天の益人 (SF風パラレル) 「方向4時、角度下方36度、距離150より敵影数3」 警報と共に響く声はアルト。 「識別完了、3機とも第三衛星王国“DRACHMA”製無人偵察機・SHIROKUMA」 「よし、第7地区FLAMEL 1番および2番、攻撃用意」 硬いアルトに続いてレーザー砲の準備指示を出したのは艶のあるバリトンだ。青を基調とした軍服の胸には多くの徽章が輝いているが、その持ち主は功績の証と 釣り合いがとれないほど歳若い。 「撃て!」 掛け声と共に光の帯が暗い空間を貫き、何かが爆発する様が正面の巨大スクリーンに映った。 スクリーンに合わせて引き伸ばされているため画像はかなり荒く、人間ではこの映像から機影の有無を間違いなしに断言することはできないだろう。しかし、 瞬き一つしない金髪の女性が「敵影なし。第二戦闘配備解除」と告げると、司令室の張り詰めた空気は次第に解けていった。 環境汚染によって生命が地球から滅び始めたころ、人類は生き残りを賭けて宇宙へと進出した。 新たな国土となったのは衛星、しかも従来の人工衛星とは比べものにならない大きさを有する新衛星である。遠心力を応用しているこの新衛星の内部は地球の重力下とほぼ同じ 環境を保っており、そのため人類は宇宙進出前と身体的には何ら変化が見受けられない。 そして変化がなかったのは思考パターンも同様で、母なる大地を失っても衛星間で協力しながら生きていくという道は選択されず、人類はいまだに戦争を繰り返していた。 資源が無に等しい宇宙で生き残るためには他衛星を吸収・合併して国力を大きくする他に手がないのが不幸中の幸いか、衛星自体が破壊されることは滅多にない。 衛星間を道とゲートで繋ぎ、自分たちの衛星の一部にしてしまうのだ。衛星は球形をしていることが多いため、強大になればなるほど蟻の巣状に連なっていく衛星群は無様で、しかし同時に、長年に亘る戦争の歴史を物語っていた。 「人間とは本当につまらない生き物だな」 自分も『人間』と区分される身でありながら、ロイはそう言いきった。 「ええ、そうですね」 そう答えたのはホークアイだ。しかし当の彼女は人間ではなく、第五衛星連邦“AMESTRIS”防衛軍・対外管制機構所属 ロイ・マスタング大佐を補佐するアンドロイドである。 生き物ではないのに『彼女』という代名詞が使われるのはホークアイが人間の女性そっくりの姿をしているからで、その身体に触れば柔らかく、肉のような弾力もある。 金色の長い髪と暖かみがある紅茶色の瞳、肌理の細かい柔肌は人間以上に人間の姿をしているのだ。 だが、人間と同じなのはその外見だけであり、ホークアイは確かにアンドロイドだった。 “AMESTRIS”の外に設けられた防衛用監視カメラは100を超えており、各地区ごとに1体のアンドロイドに管理させるのが常である。しかしホークアイはそのカメラすべてと 繋がっている唯一のアンドロイドで、同時に多方向の敵を感知できるのだ。そして彼女は他のアンドロイドよりも感知能力が高く、まさに『鷹の目』と呼ばれるのに相応しい 存在なのである。 人間はつまらない生き物だと肯定したホークアイに対し、ロイは「君にそう言われると救いようがないなぁ」と苦笑した。 人外の者から見てもやはり人間は愚かだった。他の種の言葉を人が理解できないだけで、きっと彼らも自分たちを非難しているに違いない。 そう自虐的な笑みを浮かべるロイの隣で、ホークアイは無表情のまま沈黙を貫いていた。 無人偵察機を撃墜した1時間後、司令官席で報告書のチェックをしていたロイの上からホークアイの声が響いた。顔を上げると、いつもと変わらないホークアイの顔がロイを迎える。 「マスタング大佐、規定就業時間を超えました。どうぞ本日はお帰りください」 「・・・わかった。これは提出しておいてくれないか」 「了解しました」 報告書を受け取ったホークアイの右手首に光る金属製のリングを見て、ロイは少しだけ表情を曇らせた。 手首に固定された、幅が2cmもあるリングは人口筋肉と人口皮膚で覆われた彼女に唯一残された、機械としての証だ。 この金属部にはメインコンピュータに接続するためのケーブルジャックなどが蓋1枚で隠されていて、緊急時には司令室の操作を彼女ひとりでできるようになっている。 そして 「補給は済んでいるのか?」 中央制御局の廊下を歩きながらロイが投げた質問に、ホークアイは無言で頷いた。 あまり知られていないことであるが、アンドロイドの原動力は『人の血液』である。注射1本分の血液で1週間動作可能となる彼らは右手首の金属部に設けられた孔 から注射器で血液を補給するのだ。 ホークアイへの血液提供役はもちろんロイが担っている。アンドロイドは血液提供者の命令に服従するよう設定されているため、業務上の関係から ロイの血液は定期的に採取・保存され、ホークアイは1週間に1度それを享受していた。そこに当人たちの意思はない。 「・・・・・ホークアイ・・」 局を出る寸前、ロイは歩みを止めた。ホークアイも自然とそれに倣う。 「はい、どうかされましたか」 「・・・君、ピアスでもしてみたらどうだね?」 「は?」 「色は赤がいい。きっとよく似合う」 ロイはそう言いながら、長い髪が纏められているために剥き出しの状態となっている彼女の耳朶に軽く触れた。その感触は溶けるように柔らかくて、ロイは目を細める。 しかしホークアイは眉一つ動かさずに「それはご命令ですか?」と返した。 「命令ではないよ。ただ、してみてはどうかと思っただけだ」 「そうですか。では私には必要ないものですので、遠慮させていただきます」 命令ではないと言われた瞬間にロイの意見を撥ねつけたホークアイに悪意はない。組み込まれた人工知能が、ピアスという装身具は彼女の使命に意味を成すものであるか どうかを判断しただけだ。それはロイもよく理解している。 しかし理解と心情というのは必ずしも一致するものではなく、双方の軋轢は結果として深い溜息を生んだ。 「そう言うと思ったがね。・・・残念だな」 「申し訳ありません」 「ん、構わんよ。それではまた明日」 「はい、お気をつけて」 二人が局を出ると車が滑るように横付けされた。ロイが無言でそれに乗り込むと、車は音もなく発進する。 その様をホークアイは敬礼をしたまま静かに見届けていたが、ロイを乗せた車が見えなくなってしまった後も彼女はしばらくそこに佇んでいた。 ロイを乗せた車は何事もなく彼の私邸へと到着した。 白い外壁の邸宅はそこまで巨大というわけではないが、住人の数からすれば大きい方だ。家を囲む緑はそこが衛星の内部だということを思わせないほど多く、 とても手入れされている。 チャイムを鳴らすとすぐに扉が開き、使用人がロイを迎えた。 2年前からロイの私邸で働いているのは、幾分白さが目立つブルネットの髪を引っ詰めた初老の女性ひとりだ。 「お帰りなさいませ、旦那さま」 にこにこと悪意のない笑顔に迎えられれば、張り詰めっぱなしだったロイの気も多少緩む。 「ああ。・・・・今日はどうだった?」 「いつものようによくお休みでいらっしゃいましたよ」 彼女はいつも直接的な表現を避け、柔らかな言葉でロイを迎える。そのさり気ない気配りに内心感謝しつつ、ロイは自宅の奥へと足を進めた。 すぐ食事の用意をすると言う使用人に軽く返事を返し、寝室に入る。広い室内にはキングサイズのベッドとシンプルなローチェストしかなく、南方の壁は一面ガラス張りで、たっぷりとしたレースのカーテンが 注ぎ込む光を和らげていた。 ふわふわとした絨毯は足音を消す。しかしロイはできるだけ静かにベッド脇に寄り、そっと身を屈めた。 「 囁くような小さな声は静かに眠る妻へ宛てたものだ。 『リザ』と呼ばれた彼女はアンドロイド・ホークアイに瓜二つで、肌は透き通るように白く、伏せられた睫は髪と同じく淡い金色。 瞳は澄んだ紅茶色なのだが、しかし今は窺うことができない。 「外はいい天気だよ。鳥の鳴き声も聴こえた。やはり局に詰めてばかりいてはだめだね」 リザが反応を返さなくてもロイは気にせず言葉を続ける。その声も、金髪を梳く手つきも、何もかもが優しい。 「実は今日もまた“DRACHMA”の無人偵察機がいたんだ。上層部も警戒している。・・・・もしかしたら戦争になるかもしれない」 しかし優しさの中にはどこか哀しさが含まれていて、それを自覚したロイは静かに目を伏せた。 リザは2年前までロイの部下だった。とても優秀な副官で、ロイの意を汲むのに長けていた。しかし第三十七小衛星“ISHVAL”との戦争時に負傷して意識不明の重体となった リザは、医者から『もう二度と目を覚まさないかもしれない』と宣告れたのだ。そんな彼女を・・・婚約者どころか恋人ですらなかった彼女を、ロイは周りの反対と非難を 無視して娶った。誰に明かしたこともなかったけれど、リザのことを愛していたから。 だが、戦争が終わって大佐に昇進したロイに宛がわれた新しい補佐官はリザそっくりのアンドロイドで、ロイは相当怒りを覚えた。それがすべて過去形となったのは やはりリザとホークアイが違う、と折り合いがついたからだ。リザは稀であっても笑顔を見せてくれたし、彼女らしい細やかな配慮でロイを補佐していた。眉間に皺を 寄せながら一緒に残業することもあった。 しかし、ホークアイにはそれがない。常に『最良』を選ぶ彼女の行動は実に単調で、生き物らしさに欠いている。アンドロイドなのだから当然と言えば当然なのだが、 姿かたちが人間なだけに、逆に機械らしさが目立つ。ホークアイの隣で仕事をしていると無性にリザに会いたくなるのはそういうところからなのだろう、とロイは思っていた。 「もう二度と戦争にならないようにすると・・約束したのにな・・・」 ロイの脳裏に掠めるのは、白い病室でリザと交わした一方的な約束だ。 生命維持装置に囲まれていたリザは今、点滴1本と繋がっている。しかし、2年前から時を止めたリザは、彼女の知らぬ間に夫となったロイと何一つ繋がっていない。 ロイが目を開けると、映るのは青白いリザの顔。そして、ぴくりとも動かない、華奢な身体。その現実から目を背けるためではないがロイは再び目を伏せ、 今度はリザの丸い額に唇を落とす。瞼、頬と辿ってから顔を起こした。 薄く開いた形のよい唇には、いまだ触れられずにいる。 「リザ・・・・君の声が聴きたい・・」 震えるような声が漏れるが、しかし室内に響くのはロイの低い声だけだ。 リザは目を、覚まさない。 fin. 2007/10/11 up |