予感 カーテンを閉めようと近づいた窓から月を見て、リザは気味が悪いと思った。 闇夜に浮かぶ、下弦の月。 しかしリザが気味悪く思ったのは月の形ではなく、オレンジがかった仄暗い黄色の方だ。冴え冴えとしたシルバームーンでもなく、柔らかいハニームーンとも違う、 まるで何か悪いことの前兆であるかのようなその色は、胸焼けを起こしそうな色だった。 赫すぎる夕焼けは美しいけれど、人の死を予感させて恐ろしい・・そんな根拠のない危惧と同じ類の胸騒ぎが的中したことは皆無だが、それでもリザは月の色が気になって 天を見続けていた。遮光カーテンを閉めるはずがレースのカーテンまで開けて、握りしめたカーテンが皺になるのも気にせずに月を眺める。通行人がその様を見たら さぞ驚き、月光に照らされたリザの美しさに眼を惹かれるのであろうが、のろのろと仕事をする上司に付き合って残業してきたリザが帰宅した時間は遅く、夜空を見上げながら 散歩をする風流人が出歩く時間帯ではなかったのだ。それをいいことに、リザはしばらくそのまま月を眺めていた。 どれだけの時間が経っただろうか。 物音ひとつしない室内で、何かがぶつかるような、叩くような音を聞いたリザは我に返った。耳を澄ますと断続的に聞こえるその音は、玄関の方からだ。誰かが 玄関の扉を叩いているに違いないと判断したリザは愛銃を構え、気配を殺しながら移動し、扉の覗き穴から外を窺う。 しかし外にいた人物を認めたリザの緊張感は一変して緩んだ。代わりに言いようもない怒りが込み上げる。 「 扉を開けて開口一番に怒鳴りつけてくるリザの小言など気にした風もなく、ここ数ヶ月で余計な身勝手さを身につけた男は「失礼するよ」と言って住人の許可 も得ないで部屋に上がりこむ。 少し丸まった背中。それを見たリザは溜息を吐くしかなかった。 部屋の電気は点いていない。電気を点ける前にカーテンを閉めようとしたところ、そのまま月に見入っていたからだ。 帰宅時の服装のままでいるリザがこれから就寝するとは思わなかっただろうが、しかしロイは暗い室内に関して特に言及もせず、 窓から入ってくる月明かりだけでベッドに辿り着くと、そのままの格好でのそのそとシーツに包まってしまった。 「ちょっと・・・・中佐、せめて上着を脱いで下さい。皺になります」 「眠くて、死にそうだ」 「眠いのは分かりましたから。ほら、起きて・・腕を抜いて・・・こっちも・・はい、いいですよ」 ばふっと音を立てて再びベッドに倒れたロイは今にも寝てしまいそうな顔をしている。 リザが優しく髪を梳いてあげると、ロイは気持ちよさそうに眼を細めた。 「君は、まだ・・・・寝ないの・・?」 「とりあえずシャワーを浴びて、歯を磨いてからですね。歯磨きはしました?」 「・・・したよ」 「シャワーは?」 「司令部・・」 「そうですか。ではどうぞ休んで下さい」 言った途端に穏やかなロイの寝息がリザの耳に届いた。 剥ぎ取った上着をハンガーに掛け、バスルームに篭ると自然に溜息が漏れる。 ロイは昔と比べて身勝手になった。 多くの部下の上に立つのに必要な分だけ、我を張ることを覚えた。 だけど身の回りの整頓が苦手なところは今も健在で、自宅のベッドの上を錬金術書で埋め尽くしてしまうことだってよくあるのだ。 しかしその度に押しかけられては困る、とリザは思う。 翌朝ロイを一旦家に帰すために早起きしなければならないし、なによりシングルベッドで二人寝は狭い。 リザの部屋にはソファがないため、必然的にベッドで二人寝なのだ。ロイもリザも寝相は良いが、それでも大の男と一般的な女性よりも大柄なリザが寝るには狭い。 用を済ませてリザが戻ってきたとき、いつの間に移動したのか、どこにそんな気力が残っていたのか不思議だが、ベッドの真ん中を占領していたはずのロイは壁の端側に詰めていた。 しかも、腕をほぼ真横に伸ばしたままで。 腕が痺れて可哀相かとも思ったが、一宿の礼に腕枕をしてもらうのも悪くないだろうと自己完結したリザはロイの横に潜り込んで、意外と逞しい腕に頭を乗せる。 もしかして胸騒ぎが当たったのでは・・・? と、リザがあれだけ見上げていた月のことを思い出したのは、目を瞑った後のことだった。 fin. 2007/11/ 1 up |