See you after school. 01:幸か不幸か 教科書に印字された意味不明の英単語をぼんやりと見つめながら、端暮は内心で溜息を吐いた。 私立アメストリス学園高等部は県下でも有名な進学校である。しかも、進学率が良いだけではなくて、進学先も当然良い。 そんな高校に端暮が入学したのは昨日のことなのだが、そのときに早くも「俺もうダメかも・・・」と思う破目に陥ってしまった。 端暮はこの街から見て随分と田舎の出身である。 別に地元の公立高校に進学してもよかった、というか、後々考えてみたら公立高校の方が正しい選択だったんじゃないかと思うくらいだが、端暮はアメストリス 学園に拘った。 その理由は実に単純で、実に馬鹿馬鹿しい。 端暮は中学の先生の軽い冗談に乗って、最初アメストリス学園の推薦入試を受けてみたのだ。端暮も運動神経だけは自信があったし、常日頃の素行が悪いわけではない。 幸い、中学ではバスケをやっていて、県の大会では優勝したこともあったから、落ちるとは思っていなかった。 だが結果は思わしくない結果で、負けず嫌いで努力家の端暮は一般入試の方も受けようと決心したのだ。 それからの端暮は血を吐く思いで机に向かい、もう一生分勉強したんじゃないかと思うくらい受験勉強に励む日々を続けた。 その途中には愛と友情の青春ドラマがあったりするわけだが、それは割愛するとして・・・・・とにかく超奇跡的ではあったが、端暮は 超難関であるアメストリス学園高等部の受験に合格したのである。 ここまでで終わるなら本当にハッピーエンドだった。だが話はここから始まるわけで、端暮には試練が待っている。 まず、仮入学のときに周りの新入生がものすごく頭がよさそうに見えたことに少し怯んだ。 そして、田舎出身の下宿生である端暮にはクラスどころか学園全生徒の中にも知り合いがいないので、かなり心細い。 だが、端暮はそんなストレスフルな状況に負けることなく、持ち前の明るさと人懐っこさを遺憾なく発揮した。 「あー‥・・端暮です。『はしくれ』とか『はぐれ』とか『たんぼ』とか読み間違えられやすいんスけど、『はくれ』っス。・・・あ、でも中学んときは 『ハボ』って呼ぶヤツも多かったんで、まぁ自由に呼んでください」 という自己紹介が功を奏したのか、隣の席の男子(寺岡)はすでに端暮のことをハボと呼んでいるので、人間関係では特に問題なさそうである。 そう、問題はその後にあったクラスの役員決めにあった。 クラス役員決めをしているとき、だれもが『クラス代表』と書かれた役職に立候補しなかった。聞けば、このクラス代表になった者はアメストリス学園高等部の学園祭・ 通称『アメトリ祭』を運営するために活動しなければならないらしい。 アメトリ祭は全国的にも有名な学園祭で、規模が半端じゃなく大きい。そのため、準備にはとてつもなく労力を要するそうだが、何もクラス代表だけが頑張るわけではない。 あくまで『代表』として全体の打ち合わせに参加したり、学園祭関係のことでクラスを纏めるリーダーになるだけだ。 端暮は「そんなに嫌な仕事じゃねーだろ・・」と思いつつ、自分は体育委員にでもなればいいと思っていた。 しかし例の、隣の席の寺岡が「お前ノリよさそうだし、やってみればー?」と冗談半分に言ったのを受けて、じゃあやってやるか、と軽く立候補してしまったのだ。 これが運命の分岐点だった。 役員決めが終わった後の休み時間に、兄や姉がこの学校に在学、もしくは卒業したばかりというクラスメイトから、いろいろと好からぬ噂を聞いたのだ。 曰く、クラス代表は部活をする時間もなくなる、とか。 曰く、上級生は学業が重視されるから、雑務は1年生に回ってくるのだ、とか。 曰く、今年の生徒会は人数が一人足りないから、絶対に忙しくなる、とか。 高校でもバスケをしようと決めていた端暮にとって、部活が満足に出来なくなる可能性があるのはマイナスだった。 けど、別に四六時中アメトリ祭のことをするわけじゃないんだし・・・・と楽観視していた端暮だったが、生徒会長についての噂を聞いて、いよいよ己の行く末を案じた。 曰く、生徒会長は『王子』と呼ばれている、とか。 曰く、生徒会長は女子に物凄くモテる、とか。 曰く、生徒会長のファンクラブがあるらしい、とか。 どうコメントしていいか困る噂ばかりの生徒会長に対して、端暮内蔵不安バロメータの針が大きく振れる。 本当に生徒会が成り立っているのか・・・? というか、生徒会の人数が足りてないって、まさか生徒会長のせいなんじゃ・・・。 と、要らぬ思案に暮れていた端暮は、ホームルーム終了と同時に帰宅しようとしていたところを不意に呼び止められた。 「君が1−4ホームのクラス代表かな?」 耳に残る低い艶声に振り返ると、そこには黒目黒髪の男子生徒が端暮を見据えていた。 同時に、周りにいた女子生徒はざわめき立ち、「あの人・・王子・・・?」との声が微かに行き交う。 「そうっスけど、何か?」 体躯のいい端暮は身長185cmを超えている。 その頭半分ほど小さい男は端暮を見上げている形になっているのだが、端暮はなぜか相手から見下ろされいてるような気分になった。 整った顔立ちのせいか、鋭い眼光に睨まれると、とてつもない圧迫力を感じるのだ。 「私は今期の生徒会会長を務めている3年の増田だ。君、なぜクラス代表になった?」 偉そうな口調と声の低さに、端暮の背に嫌な汗が伝う。 「別に・・・・・単なるノリっス。他に誰もやるヤツがいなかったから、俺がやろうかと思っただけっスよ」 思わず言葉が口を吐いて出てしまったが、仮にも学園祭を仕切る生徒会長に対して言うべき台詞ではなかったかもしれない。 だが後悔先に立たずとはよく言ったもので、端暮は気まずい思いを抱えながら増田の反応を待つしかなかった。 一方、端暮の言葉を聞いても表情ひとつ動かさなかった増田は、しばらくしてから実に満足そうな笑みを浮かべた。 傍観している女子が再び沸き立って、少し煩い。 「名前は?」 「・・・端暮、っス」 「よし、では端暮。明日の放課後、生徒会室へ来るように。いいな?」 「はっ!?え・・・ちょっ・・」 眼で念を押した後、端暮の戸惑いの声も聞かずに増田は去って行った。 周りの女子は「本当にかっこよかった〜!」とはしゃぎ、男子は「おいハボ、大丈夫か・・?」と心配してくれたが、どちらの声も端暮には意識の片隅に小声でしか届いていなかった。 極度の緊張により、一種のパニック状態に陥っていたのだ。 とりあえず、あの生徒会長がただ者でないことだけは身をもって理解した。 俺、もうダメかも・・・と思ったのも、このときである。 入学式の翌日。 新入生はプレテストという名の、春休みの宿題の確認テストが実施された。 午前に英語と数学が90分ずつ、午後に国語50分と授業が1限の、入学早々ハードなスケジュールだ。 待ったなしのテストに、春休みの宿題なんて当然していなかった端暮は完全なる敗北が確実となったが、気分的にはそんなことどうでもよかった。 目下の問題は、今日の放課後に生徒会室へ行かなければいけないことなのだ。 プレテストを抜殻状態で受け終わり、今は本日最後にして高校最初の授業の最中である。しかも科目は端暮が最も苦手とする科目のひとつ・英語で、教壇では外国人教師のマイルズ 先生が流暢に英文を読み上げているが、端暮はそれをまるで呪いの呪文としか認識できずにいた。 端暮はそっと腕時計に目を走らせた。 時刻は2時52分 |