See you after school.  03:思いがけない再会








 アメストリス学園高等部の生徒会室は、あまり人目につかないところに位置する。
 主要階段である北階段を2階まで上り、右の特別教室棟からさらに講堂側へ延びる廊下を真っ直ぐ行くと音楽室がある。その、音楽室右手前の階段をもう1階分上がって 右に行き、左に抜けると講堂のギャラリー、突き当りが生徒会室だ。
 これは生徒会室を作るというより、講堂のギャラリーへの出入り口を緊急事態に備えて2ヶ所設けるための構造に違いないな。反対側にも出入り口見えたし。
 そんなことを考えながら、灰田は大きな腹を揺らしながら階段を上りきった。


 高等部の制服は学ランで、灰田は中学時代の制服をそのまま利用している。釦さえ付け替えれば男子の制服なんて代り映えしないもの、と昔から決まっているからだ。
 だが灰田は入学早々、周りの視線を集めた。
 なんてことなない、上着の釦を全部開けているのだ。
 暑い時期でもないし、不良ぶっているわけでもない。
 そんな灰田の着こなしに、クラスメイトの一人が好奇心を刺激されて質問してみたところ、単に着苦しいから、という答えが返ってきた。
 ふてぶてしい顔付きに、メタボリック症候群が心配される腹。しかし意外に社交的な性格の灰田はいつの間にかクラスで人気を集め、 最終的には1−2のクラス代表に推され、さらには生徒会長直々のお呼びにより、生徒会室までやってきたのである。
 別に生徒会を補助する仕事は嫌いじゃない、と灰田は思っている。
 これでも中学では生徒会会長を務めたこともあるのだ。
 だが今回この仕事に乗り気になれないのは、どう考えてもあの生徒会長の所為、であろう。
 灰田以上にふてぶてしい態度と、相手を挑発する漆黒の眼。
 社交術に自信のあった灰田が「この人には敵わん」と思ったくらい、生徒会長は人を扱うのに長けていると安易に推測できたのだ。
 できれば関わり合いたくない。
 だが、ご指名されたのではどうしようもない。
 かくして灰田はテスト疲れを引きずりながら、生徒会室へと足を向けたのだった。


 辿り着いた生徒会室前には先客が一名いた。
 長身でひよこ頭の、後ろ姿。
 あれは       ・・・・


「ハボっ?」
「?・・・・・・・・灰、田か?」


 久方振りに再会した端暮、だった。


 灰田と端暮が知り合ったのは模試の会場だ。端暮が推薦に落ちて焔が点いて、最初に受けた校外模試だった。
 端暮の住む田舎では実施されないということで、端暮は公共交通機関を乗り継いで試験会場にやって来たのだが、会場はやたら広いし、周りは模試前で殺気立ってるしで、 端暮が呆然としてしまったことは記憶に新しい。
 そんな中で親しくなったのが、灰田なのだ。
 灰田と端暮は試験番号が連番だったので、席も前後だった。
 親しくなったのは、端暮がぶつぶつと暗唱していた数学の公式の誤りを灰田が指摘したところから始まる。
 それから模試の中休みや昼食時に灰田が端暮の勉強を少しだけ見てやったりしているうちに連帯感が生まれ、友人になったたのだ。
 もっとも、携帯電話は中坊の時分でどちらも所持しておらず、連絡先も聞かなかったために、会ったのはあの模試一度きりだったが。
 それでもあまりの印象の強さに、双方相手を記憶していた。
 それがこんなところで再会するなんて。


「ひっさしぶりだな!まさかまた会えるなんて思ってなかったぜ。」
「それはこっちの台詞だ。お前、よく受かったな」
「奇跡だろ?いやー、でも、すっげー嬉しい・・・灰田も会長に呼ばれたのか?」


 端暮の実家が遠いことをなんとなく覚えていた灰田は、親を無事見つけた迷子のような表情を見せた端暮に思わず苦笑いする。


「まぁな。それよりお前、今は寮か下宿してんのか?」
「そ。寮は規則厳しいし下宿。いつ彼女が来てもOK!」
「へぇ、いるのか」
「フラれたけど。この学校の女の子レベル高ぇけど・・・でも高校生活始まったばっかだし、なんとかなる!!」
「変わってねぇな」


 そのお気楽思考       とまで口に出さなかったが、灰田は呆れた。
 そうだ、こういうヤツだったのだ、端暮は。
 コイツ後で苦労しなきゃいいがな、と灰田は思った。


 生徒会の手伝いを無理矢理させられると決まってから、灰田はいくつか情報を集めていた。今期生徒会の成立過程、生徒会長のこと、副会長のこと、書記兼会計のこと、などなど。
 もちろん仕事内容についても多少調べたが、まぁ中学校と大して変わらない。やはり重要なのはハードではなくてソフトの方だ。
 だが、生徒会メンバーについて探りを入れるごとに灰田は一抹の不安を強めていった。塵も積もれば山となる方式で溜まった不安の所為で、今にも過食に走りそうだ。
 何でも、生徒会長は優秀なわりに怠け癖がある、とか、女たらしである、とか。
 書記兼会計はキレ者だが、彼女自慢(惚気)がすごい、とか、怒らせるとナイフが飛ぶ、とか(銃刀法違反にまで発展させる噂はどうかと思う)。
 しかし、端暮にとって今一番意味のある情報は、やはり副会長のものだろう。
 副会長を務める2年生の鷹見 理咲は学園で一・二を争う美人、と噂されている。
 大きな瞳にストレートの長い髪で、背は高め。性格も良く、面倒見の良いお姉さんタイプで、 勉強もできるし(特待生らしい)、何よりすごいのは弓道の腕前で、地区大会の個人戦なら楽に優勝するそうだ。つまり、弓道部を背負う期待の星。
 ちなみに、ファンクラブは彼女の入学3日目に成立したという伝説まで残ってる。
 端暮に、副会長のことを好きになるなという方が無理な女生徒だ、と思う。
 だが、確実にフラれるだろう。今まで彼女に告白した者は見事に玉砕・一年で100人突破済み、との伝説もあるのだ。
 端暮がフラれても灰田には直接関係ないのだが、気の合うヤツが落ち込んでいる様子など見たくないし、放っておけない。
 灰田はやはり端暮に忠告しておくことに決めた。


「おい、ハボ。彼女作りは構わねーが、副会長だけは止めておいた方がいいぞ」
「・・は?なんで?って、副会長は女なのか?」


 きょとんと灰田を見下ろす端暮の周りに、ピンク色のもやもやが見える。


「女だ。でもって美人らしいが、とにかく止めとけ」
「だから、なんでだよ。まだ会ってもねーのに」
「彼女にゃ異名があんだとよ」


 曰く、『鷹の目』、と。
 弓道の稽古中はもちろん、怒らせたときに見せる、射るような鋭い視線が名字と相俟った結果、ついた影のあだ名だ。
 しかも普段から無表情で愛想がないのが玉にキズ、らしい。
 「そこがいいんだ!!」という趣味の野郎もいるみたいだが。


「そして何より、告白すると何者かの嫌がらせを受けるって噂もある」
「嫌がらせぇ!?」
「詳しくは知らん」
「だったら教えんなよ。中途半端に怖ぇじゃん」
「とにかく友からの忠告だ。素直に聞いとけって」


 そう言って灰田は生徒会室に目を向けた。
 目の前の扉は教室にあるような引き戸ではなく、開き戸だ。


「で、お前ここで何やってんだ?」
「待ちぼうけ」


 俺のクラス早く終わったから、まだ誰も来てねぇみてーだし、と端暮は続ける。
     確かに、なぜか防音対策を施してある重々しい扉の、10cm四方の小窓からは蛍光灯の明かりが漏れてきておらず、役員の在室を感じさせない。


「あそこから中覗けないのか?」
「もう覗いた。けど、誰もいなかったぜ」
「そうか」
「・・・・・あ、鍵開いてるか確かめてねーや」
「莫迦。普通、生徒会室は施錠するだろ」
「ははっ・・それもそうか」


 笑いながら、端暮が手を掛けた取っ手を離そうとした。
            その瞬間、だった。
 レバー状の取っ手を回していないのに、何の前触れもなく扉が開いたのである。
 これには端暮どころか灰田も驚いた。
 2人の方へ押し開けられた扉に押され、数歩後ずさりしたくらいだ。






 薄く開けた扉から滑るように出てきたのは、背の高い女生徒だった。
 どうやら女生徒の方も驚いているようで、大きくて綺麗な鳶色の目をさらに見開いている。
 だが、その驚きも束の間だったらしい。
 すぐに納得した様子で、小首を傾げて2人に話しかけてきた。


「・・・・・・あなたたち、もしかして会長に呼ばれた1年生、かしら?」













2007/5/31 up







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