溶けない雪 (パラレル) 「ダメよ」と言って笑う雪の女王に、ロイは「何故です!?」と声を荒げた。 「身体は溶けないとおっしゃいましたよね?」 「えぇそうね、言ったわ」 笑みを崩さぬまま、雪の女王は静かに肯定する。 うねった長い黒髪と漆黒の服、そして唇を彩る鮮やかな紅は、雪の女王というより闇の女王だ。 ただロイを見下ろす瞳だけが、その名の通り、凍てつくように冷たかった。 「あなた方の存在を世間に広める気も、怪しい研究所に売る気もありません。それでも許していただけないのですか?」 ロイは負けじと雪の女王を見つめ返す。 すると途端に吹雪が吹き荒れて視界が白く染まったので、怒らせたか?とロイは一瞬怯んだ。 辺り一帯の主というべき存在を相手に無茶な問答をするのは自殺行為かもしれない。 しかし、腕の中で眠る少女に色彩のある世界を見せてあげたいという想いだけは、この場で氷付けになって死ぬことになろうとも変わることはなかった。 やがて風が緩やかになり、視界が明瞭になる。 雪の女王はまだ目の前に立っていて、ロイは膝を折っているが、まだはっきりと意識があった。 ここで屈してなるものかとばかりにロイが雪の女王を見上げると、彼女は軽く溜息を吐き、頬に手を当てて思案顔をした。 「許す許さないの問題じゃないのよ? 私は貴方のために言っているの。確かにこの子は人間の世界で暮らすことができるわ。けれど、人間ではない。・・・・・それがどういうことか、貴方には解るかしら」 強い意思を感じさせるロイの黒い瞳をのぞき込みながら、雪の女王は静かに問う。 「・・・・・・・禁忌、なのですか?」 「いいえ」 雪の女王はロイから視線を外し、ロイが抱きかかえる少女をちらりと見遣った。 その金髪の少女は雪の女王と同じ、人外の者。 「人間同士で暮らすよりも、制約が増える・・・・ただそれだけなのだけれど・・・」 悲しげな響きをもって告げられたその言葉に、ロイは眉根を寄せた。 ロイはこの地方で行われるフォーラムに参加することになっていた。 しかし道に迷ったらしく、一向に目的地に着かない。 それどころか、途中で車も動かなくなってしまったのだ。 仕方なく徒歩で先を急いでみたものの力尽き、雪山で遭難したときには寝ないのが常識と知りながら目を閉じると、途端に寒さを感じなくなった。 死んだのだと思ったロイが目を覚ますと、しかしそこは花が咲き乱れる天国でも、業火が燃える地獄でもなく、ただ何もない真っ白な世界だった。 そして、仰向けに倒れているロイの顔を覗き込む愛らしい少女が一人。 驚きで瞬きを繰り返すロイの手を少女が握り締めると、1mmも動かせないと思っていた身体が動かせるようになり、ロイはそこで初めて自分は死んでいないことと、 自分のいる場所は何もない世界ではなくて雪で覆われた狭い空間であることを理解した。 少女を見て、この辺りに住んでる子かな?とも思ったが、ただの少女が手を握っただけで体力を回復させる能力を有しているはずがない。 「君は、何者なんだい?」 とロイが尋ねると、少女は素っ気なく「雪の精」 とだけ答える。 そして、どう反応してよいものかと考えあぐねるロイの頬をぺちぺちと叩いた少女は、終いに「人間って、意外と綺麗」と言い出して、またロイを驚かせた。 かまくらの外に出た途端、迷いもなく歩き出した少女の後をロイがしばらく追うと、ロイがとりあえず置き去りにした車が見えてきた。 「帰りたい?」 ふいに聞こえた声の方にロイが視線を向けると、澄んだ鳶色の瞳がまっすぐ見つめている。 「もちろんだよ」 「そう・・・・・」 「君は人間の世界に行ってみたいと思う?」 「・・・・・・・少し・・」 裸足に白色の薄いワンピース姿の少女が普通の女の子であるはずがないと思っていたロイは、一瞬だけきらりと輝いた瞳と、動きを止めた身体と、迷いを含む『YES』 で確信した。 この子はやはり人間ではない。 でもとても優しい子だ。 そして人間に興味を持っている。 「一緒に来るかい?」という言葉は、無意識のうちにロイの唇から滑り出た。 その言葉に少女が眼を瞠ったのと、ものすごく強い風が吹いたのは同時だ。 舞い上がる雪に耐え切れず目を閉じたロイが次に見たものは、うつ伏せで倒れている少女と、妖艶な笑みを浮かべる黒髪の美女だった。 「制約とは、一体何なのですか?」 突如として現れた雪の女王は、ロイが少女を連れて行くことを制止している。 制約とは何なのか、ロイのためとはどういうことなのか。 己を助けてくれた少女に何かお礼をしたいと思っていたロイは、その答えが気になった。 「簡単なことよ。その子は成長することはあっても、老化することはないの。つまり、共に長くはいられないのよ」 「・・・はぁ・・」 「そして2つ目。どれだけ愛しても、身体を手に入れることはできないわ」 「・・・はぁ!?」 「私たちの身体が簡単に溶けることはないけれど、内側からの熱には弱いのよね」 くすくすと笑う雪の女王の前でロイは固まった。 何かひどく勘違いされてはいないだろうか・・!? 「ちょっと待ってください! 私は別にそういうつもりで連れて行きたいと思ったわけではなくて・・!」 「でも、その子のこと好きなんでしょう?」 「 「いいえ、貴方は絶対に後悔するわよ」 「・・・・っ」 必死に否定したが、確固たる響きをもって確信を告げられてはロイも黙るしかない。 腕の中の少女はどう見たって、人間の年齢で言うならば7歳前後だ。 そういう趣味はないんだけどな・・・とロイが思い悩んでいると、雪の女王はいきなりロイの顎に指を掛けて上を向かせ、冷たい声で言い放った。 「幼子の世界を広げてあげるのはいいことかもしれないけれど、責任が取れなくなったからといって途中で投げ出してはダメよ? あれだけ忠告してあげたんですもの・・・・・ 解ってるわよね?」 最後に「行きなさい」と言って、雪の女王はロイを解放する。 先ほどエンジンすら掛からなかった車は再び動くようになっており、不審に思ったロイが振り返ると、すでに雪の女王の姿はなくなっていた。 しかし後部座席を確認すると、そこにはロイが寝かせた少女がぐったりと横たわっているのだ。 夢のようだが夢ではなくて、本当に一体何だったのだろうか、とロイは考える。 ただ、『思いもよらないものを手に入れてしまった』 ということは確実だった。 fin. 2007/9/20 up |