頭痛 頭が痛い・・・と、ロイは心の中で呟いた。 状況の不透明さを嘆くときの比喩としてではなく、今は正真正銘、身体的不調を呈するものだ。頭が重く、蟀谷に鈍い痛みが走る。疲労感が眼の付近にわだかたまっていて、 視力が低下するのではないかと思った。 頭が痛い・・・と、ロイは再度繰り返した。 屋内で上等な椅子にふんぞり返っていればよいだけの司令官とは違い、ロイは少佐の地位を得ながらも立つのは常に最前線である。制圧する町を一望できる丘の上や砂漠の真ん中 はもちろん、市街地においても日陰を選り好みながら命の奪い合いができるはずもなく、結果として陽に晒される時間が長くなるのは道理。慣れない日差しの強さと身体の 駆使は否応なしに頭痛を呼んだ。 それでも最初はそのうち慣れるだろうと楽観視していた。しかし所詮それが希望的観測だったのだと悟ったのは2週間ほど前のでことで、真理の探求者らしくその理由を 考えてみれば、なるほど、体調が万全に回復しないまま刺すような日差しを連日浴びれば嫌でも不調は高まる。併せて幻聴やら悪夢が精神を蝕んでいるのだ、それが鈍い 痛みを助長させていたとしても不思議はなかった。 もちろんロイだって士官学校の最終年時に実地訓練を経験している。場所はアエルゴとの国境戦線が膠着している地域だった。イシュヴァールよりも湿潤で暑い地だったが、 屋内で実際の作戦指揮を学んだり、塹壕で待機している時間が長かったために軽度日射病の症状とは無縁だった。何より、これから軍の中核を担っていくことになるであろう 士官候補生がそこまで過酷な戦地に送られるはずもなく、膠着状態の戦線で大掛かりな戦闘が行われることはなかったのだ。 頭が痛い・・・と、ロイは意味もなく考えた。 そうすることでそれ以外のコト・・・ギャクサツコウイのことを頭から追い出す。 背を預けている岩の壁はキャンプから少し離れていて、畏怖の眼に晒されることがない。だからロイは毎日夕食の配給が始まるまでの短い間だけ、ここで 半分意識を飛ばしていた。 殺気は野生の動物並みに感知できる。・・・・いや、できるようになった。 いくら頭痛が酷くても、身体がだるくても、本能が死を避けようとする。以前ここで休んでいるときに一回だけイシュヴァール人に襲われたが、 殺気に反応して無意識のうちに相手を焼き殺していた。我に帰ると目の前にあったのは燻り続ける炭化死体で、少なくとも味方と区分されている人間を 誤って殺したのではないことにロイは安堵した。 嫌な安堵だと思う。 できることなら味わいたくない安堵だった。 もし国家資格を取っていなければ・・と思う日もあったが、東部に籍を置く若年の尉官であったロイはどのみち前線へと派兵されていただろう。待遇が異なるだけだ、と 結論付けてからは無駄な仮定話も考えないようにしていた。 頭が痛い・・・と、ロイは吐き出す息に混ぜながら零した。 掠れ声よりも微細な声量だったそれは己の心音によって掻き消える。ロイは閉じた瞼の裏になにも映さないように心掛けながら、束の間の休息を享受していた。 それが、今のロイにできる精一杯の現実逃避の瞬間だった。 fin. 2007/10/ 3 up |