気でなかった理咲を巻き込んでしまった感が否めない増田は心中大きな溜息を吐いた。 理咲はとても有能で、いけないと思いつつ頼りにしている節が少なからずあるのだ。 氷薄とは別の次元で、理咲は増田のことをよく理解しているし、サポートしてくれる。 おそらくそれは理咲が思っている以上に増田を支えているから。 「やはり必要なんだよな・・」 思わず本音が零れた。 「ん?何か言ったか?」 「・・・・いや、何も」 氷薄のパソコンから出る起動音だけがやけに大きく生徒会室に響いて、増田の耳についた。 その忙しない音が心中に渦巻く鬱積した感情と共鳴していくのを感じ、さらに気分が悪くなる。 |