See you after school.  04:何事も、シンプルに








 火のない所に、煙は立たぬ。






 端暮と灰田が会長に呼ばれた1年クラス代表である旨を告げると、理咲は済まなそうに「まだ会長がいらっしゃってないの。悪いのだけれど、待っていてもらえる?」と2人に 訊ねた。
 形の良い眉を八の字に歪める理咲に否と言えるはずもない2人は、顔を見合わせてから無言で頷く。
        なにが無表情だよ・・あてになんねー噂だな・・・・・・
 と、心中毒づいたのは端暮か、それとも灰田か。
 薄く開けていた扉を押し開いて2人を招き入れる理咲は噂どおりの美人だが、先程の表情を見る限り『無表情』と評価されるのは間違いだと思われるのだ。
 おそらく理咲と会話をしたこともないような人間が流した噂なのだろう。
 そう簡単に解釈した端暮と灰田は、適当に座って待っていてくれという理咲の指示通り手近にあった席に腰を下ろした。


 身体検査がここまで早く終わると思っていなかった理咲は己の誤算に舌打ちしたくなったが、逆を言えば生徒会室で待機する要員ができたのである。
 2人に留守番を頼み、手間を掛けまくる男を探しに再度扉を半分ほど開けた理咲は、はたと気がついて振り返った。


「それから、もし他のクラス代表の子が来たら、同じように待ってもらうよう伝えてもらっても        
「おや、どこに行くんだい?」


 生徒会室前の廊下は閉鎖的な空間のため、音がよく反響する。
 それは人声も例外ではない。
 どこか甘さを含んだ、耳に心地よく馴染む低音が理咲の言葉に重なった。


「・・・・・・会長」


 はっと目線を正面に向けなおした理咲の前で余裕の笑みを浮かべる人物こそ、今まさに理咲が探しに行こうと思っていた生徒会長・増田だ。
 しかし彼の姿を認めた瞬間、理咲は思いきり眉を顰めた。
 訳もない余裕の笑みも気に入らないし、今までの動向についても追咎してやりたい。
 だが今すぐに理咲が問い詰めたいのは、増田が連れてきた者たちについて、だ。


「昨日のお話よりも2人多いようですが?」


 目の前にいる増田の周りには理咲の見知らぬ4人の生徒がいる。
 しかし、理咲が増田から聞いていたお手伝いの1年クラス代表は4人だったはずだ。
 長身のひよこ頭・中背の太腹・痩身の老け顔・小柄の眼鏡の4人で、全員男。前者2人が生徒会室にいて、後者2人が増田の背後に立っている男子生徒に違いない。
 だとすれば、増田が襟首を掴まえている三つ編みの男子生徒とポニーテールの女子生徒は一体誰なのか。
 理咲の眼光が鋭く光る。


「ああ、この小さいのが   
「っ小さい言うな!!つーか放せ!俺は帰る!!」
「1ホームのクラス代表だよ。背は低いが面白いと思   
「誰が天然記念物並みのチビかっ!!」
「暴れるので連れてくるのに時間が掛かった。見掛けによらず凶   
「あぁ?目に入らないだって?もう一遍言ってみやがれ!」
「彼女は8ホームのクラス代表で、この煩いのの幼馴   
「蚊かよ!?耳元でふらふら飛んでる害虫より小さグハッ・・・・・」
「もうっエド邪魔!・・すみません。私、1−8ホームの岩鈴 莉依です。こっちは1−1ホームの河留 英太。煩くて本当にすみません」


 理咲の目の前で一方通行の会話を繰り返していた三つ編み少年と増田の間に立ったのは、ポニーテールの女子生徒だ。
 ペコリと下げた頭から、長い髪がさらさらと零れる。
 その静かな音まで理咲の耳に届くのは、磨きぬかれた莉依のエルボースマッシュが寸分の狂いもなく英太の顔面にヒットし、 廊下に響き渡る怒鳴り声が止んだからだった。


「彼女はこの小さいのを押さえ込むのを手伝ってくれたんだ。・・・ナンパしてきたわけじゃないから、そんなに睨まないでくれないか」
「睨んでいるつもりは毛頭ありません」


 つまり、増田は英太を生徒会の手伝いに使おうと考え、身体検査が終わりクラスが解散したところを掴まえるために1−1ホーム前で待機していたと?
 しかも英太が抵抗するので首根っこを抑えてまで引きずってきたと?
 挙句、遅くなってしまったと?


「・・・ってーな!!莉依てめぇ何すんだよ殺す気か!?」
「あんたが煩いからじゃない!」
「俺は悪くないんだよ!諸悪の根源はこのおっさんだ!!」
「・・・おっさんはひどくないかね、小さいの」
「そうよ。増田会長に失礼よ」
「小さい言うなって言ってんだろ!」
「チビなんだからしょうがないでしょ」
「あぁ?何か言ったかこの凶暴女!?」
「なによチビ・チビ!身長一回も私に勝ったことないくせに!」
「今から伸びるんだよ!!」
「もう無理じゃないか?」
「んだとおっさん!?つーかいいかげん放せ!」
「帰られては困るからね。話はこれからだ」
「てめーに関わりたくねーんだよ!帰る!放せ!!」


 英太の声は高い。
 まだ変声期を迎えていないのか、それともこれが資質なのか。
 理由はどうであれ、高く硬い英太の大声は廊下に木霊して非常に煩い。
 理咲の耳の中に残る。


 理咲の父親は科学者で、その研究態度には信念があった。
 “シンプルで、無駄のない完璧さを好しとする”こと。
 己の実生活に無頓着な理咲の父親が常に貫いてきたことだ。
 口に出して言われたことも強要されたこともないが、理咲は漠然と父親の理念を感じ取っている。
 理咲は決して科学者・研究者向きではないし、父親と性格も似ていない。
 しかし、父から子へ繋がれた遺伝子によって受け継がれたものもあるはずだ。
 そのひとつが、理咲が無自覚にも常に“シンプルで完璧”である態度をとろうとすることなのかもしれない。


 そんな理咲にとって、今目の前で繰り広げられている攻防は無意味以外の何物でもなかった。


「・・・・ちょっといいかしら・・」


 理咲の、いつもなら低すぎないアルトが地響きのように轟いた。
 ただならぬ雰囲気を察してか、一同が深と静まり返る。


「河留・・英太くん?今日は簡単な顔合わせで終わる予定だったの。早く帰りたい気持ちも解るけれど、少し我慢してくれる? 生徒会の手伝い云々についてはいつでも相談に乗ってあげるわ。それでいい?」


 とてもじゃないが軽くあしらえる程度の威圧感ではなくて、逃がれたい気持ちがさらに増した英太だったが、理咲がそれを許すはずがないだろう。
 悟りを開いた英太は、顔を引き攣らせながらもぎこちなく首を縦に振った。
 その様子は先程と打って変わって借りてきた猫のようだ。


「会長、あなたもです。嫌がる1年生を無理矢理連れてくるとは何事ですか。あなたが率先して仕事をこなせばいいだけの話でしょう? 今後このようなことがありましたら、私にも考えがありますので」
         善処する。・・・・・だからその顔止めてくれないか」


 冷汗を流しながら増田は理咲の顔を見つめた。
 増田の言葉を聞いても眉一つ動かさずに、理咲も増田を見据える。
 まだ鬼の能面の方が表情豊かな気さえする、その顔に感情は浮かんでいない。
 そう・・・理咲は本気で怒ったとき、無表情になる癖があるのだ。
 しかも怒りの度合いが増せば増すほど表情が消えていき、逆に理咲を取巻くオーラは重々しく広がりながら周りを凍て付かせていく。
 その様は本来感情を露にすべき場面で自分を抑える理咲の、一番わかりやすい例であると同時に最も同席したくない場面であるかもしれない。
 理咲が無表情であるなんて噂は嘘だ、とは誰の勘違いか。
 ・・・・もっとも、勘違いしたままの方が幸せであるのだけれど。


「無理ですね」






 本気で怒った理咲の無表情は、いつになったら解けるのだろうか・・?
 増田の背に、もう一筋冷たい汗が流れた。













2007/6/2 up







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