早く食べたい (famille serie) 今日も書類に忙殺されたロイはくたくたになって自宅に帰りついた。 だが一人で暮らしていた昔とは違い、妻が迎えてくれる家は暖かいものだ。そんな胸中をヒューズが知ったなら「やーっとおまえさんも理解したかー」と言って 笑うな、などと考えながらロイはチャイムを鳴らす。 しばらくして扉の内側に感じる人の気配と、「どちらさまですか?」 と律儀に確認する声。 「私だ」 と返すと扉が開いて、最愛の妻が笑顔で迎えた。 「おかえりなさい」 「うん、ただいま」 「今日もお怪我はありませんでした?」 「ないよ。書類仕事ばかりだったからね」 言って、ロイは肩をすくめる。 最近は平和なもので、軍が出動するような大きな事件は起きていない。それはロイが望んだ未来でもあったし、大変いいことなのだが、現場上がりの者にとって 書類のみの仕事というのは精神疲労が溜まるのだ。加えて、いまだ軍事国家体制であるものの前政権のように強固な軍事政策をとらない現グラマン政権では、大々的な 軍事演習は民衆に不安を与え、反社会運動を展開する者たちを煽りかねないという理由から極力押さえられている。どこかで身体を動かす機会を与えてやらないと、 逆に軍内部で暴動が起きそうだ、とロイは感じていた。 ロイも書類仕事はそこまで好きではない。しかし少将の地位を持つロイまで現場に出なくてはならないような大事件を望んでいるわけでもない。彼の場合は単に日々の疲れを 妻に癒してもらおうと甘えているだけなのだ。それをよく解っているからこそ、リザもロイを労いたいと思っていた。 「ご飯、すぐにできますよ」 「・・・うん」 帰ったらすぐ手洗い・うがいを実践するマスタング家の決まりに則って、ロイは洗面台へと向かう。それを見ていたリザは「まるで大きな子どもね」と笑みを零すのであった。 いくら子どものように素直に振舞うことがあっても、彼はかつてイシュヴァールの英雄と呼ばれたロイ・マスタングである。英雄云々はこの場合あまり関係ないが、とにかく 相手はあのロイ・マスタングなのである。つまり、いつでもリザの言うことを聞くとは限らないわけで・・・ 「 「えー」 「えー、じゃありませんよ。かなり邪魔です」 手洗い・うがいを終えたロイはキッチンに立つリザの背後から忍び寄り、抱きしめて放さないのだ。ちなみにロイは軍服のままで、汚れるといけないから着替えてこいと 何度もリザが諌めてもまったく気にしない。その根性、ある意味尊敬に値する。 「ほら、もう少し火を通さないといけませんから。着替えてきてください」 晩ご飯のメインは煮込みハンバーグらしく、コンロでは鍋が楽しそうな音を立てていた。食欲を刺激する、いい匂い。 しかし・・・・ 「早く食べたい・・・」 リザの襟足に鼻先をすり寄せたロイは、そう熱っぽく囁いた。肺いっぱいに吸い込んだ空気は甘く、夕餉の匂いよりもよほどそそるのだ。 夫の囁きの意図を明確に掴んだリザは身を固くする。そんな素直すぎる反応に気をよくしたロイは誘われるままにリザの首筋に唇を寄せ・・・・ 「ちゃんと火を通さないと、お腹をこわしますよ?」 突然聞こえた子どもの声に、二人はバッと身を離した。 キッチンの戸口に立つのは、マスタング家の長男 ルークだ。5歳になったばかりのルークは母よりも深い紅茶色の瞳をぱっちりと開けて、きょとんと二人を見つめている。 「おかえりなさい、お父さん」 「え、あ・・うん、ただいま」 一方、いちゃいちゃしているところを幼い息子に目撃されたロイとリザは半分固まったままだ。 「・・・? お父さんもお母さんも、何かあったんですか?」 「なっ 「ぁああ、そうだ! 火はよく通さないとな。待つことも大切だからな、うん」 「そうです、我慢してください」 「?」 視線が泳いでいる父と頬を染めたままの母を前に、ルークは首を傾げた。ルークがいつも見ている両親の態度と何かが違うのだ。でもその原因は、小さな ルークにはよく分からない。 「???」 鍋の中では、トマトソース味のハンバーグがコトコトと煮えていた。 fin. 2007/10/13 up |