C.C. Aegis Project.  04:チーズくんと逢わせましょう






 “後悔”することはもちろん、そんな単語の存在自体が間違っていると思っていた。
 選択した道を悔むのは、その先にある障害に挑む覚悟がなかったからだ。そんな甘い考えで生きていけるほど、世界は優しくない。
 そして、俺が奪った生命、俺の所為で奪われた生命があるからこそ、俺は自身が後悔することを許せなかった。それは彼らに対する冒涜行為に等しいからだ。 だから歩みを止めず、ここまで生きてきた。
 ・・・・・・・はず、だったのに。


 『後悔先に立たず』という言葉が頭から離れないのは、何故なのだろうか・・・。




 いや、この状況が芳しくないのだと、理解はしている。
 この状況       手放す機会を逸したままC.C.の肩を抱いているという状況に、ひどく混乱しているのだ。


 玉城に怯えるC.C.を庇うためとはいえ、よくあんな行動に出たものだと、今になって辟易する。
 第一、「触るな」とはどういうことだろうか。玉城は知能レベルの低い男だが、馬鹿は触っても感染しないというのに。
 確かに、覚えがない感覚ではない・・気はする。9年前、まだ警戒の対象だったスザクがナナリーに触るとき、同じような苛立ちを感じていたように思う。
 だが、それはあくまで『同じような』感覚であって、『同一の』感覚ではないのだ。
 それに、ナナリーとC.C.は俺にとって同じ存在ではない。ナナリーはこの世界で唯一の、大切な妹だ。ではC.C.は、と考えると・・的確な表現に迷う。 あの異空間でも言葉に詰まったように。






 互いに無言で通路を抜け、部屋の前までたどり着いたときには全身が凝り固まっていた。
 ロックを解除するため、薄い肩から手を離す。同時にC.C.の身体からも力が抜けていくのを感じた。
 魔女C.C.であれば、厭味のひとつでも放っていたに違いない、と。そんなことを考えてしまう自分に内心で舌打ちする。だが、どれだけ思考を巡らせても解決しない 問題はあるのだ。圧倒的に情報が不足している現状では、どうしようもない。
 取り戻したい、とは思う。高慢で、捻くれたあの女を。魔女の記憶を持つC.C.を。
 ただ、C.C.は不老不死だったためか、命を顧みない無茶な行動に出ることが多かったから。不死ではなくなった状態でも自殺行為に等しい行動をとるのではないかと 懸念したりもするのだ。だから、その点に関しては記憶が退行していてよかったと思う。少なくとも、死にたくないという意思はあるはずだから。
 事が順調に運べば、世界は超合集国とブリタニアという大国に二分され、戦争が始まるだろう。地上すべてが戦場になる。斑鳩は闘いの最前線に出ることになるが、 護られて然るべき母艦であり、黒の騎士団にとっての要でもあるため、何の防衛対策も持たない地上よりは安全だ。それに、匿う者がひとりとしていない地上には 遺していけない。


 だから結果として斑鳩の、この部屋に留めておくしかないのである。


 二重構造の扉を抜けると、そこにあるのは見慣れた光景だった。
 一刻も早く各国の状況分析にあたりたいと気は急くが、習慣を無視することもできず、まずクローゼットに向かった。仮面を外し、外套を脱ぐ。         と、そこで違和感を感じた。外套の重みがふいに消えたのだ。
 振り向くと、そこに居たのはC.C.。外套を受け取り、そのままの流れでハンガーに手を伸ばしていた。ありえない姿に、言葉を失いかける。・・・が、正常に働いた脳の一部は 動揺とまったく関係のない言葉を弾き出した。


「・・ま、待て! これには専用のハンガーを・・・」


 制止とともにハンガーを広げる。するとC.C.は怯えたように目を瞑りながら「っ、ごめんなさい!」と謝ってきた。
 ・・・・・・・・・・・やめてくれ・・・こちらの調子が、さらに狂うじゃないか。
 とりあえず外套は自分で納める。ついでにC.C.の上着も片付けてやろうとしたら慌てた様子で拒否されたので、こちらはC.C.自身に片付けさせた。 しかしそれも終わってしまうと本格的にすることがなくなり、C.C.はというと、心許なさそうな表情で視線を彷徨わせている。数百年前の常識から見れば、この部屋は違和感の 塊でしかないのだろう。


「・・・・・・・」


 無理やり連れてきた俺がこのC.C.の面倒をみなければいけないことは分かっている。無責任だ、という自覚もある。 だが今はC.C.にばかり感けている場合ではなく、ブリタニアの動向を探ることこそが重要かつ先決的な事項なのだ。 だから俺は奥の部屋に足を向けかけて、しかしその途中でその存在に気が付いた。


 こちらに背を向けて堂々とベンチソファーに掛けている、それ。
 魔女C.C.がピザ並みに固執していた、黄色い物体。
 俺の趣味とは絶対に相容れない、ぬいぐるみ。


 そいつを遠慮なく鷲掴んで、いまだ情けない顔をしているC.C.の前に突き出した。


「これに見覚えはあるか?」
「い、いえ・・ありません」
「そうか。こいつは俺のものではないんだが、訳あってここに居る」
「は・・い」
「君に確認したいことは幾つかあるが、俺には他に優先してするべきことがあるから、君はしばらくこれの相手をしていてくれ」
「ぁ・・・あのっ」
「次に俺が声を出すまで、邪魔をしないでほしい」


 そう言いながら、ぬいぐるみを押し付ける。「わ、わかりました」と頼りない返事をしたC.C.は、俺の勢いに負けてそいつを受け取った。 俺の知るC.C.ならば、ここで首肯することは万が一にもないだろう。尤も、記憶を失くしていなければ、俺がチーズくんを手渡してやるということ自体が起こらないのだが、 とにかく、これでしばらくはC.C.も大人しくしてくれるばずだ。
 何故だか安心して、俺は踵を返した     が、・・・


「かわいい・・・」


 柔らかい溜息のような呟きを聴いて、また足を止めてしまった。
 思わず振り返ってしまった俺に気付いた様子もなく、C.C.はぬいぐるみと真面目に向き合っている。 しかしその表情は小さな笑みさえ浮かぶほどに穏やかだ。
 感性というものはそう激しく変わらないのだ、と。そう思い至れば、こちらも自然と笑みが零れた。


         この分だと、ピザも気に入るに違いない。


 そんな、世界情勢とはまったく関係のないこと考えながら、俺は世界に向き合うため、今度こそ踵を返す。




 ああ、そうだな・・・この件が一段落したら、ピザでも与えてみることにしよう。













2008/ 8/23 up







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