森で、迷子




 「飲みに行きましょう」と軽く誘われたのでいつもの大人数で行くのかと思えば、相手は誘った張本人である煙草愛好家だけだった。
 給料日から一週間。 有り金すべてを使い果たすには早すぎる。
 照明が控えられたバーのカウンターにハボックとふたりで並んでいる現状は、少なくとも私にとっては違和感を感じるのに十分な状態で、 不審に思った私は誘った理由を問おうと口を開いた。 が、先手を打ったよう「相談があるんスけど・・・」と切り出されたので、声に乗せる言葉を 咄嗟にすり替える。


「・・・相談?」


 他人に・・・しかも上官相手に相談をしなければならないような悩みを抱えているとは到底思えない部下の代表と言っても過言ではない男なのだ、ハボックは。 声に訝しげな響きが混じったのは不可抗力だと言及しておく。


「いえ、相談と言うか・・・ちょっと聞きたいことがあったもんで」
「聞きたいこと?」


 どうせロクなことではないな、と確信しながら、私はウイスキーを煽った。
 ・・・が。


「ホークアイ中尉の男性の好みって知ってます?」


 ハボックの返事を聞いた瞬間、酒が肺の方に入って、咽た。水でさえ肺に入れば苦しいのに、相手はロックであってもアルコール度数の高いウイスキーだ。 肺が焼けるように熱くて、『あぁ、人を焼き殺すのは焔だけとは限らないのだ・・』 などと、どうでもいいことが頭を過ぎる。


「ちょ・・・大丈夫っスかぁ?」


 「またそんなウイスキーなんてカッコつけたモン飲むから咽るんスよー」 と言いながら、大ジョッキに注がれたビールを胃に流し込んでいるハボックに対して 本気で殺意が湧いたが、私が不機嫌である状況に慣れているハボックは動じた様子すら見せない。いや、逆にものすごく動じられても困るのだが・・・


   っおまえ、まさかそんなことを聞くために・・?」
「そっスけど・・・・・大佐? どうしました?」


 素で不思議そうな顔を向けるひよこ頭を見て、頭痛がしてきた。
 いや、しかし。よく考えずに行動するあたりは確かにハボックらしいと言えばハボックらしいか。


         私が知るはずないだろう、そんなこと」


 男の好みどころか、彼女が好きなカクテルすら私は知らない。プライベートで中尉に会ったことはほぼ皆無に等しい、と思う。・・・彼女が軍に入る以前のことを含めなければ。
 だから、次からのハボックの発言に、私は少なからず衝撃を受けた。


「そうなんスか。なーんだ、知ってる可能性としては大佐が一番だと踏んだんスけどね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何故そう思う?」
「だって、なんだかんだで大佐は結局いつも中尉と一緒にいるわけですし」
「仕事だからな」
「でも一緒にいることには変わりないでしょ?」
「だが、そういう話は仕事中にするものではないぞ、明らかに」
「いや、でも大佐のことなんで、さり気な〜く聞き出してるモンだと・・・」
「あの中尉が仕事中にそんな会話を許すと思うか?」
「・・・微妙っスね。ここはひとつ大佐の華麗な話術で」
「中尉に通用するはずないだろう! 相手を考えろ、相手を!」


 最悪、背中から撃たれるからな、本当に。
 直属の上司と部下という関係になったとき交わした約束を風化させないためか、中尉との間には自然と線を引いていた。だから、私は中尉のプライベートに関してあまり知らない。 中尉がいつ射撃練習場に足を運ぶかは大体予想できても、いつマーケットで買出しをしているとか、そういうことは予想すらできないのだ。 それを情けないとは思わないが・・・・改めて考えてみると、どうしてこんな関係になってしまったのだろうかと寂しく感じる・・かもしれない。
 ・・・さっきから隣でハボックがぶつぶつと煩くて、あまり考えに集中できないのだが。


「・・じゃあやっぱ、中尉の友達・・女の子・・将軍とこの、レベッカ嬢・・・?」
「おいハボック。そもそも、なぜ中尉の男性の好みを知る必要があるんだ?」


 何を今更と思う質問だが、貴重な夜の時間を割いてやっているんだ、知る権利はあるだろう。そう考えた私は、再びウイスキーに口をつけながら何気なく聞いた。
 ・・・が。


「あ〜、俺、ホークアイ中尉のこと好きになっちまったんで・・・まぁいろいろと情報収集っスね」


 との言葉の所為で酒が肺に入り、私はまた激しく咽てしまった。
 こんな短期間に同じ過ちを繰り返すなど、ありえん・・・・・・・・・・・って、そうではなくてっ・・!


「おまえが・・・中尉を・・?」
「あ、聞いてくれます? 俺つい最近フラれたんスけど、そんとき中尉が慰めてくれまして。 『少尉も
さり気なく人の心を暖かくしてることあるから、大丈夫よ』って言って くれたんスよ。いやー、あんときは中尉が女神様に見えましたね。いつもより優しい笑顔が心に沁みたっつーか     ・・」


 どこぞの家族自慢男よろしく、ハボックは喋りまくる。しかし、私は聞いていなかった。 呆れたからではない。異常なスピードで蓄積されていくひとつの感情を押さえて冷静になろうとすることで精一杯だったからだ。
 ハボックは駆逐するべきテロリストでも、打倒するべき上層部側の人間でもない。大切な部下だ。そんなハボックに対して殺意が込み上げるのは尋常ではないと自分でも思う。 しかも、ヒューズが惚気話を繰り広げているときに込み上げる殺意とは比べものにならないというか、別物というか・・・とにかく、いきなりハボックが憎らしく思えてきたのだ。


「相手にされないと思うが・・・精々頑張るんだな」


 ハボックには何の咎もないのだが、皮肉のひとつでも言ってやらないと感情の収拾がつかない。


 頭は悪いが、下からの信頼に厚い男で。
 騙されやすいという欠点にも繋がるが、馬鹿がつくほどの正直者で。
 礼儀はなってないが、上官を立てることを知っている軍人で。
 つまり、欠点は多くても、ハボックは基本的に高評価できる男なのだ。私が横から口を挟まなければいけないような、そんなどこの馬の骨とも知れない男ではない。
 だからこれは肝心の中尉とハボックの間の問題なのであって、私は無関係のはずなのだが・・・・


 「大佐ぁ、今回は邪魔しないでくださいよ」とうるさいハボックをこの場で燃やしてしまおうかと、私は本気で考えてしまった。

















fin.

















2007/11/19 up