コントラスト (famille serie) 顔の造りはロイそっくりなのに、人の眼をじっと見つめる癖はリザそっくりだと思う。 腕に抱いた息子と眼が合って、かれこれ2分間。まるで石にでもなってしまったかのように、ロイは1mmも動けないでいた。 現アメストリス大総統であるグラマンがドラクマの国王と国交正常化の条約を結んだのは1週間前のことで、ロイはつい昨日まで中央と北とを忙しなく行き来したり、 司令部に詰めっぱなしの生活を余儀なくされていた。 しかし、こんな風に国のために身を削って働くのは苦ではない。 戦場で焔を繰るよりも遥かに充実感と達成感を得られるからだ。 だが・・・ 「あんまり顔を合わせてないと、小さな子どもって父親でも人見知りしちゃうんですよね」 と、その忙しい最中に部下が放った一言にロイは少し不安を覚えた。 退役したとはいえ、リザはロイの仕事を誰よりもよく理解しているし、何より小さな子どもではない。 しかし、息子のルークは生後5ヶ月の乳児で、すでに人見知りが始まっている時期なのだ。 人見知りは周りの人間を認識しているという証拠でもあり、子どもが害のない他人とその他とを見分けるという危険察知能力の表れでもあるから、決して『悪い』 ものではない。 むしろ多少は人見知りをした方が 『親の愛情を十分に受け、順調に育っている』 と考えられるのである。 だが、そうは言っても、やはり我が子に人見知りされて泣かれるのは遠慮しいたいわけで。 今日、ロイは一抹の不安を抱えながら帰路に着いたのであった。 帰宅したとき、ルークはちょうど寝ていて、リザは夕食の支度をしていた。 ロイが妙な安堵感を覚えたのは言うまでもないが、心の平穏も束の間のことで、すぐにルークが泣き出してしまった。 余裕の表情で寝室に向かう妻、ひとり緊張して手に汗握る夫。 見事なコントラストを演出した息子の泣き声は元気よくマスタング家に響く。授乳を終えたリザがルークを連れてリビングに戻ってきたときには、完全に顔を引き攣らせたロイが完成していた。 「・・・・どうされたんです?」 「いや、別に・・」 「・・・そうですか?」 『いや、別に・・』 って顔じゃないでしょう・・とリザは眉を顰めたが、ここでロイを追及すると夕食が遅くなる。ロイの複雑な心境を知る由もないリザは、「では、 ルークをお願いします」 と息子を夫に託してキッチンに戻っていった。 思いがけない展開に慌てたのはロイだ。 人見知りが原因でなくても乳児は泣くのだが、そんな当然の事実を失念したロイはルークが泣いたらどうしようどうしようと無駄に慌てる。 一方のルークは母乳を十分飲んだ後なので特に不満はなかったのであろうが、母親とは違う気配に違和感を感じたらしい。ふいに顔を上げてロイの顔を 見つめてきた。 ロイは初めからルークを凝視していたので、当然ながら父と息子の眼がばっちりと合う。 ぎょっとしつつも眼を逸らせなかったロイは、その場で固まってしまった。 一心に見つめ合っても、ロイに乳児の考えていることが分かるはずもなく。しかも思わず息を詰めてしまった所為で、酸素はどんどん不足する。 (ど・・どうするべきなんだ!?) とりあえず息をしてください、父さん。 (泣かないのはいいんだが・・・) 凝視されるのも困る。対応に困る。泣かれても困るけれど、今の状況も非常に困る。 かつてはイシュヴァールの英雄として畏れられ、今ではたくさんの部下の上に立つ国軍少将でも乳児には勝てないらしい。士官学校で教えてくれないことなど 幾千幾万とあるのだ。 ( 心の中でロイがそう叫んだとしても仕方がないことだろう。 ・・・と、そのとき、何の前触れもなくルークの顔がくしゃりと歪んで、「泣くのか!?」 とロイは非常に焦った。 そして、次の瞬間 「・・・あの、ご飯できたんですけど・・」 「くしゅん!」 突然聞こえたリザの声とルークのくしゃみによるダブルパンチで、ロイの心臓は前例がないくらい跳ね上がった。その後もバクバクと余波が続く。 リザが「あらあら、寒かったかしらね」なんて言いながらルークを奪還するときも、ソファの上に畳んであったタオルケットでルークを包んでいくときも、 ロイはその様子を半ば呆然と見つめるだけだ。 「 久しぶりに帰ってきたというのに、ずっと挙動不審だったロイをリザは訝しむように見遣る。 その視線は 『じろり』 、または 『ぎろり』 。 「え、まあなんだ、その・・・」 「・・・・・」 「子どもは難しいというか、あー・・母親は強いというか・・・」 「・・・・・」 しどろもどろに言葉を重ねた挙句、ロイは情けない顔になった。 事情はよく分からないが、リザはロイの妙な言葉と情けない顔から、久しぶりに再会した息子に対してロイがどう接していいのか分からなかったらしいと見当をつける。 その辺りは、さすが長年の付き合いと言うべきだろう。 では、こういうときに掛けるべき言葉とは・・・・・? 「笑顔でいてください。それだけでルークは笑ってくれますよ」 この子は貴方がお父さんだと分かっていますから、とリザは続けた。その柔らかい笑顔を見たロイは、やはり母親は強いんだなと再認識する。 「君とルークには、一生勝てない気がするよ」 そう零したロイがふたりに返した表情には少し苦いものが混じっていたけれど。 それは確かに、笑顔だった。 fin. 2007/10/28 up |