お話をしよう (famille serie) リビングのソファーに掛けながら、リザはもやもやした思いについて考えていた。 時刻は午後6時。夕食のポトフは完成済みで、あとは食べる前に温めなおすだけでいい。 生後2ヶ月を迎えたルークはぐっすりと眠っているので、家の中はとても静かなものだった。 もやもやもやもや。 ルーク用の小さな小さな毛糸の靴下は編み終えたから、次はロイのマフラーでも編もうかと考えはするのだが、どうも気分が乗らない。 軍人時代に感じていたストレスと似ているようで似ていないこのストレスは、なにが原因であるのか不明だった。だからこそ溜まる余計なストレスもあるだろう。 ちなみに、司令部勤務時代におけるストレスのおもな原因はロイの勤務態度にあった。不真面目な態度を装うロイに協力する形とはいえ、上官の尻を叩く行為は 部下として褒められることではないからだ。 (でも、今の生活に不満なんてないのに・・・どうしてストレスが?) 結婚するにあたって退役したリザは、いまさら軍属に戻りたいと考えていない。いや、確かにロイを支える力になりたいと思ってはいるのだが、退役はロイの 強い願いであったし、それに、軍属でないからこそ有益な協力ができる場合もあるのだ。ここ数ヶ月を振り返ってみても、気分が晴れない理由は見当たらなかった。 (ルークはとても可愛いし、ハヤテ号もいい子だし。忙しいけれど、あの人は真面目に仕事をしているってブレダ中尉は言っていたし・・・・・・まさか、射撃訓練を していないから、とかじゃないわよね) 以前の生活を顧みれば、確かに失ったものや出来なくなったことは多くある。その中でも射撃練習はよい精神安定剤になっていた。別名、周囲に迷惑をかけない 八つ当たり、とも言うが。 まさかねぇ・・などという呟きがリザから零れた。 「ロイさん!?」 「ただいま、リザ」 「おかえりなさい・・・お怪我は・・ない、ですよね?」 「ああ、ないが・・・・どうしたんだい?」 「いえ、お帰りが早かったものですから」 「ははは。たまには早く帰ってもいいだろう? 君とゆっくり話もしたいしね。・・と言っても、来週はまた北に出張なんだが ロイの呼びかけに、リザはふと我に返った。そんなに呆けていたのだろうか、ロイは気遣わしげに覗き込んでくる。 「・・ロイさん」 「なんだい?」 「・・・・・ロイ、さん」 「・・・リザ?」 ロイの声に怪訝な響きが加わる。しかし、当のリザはあまり気にしていなかった。 胸の内に燻っていたもやもやの原因をようやく見つけたからだ。 人と、普通の会話をしていない。それが原因だった。 ルークは最近、「あー」 だとか「うー」 だとか、とにかくよく声を上げるようになってきた。見ていて微笑ましいその様子に、「うん」 とか 「そうなの」 と返事を返すことが多くなり、リザからも他愛ない話を聞かせるようになったのである。 だが、生後2ヶ月の赤子が会話相手になるはずがない。 折しも軍部が繁忙を極めている所為でロイはあまり家に帰ることがなく、ルークの幼さと、厳しさを増していく天候ゆえに在宅を余儀なくされたリザは、 結果として人と言葉を交わすことがほぼ皆無となったのだ。 話しかけても返事がない。意味の通じる会話ができない。 それは確かに些細なことかもしれないが、来る日も来る日も同じ状況が続けば、うんざりしてくるのは当然だった。リザ自身はあまり意識していなかったのだが、 知らないうちにストレスが溜まっていたのだろう。 「ロイさん・・・」 だから、リザはロイを呼ぶ。 「今夜はたくさんお話をしましょう」 たとえ他愛ない話でも。 自分の言葉で伝えて、そして相手の言葉を受け取って。 くるくるとまわる円舞曲のように、軽快に。 なんだかとてもすっきりしたリザは、満面の笑みを浮かべた。突然の展開に、今度はロイが呆ける番だ。 なぜならロイはリザの現状も心情もさっぱり知らないのだから。 しかし、わけが分からないながらもロイは「あ、ああ・・」 と頷いた。それを聴いたリザはますます嬉しくなる。 こうやって話ができるのは、とても倖せなことなのね。 fin. 2008/ 4/ 6 up |