パンドラの匣 (下町の日々R2 番外編) 下町が誇る三ツ星おでん屋は? さすがは何代も続く老舗のおでん屋、味はピカ一である。 しかし、グルメガイドなどには一切顔を出さないために県外からわざわざ来る客というのは皆無に等しく、まさに下町の人々のための下町のおでん屋だった。 来店頻度こそ違えど、客は顔見知りばかり。しかも兄妹が生まれたときから付き合いのある知人も多いから、接客中に思い出話が花咲くこともしばしばである。ナナリーはそれを共有できるから まったく問題ないのだけれど、彼女が心配したのは下町歴4ヶ月のC.C.だった。 ・・・いや、心配とは少し違う。 C.C.はC.C.で客と友好な関係を築いているし、おでん屋で働き始めた頃の出来事がもう語り種にされるほど馴染んでいるのだ、誰が何と云おうとC.C.は歴とした下町の一員である。だから、心 配とか、そうではなくて・・・・・ただ悲しかったのかもしれない。思い出話を聴いていたときのC.C.はやさしい貌をしていたけれど、どこか寂しそうでもあったから。 だから部屋の押入れを整理している最中にアルバムを見つけたとき、ナナリーはC.C.と一緒に見たいと思った。 C.C.は自ら進んで他人の過去を知ろうとする性格ではないと分かっていたから、ちょっといい機会かもしれないと考えたのだ。その直後、C.C.が施設育ちで親の顔も知らないことを思い出して、 やっぱりやめようとしたのだけれど。 しかし、タイミングよくナナリーの部屋に来たC.C.がアルバムの存在に気づき、さらに興味を示してしまったものだから、居間でまったりとカフェオレを飲みつつ、短くも濃い軌跡をふたりで辿ることにしたのである。 シャッターを切ってくれたのは、どちらかと云えば、父・シャルルの方が多かった。 いつまでも少女のようだった母・マリアンヌは息子や娘と共に被写体になることが多くて、ときには子どもたちよりもメインに写っている。その、無邪気な笑顔が永遠に母のイメージだ。 思い出と写真の中でしかもう逢うことができない両親。 家族4人で撮ったものは意外と少なくて、だからこそ分厚いアルバムの中でもアルバムぎりぎりの大きさを誇る4ツ切の家族写真はどこか場違いに見えた。 これは 「これは・・七五三のときのですね」 黒の羽織袴姿のルルーシュと、桃色の被布姿のナナリー。その幼い兄妹を中央に、左には椅子に掛けたマリアンヌ、右には威風堂々と立つシャルルが写っている。その後のページには宮参り 中のスナップ写真も続いているけれど、それらとは雰囲気を異にする一枚だった。 というか、明らかに写真館で撮られたものだ。 「ビスマルクおじさまに撮っていただいた写真だと聞いています。私は覚えていないのですけれど・・」 「3歳なら覚えてなくて当然だろう。それより、ビスマルクというのは・・・隻眼の?」 「ええ、そうです。町外れにある写真館のオーナーさんで・・・あら?お逢いしたことありました?」 「いや・・ルルーシュから話を少し、な」 「まぁ、お兄さまが・・・」 ナナリーは少し意外に感じて、けれど同時にホッとした。 おでん屋に連れてくるだけ連れてきて、後は多忙を言い訳にC.C.を放置ぎみである兄に対し、いつ苦言を呈そうかとタイミングを見計らっていたところだったのだ。 ギャンブルから足を洗い、今はおでん屋のために奔走してくれる兄を、もちろんナナリーは嬉しく思う。だが、兄が一番大切にしなければならない人に寂しい思いをさせてまでおでん屋に尽くして くれなくてもいいのだ。「そこは私が・・」とナナリーは考えている。 だからルルーシュがC.C.に下町の話をしていたことに、ナナリーは一安心した。 円満な夫婦は毎日のコミュニケーションから そんなナナリーを訝しむことなく、C.C.はパラリパラリと思い出をめくっていった。 捻くれる前の愛らしい笑顔を見せる写真の中のルルーシュにC.C.がクスリと笑い、ナナリーが状況や周囲の人物について補足する。年を重ねるにつれて学校の友だちの撮影によるものだろう写 真が大部分を占めるようになったけれど、C.C.の笑いもナナリーの補足も止むことはなかった。 だってこんな面白い写真、他ではちょっとお目にかかれない・・! ルルーシュが中学生・高校生ともなればナナリーの記憶もハッキリしているし、お祭り好きの知人が企画したイベントに強制参加させられていたルルーシュやナナリーの写真には事欠かない。 クリスマスやハロウィンなどの、ごく一般的なイベントはもちろん、小学生の日や猫祭り、絶対無言パーティ、それから男女逆転祭り 「〜〜〜〜〜ナナリーッ、C.C.ッ!!」 まるで悲鳴のような一喝に、ふたりはパッと顔を上げた。 戸口に立っていたのはルルーシュだ。口端は引きつり、どことなく顔が赤い。握った拳が震えているのは見間違いではないだろう。 「あら、おかえりなさ・・」 「おかえり、ルルー・・」 「何を見てるんだお前たちはっっ!!!」 特に気にせず、のんびりとルルーシュを迎えようとしたナナリーとC.C.の声は、しかし中途半端な形でルルーシュに遮られた。 そればかりかアルバムまでひったくられる。 普段は温厚な兄の、突然の暴挙にナナリーは目を瞠った。 「お、お兄さ・・」 「見れば分かるだろう、アルバムだ」 「〜〜〜ッッ、こんなモノどこから発掘してきた!?許可なく見ていいモノじゃないだろ!!!」 「ナナリーのだからな、お前の許可など知らん」 「・・・ナ〜ナ〜リ〜ィ〜?」 射殺す、とまでは云わないが、いつになく厳しい視線を向けてくる兄 だが、直後にC.C.が呆れたように溜息を洩らしたものだからルルーシュの注意はそちらに逸れて、ナナリーは鋭い光を放つ双眸から早々に逃れることができた。 「まったく・・・見られたくないモノなら、初めからそうと云っておけばいいものを・・」 「何だと!?」 「結局は、私に恥ずかしい写真を見られたくなかっただけなのだろう?」 すいと細められた琥珀の瞳は揶揄を含んでいるのに、どこか色っぽい。 ルルーシュは一瞬だけグッと言葉を呑んで、しかし 「っ、・・・その貌やめろ、ピザ女っ!」と、脱いだ上着をC.C.の顔めがけて投げつけた 音も立てずに自分の部屋へ戻り、そっと溜息を吐く。 「もう・・」 一見するとケンカしているようで、その実、離れていた時間を埋めるようにじゃれ合っているだけのふたり。それを充分すぎるほど分かっていたから、お邪魔虫は退散、とばがりにナナリーは居間 から逃げてきたのだ。 もっとも、今日のじゃれ合いは少し激しかったけれど。 「お兄さまったら・・」 “C.C.に恥ずかしい写真を見られたくなかった” しかも、見ていたのは男女逆転祭りのときの写真で、つまりルルーシュも強制的に女装させられていたときの写真だ。濃紺のドレスが普通では考えられないくらい似合っていて、カワイイとC.C. にも好評だったけれど、そういう趣味はない兄にとっては屈辱の極みだったに違いない。 男というのは概して、好きな女の前では特に格好をつけたがるものなのだから。 「・・・本当に」 お兄ちゃん子だったナナリーは幼いころからずっと傍でルルーシュを見てきたけれど、思春期真っただ中の少年のような反応を示す兄を今日この日まで拝んだことがなかった。それは裏を返 せばC.C.がそれだけ特別な存在ということで、しかし常人よりもずいぶんと遅い思春期の到来に、妹としては嬉しいような心配なような、複雑な心境である。 それでも、等身大でありのままの兄を知ることができたような気がして、自然と笑みは零れて。 「かわいい人!」 居間から聞こえてくる声に耳を傾けながら、さていつ戻ろうかしらとナナリーは考えを巡らせた。 |