森の出口は よく笑う女だった。 幼い子どものように、声をあげて笑う女だった。 何がそんなに可笑しいのかと不躾にも尋ねてしまったくらい、よく笑う女だった。 質問に対する返答は 『貴方の記憶の中の私が、いつも笑っている私であってほしいから』 であり、そんなときですら女は笑顔だった。哀しみが滲んだ、切ない笑顔だったけれど・・・。 それでも女の目論見は成功を収め、女が墓に入った今でも、思い出す顔は笑った顔だ。 後悔のひとかけらもない それに比べて、リザ・ホークアイという女はあまり笑わないという印象の方が強い。実際には笑顔も垣間見られるにも関わらず、だ。 この冷たい墓の下で眠る女も錬金術師の娘だった。箱庭の中で育てられたような、溺愛された娘。 彼女とリザ・ホークアイ ・・・・・いや、平穏な暮らしを得ていた娘は死に、過酷な運命を辿った娘は今なお生きている。これも確実に言える事の一つ、か。 共同墓地を出て公道を少し歩くと、道の端に一台の軍用車が止まっていた。勤務時間中に抜け出してきたのは悪かったと思うが、 内密に出てきたというのに行き先がしっかりとばれていることには些か閉口する。ちなみに、ここに来たときには走行中の軍用車すら見てない。 ・・・・・・さすがは我が副官、といったところだろうか。 無言で車に乗り込むと、運転席には予想通り、金髪の女性尉官が待ち構えていた。 車は音もなく発進する。 「せめて護衛を付けてくださいと、何度も申し上げたはずですが」 バックミラー越しに投げられた視線はやや冷たいものの、怒っているわけではなさそうだ。そのことに安堵しながらも、少しは笑ってくれてもいいんじゃないかと不満に思う。 「私には一人になる時間さえもないのか」 「少なくとも、勤務中はそうなりますね」 「やれやれ・・・」 息を吐いたら、意外と大げさな溜息と化した。再び鏡越しに向けられた視線が痛い。 ・・・・・今のは不可抗力だ、そんなに睨むな・・というか、頼むから前を見て運転してくれ、中尉。 「眉間に皺、できてるぞ」 「だれの所為です?」 はいはい、私だろうね・・とは言えなかったが、彼女には空気で伝わる。以心伝心は時として非常に気まずい事態に陥ることがあるから注意が必要だ。 ・・・尤も、注意したところでどうにかなる事象でもないのだが。 「・・・・・・・・・・・」 しかし、この以心伝心は仕事の場において有効なのだと、私は理解している。 中尉のプライベートに関しては何も知りえない。それは先日ハボックと呑んだときに確認済みであって、今後それが変わらないことも分かっている。 だが、分かりきったことに対して、何故こんなに腹が立つのだろうか。 「中尉・・・・君、どんな男が好きなんだ?」 私の中で 『リザ・ホークアイはあまり笑わない』 という印象が強いのは、その笑顔が私に向けられたものではないから・・・なのかもしれない。 そのことも私を不機嫌にさせる要因の一つなのだが、私が笑えと命令するのも変な話だ。 「・・っ、はい!?」 「 間の抜けた中尉の声に顔を上げると、やはりバックミラー越しに視線が合った。 彼女の目は真ん丸で、大昔に一度だけ小さな花束をあげたとき以上に驚・・・・・・・まさか・・・ 「すまん、何か声に出ていたか?」 「えっ、あの・・・何を仰ったか覚えては・・?」 「ない」 思考に集中すると無意識的に言葉を発してしまうことがあるようだが、今回もそうだったのだろう。しかも相当可笑しなことを口走ったようだ。中尉が挙動不審になるとは 珍しい。 ・・・・ちょっと待て、私は一体何を口走った? 「・・・中尉?」 「し、知りません!」 「は?」 「以上、終わりです!」 「え・・?」 「終わりなんです!!」 「そう、か?」 記憶にない、とは恐ろしいことだな、などと暢気に考えている場合ではない。 知らないと回答があったということは、疑問系だったのだろうか・・? しかも中尉に関することは間違いなくて、しかし当の彼女は知らないこと。・・・・何だそれは。 皆目見当がつかん。 大変気まずいが、中尉に確認することはできる。 できるのだが・・・もうこれ以上喋るな、と彼女から無言の圧力を感じてしまい、私は口を噤むしかなかった。 微妙な空気を残したまま、車は市内を走る。 2つ先の角を曲がれば、司令部が見えてくるだろう。 だが、やはりとしか言いようがないのだが・・・・・ リザ・ホークアイの笑顔は fin. 2007/12/ 1 up |