言えない言葉を飲み込んで




 「どうしたんだい?」 と聞かれたのに、「なんでもないです」 と言って逃げてきてしまった。
 明らかに嘘だ。「この部屋を使え」 と家主から与えられたロイ専用の部屋の前でじっとしていた時点で、『なんでもない』はずがない。
 自分の部屋の、あまり上等ではないベッドにちょこんと掛けながら、嘘吐いちゃった、とリザは落ち込んだ。 相手が家族だろうが居候だろうが初対面の他人だろうが、嘘はよくない。嘘吐きは泥棒の始まりなのだ。泥棒は憲兵さんに連れていかれちゃう、とリザは慌てた。


(・・聞きたいことがあっただけなのに・・・)


 錬金術の修行をさせてほしいと訪ねてきた少年が弟子入りを認められて2日経ったが、 あの陰鬱オバケみたいな父親の弟子になった勇気あるチャレンジャーとは、「はじまめして」と「よろしく」程度の、必要最低限の挨拶から会話を交わしていない。 もし、父親以外の・・・もっと錬金術以外にも目を向けてくれるような錬金術師に会えたら、これだけは聞きたいと思っていたことがリザにはたくさんあったというのに。


(例えば・・・・)


 例えば、錬金術のおべんきょうは楽しいですか? だとか、どうやったら錬金術が使えるようになるんですか? だとか、あとは・・・・父さんの顔は こわいと思いませんか? だとか        リザが錬金術と関わるのを極端に嫌う父親には直接聞けないようなことだ。 ・・・ちょっと余計な疑問も混じっているけれど。
 もし、『もしも』 でしかなかった人が実際に現れたら、絶対その両手をしっかり掴んで放さないで、息継ぎする間も惜しんで長年の疑問を解消しようと リザは心に決めていた。
 だけど・・・・・・


(なんで逃げちゃったんだろう・・?)


 父親に見つからないように注意を払いながら『お弟子さん』の部屋の前でずっと待機していたのに、実際に出てきた言葉は「なんでもないです」の一言だった。
 これでは完璧に『変な子』だ。
 父親はリザから見ても一風変わった人物なのだが、まさか自分まで変な子だとは思いたくない。


(・・・もっと大人の人だったら聞きやすかったのに)


 よく考えて、リザはそう結論付けた。
 リザの知り合いにはロイと同じ年頃の男の子はいない。慣れていないから、恥ずかしくて思わず逃げてしまったのだ、と。
 だが、逃げたままでいられるはずがない。長年の疑問云々はともかく、彼はこれからしばらくの間この家に滞在するのだ。「はじめまして」と「よろしく」の挨拶 だけですべて終わるわけがない。


(やっぱり・・もう一回行ってみよう)


 一番最初になにを聞こうかな、などと考えながら、リザは勢いよく立ち上がった。








 一時間後、リザはキッチンにて鍋の中身をかき混ぜながら、「う〜ん・・」 と考え込んでいた。
 鍋はコトコトと軽快な音を立てている。
 ちなみに、身長が足りないためにリザは踏み台の上でつま先立ちの真っ最中だ。


(なんであんなこと聞いちゃったんだろう・・?)


 はぁ・・と小さく溜息が漏れる。


 気をとりなおしてもう一度ロイの部屋に向かった直後、リザは書庫から出てきたロイと偶然ばったりと遭遇してしまった。 そのとき、リザの心の準備は半分しか整っていなくて、咄嗟に口から出たのは、「父さんの顔、こわくないんですか?」       ではなくて・・・


『あ、あのっ・・・シチュー、好きですか!?』


 という、なぜか考えていたこととは全然関係ないことだった。
 どうしてシチュー? と、そのときの記憶を何回も何回も繰り返し再生して考えてみても、答えはさっぱり見つからない。
 ついには無意識のうちに、リザの眉間に皺が寄る。


(・・・・・・・でも・・)


 父親の弟子となった黒髪の少年は、リザの唐突な質問に「大好きだよ」 と笑顔で答えてくれた。即答ではなくて、答えるまでの間に目をぱちくりさせていたけれど、 それでも、ちゃんとリザの眼を見て答えてくれたのだ。
 それが、リザにとっては心が躍るように嬉しい出来事で。


(すぐにお別れじゃないんだし、いつか聞ける、よね・・?)




 味見してみたシチューは、なんだかいつもより美味しかった。

















fin.

















2008/ 1/25 up