肝を試された夜 (See you after school. 番外・子ども編@) 増田と理咲の極々近所にはふたりと同年代の小学生はいないが、町内にはそれなりの人数がいる。なので町会の子ども会もなかなか充実しており、小学校を挙げての 古紙回収や夏休みのラジオ体操、市の祭りなどの際には多くの小学生たちが参加するのだ。 そして今夜、小学生たちが子ども会イベントの中で最も楽しみにしている行事、『肝試し』が行われるということで、増田も理咲もかなり興奮しながら早めの夕食を 終え、集合場所である公民館に向かった。去年は爆発事故のけじめということで肝試しに参加しなかった増田と理咲は今回が初参加なのだ。緊張もするし、わくわくもする。 肝試しは1年生から6年生各1人ずつの6人グループで肝試しコースを回ることになっている。今年のコースは坂を下って児童会館まで行き、また別の坂を上ってお地蔵様に お参りしてから公民館に戻る、というコースだ。この辺りに住んでいる子どもなら誰でも1回は通ったことがある道ばかりなので、新鮮なのはそれが夜道だということと、 6人グループで仲良く行かなければいけないということだろう。 グループ分けはくじ引きであるのに、なんという偶然か、増田と理咲は同じBグループのくじを引き当てた。「あ、同じだ」と喜ぶふたりを待ち受けるのは、しかし肝試しである。 かくして2番目に出発のBグループの仲間と共に、増田と理咲の初めての肝試しが始まった。 いくら夜道といってもこの時間になれば街灯が煌々と道を照らしているわけで、民家の間を行くときは特に問題がなかった。児童会館の前も然り、だ。それに6年生が 一緒にいるという安心感からか、1年生の男の子ですら全く怖がっていない。 しかし、状況は一変する。 それは帰りの坂の途中のことだった。行きに通った坂とは違い、その坂には上りきったあたりにお地蔵様がある。そして何のついでか、墓地まであるのだ。 増田も理咲も幾度となくその坂を通ったことがあるので、そこのお墓も見慣れていたはずである。しかし昼間通るのと夜通るのではだいぶ雰囲気が違う墓地周辺には あまり街灯がなく、頼りになるのは遠くでぼんやりと灯っている街灯と、6年生が手にしている提燈の朧げな光のみだ。おまけに今夜はお盆の前日、ということで、 ご先祖様が還ってきている時期。滑稽といえば滑稽だが、墓地の中ほどまで進んだBグループ6人にはそれぞれ緊張が走っていた。 それを見た4年生の女の子が「いやぁああああ!」と悲鳴を上げ、その存在を知らせると、白い浮遊物体はふわりふわりと揺れながら子どもたちに近づいてきた。恐怖で いっぱいになった4年生の女の子は走って逃げ出し、6年生の男の子は1年生の男の子を左腕に抱え、右手に提燈を持ったまま4年生の女の子を追いかけて走り出す。 5年生の女の子もそれに続く形で走っていってしまった。 しかし、人は本当に驚くと身体が硬直し、声も出すことができないようで、Bグループの2年生・3年生である増田と理咲はまるで金縛りにあったように その場に立ち尽くしてしまう。 「「・・・・・・・・・・」」 このとき増田はかなり焦っていた。 増田は幽霊が存在しないとは思っていない。いてもいいんじゃないか、と思っている。 しかし今まで一度も遭遇したことがなかったので、自分には視る力がないのだと信じていた。それなのに今日に限って視えてしまうとはどういうことか! 増田がちらりと横を見ると、理咲は真っ白な顔をして白い物体を凝視していた。唇が震えているけれど、言葉は出てこないようだ。そんな理咲を見て、増田はようやく 身体が動くようになった。 「・・・理咲・・逃げよう」 小さな手を握り締めて、増田はみんなを追いかける。 その後はもう無我夢中だった。 一応決まりになっていた『お地蔵様へのお参り』も、まだ墓地にいるであろう白物体を気にしながらキチンとした。みんな元気で暮らせますように、と変わり映えしない お願いをする増田の横で理咲が呟いた「冷たくなってませんように・・」という言葉に疑問を感じつつ、増田は理咲を連れて公民館まで戻ったのである。 ちょっぴり怖かった肝試しも終わり、「あの白いのって、実は大人が用意したシーツお化けなんだぜ」と6年生からネタ明かしをしてもらった増田は、最後に配られた アイスをのんびりと食べていた。スイカバーはやっぱり種のチョコが一番美味しい・・そんなことを考えていた増田の手を理咲がいきなり握ってきたので、増田は アイスを落としそうになる。 「り、理咲・・?」 「早く帰ろう? ね、早く」 見れば、理咲の手にはもうスイカバーの棒すらない。急いだ様子で食べていたから、もう用意されたごみ袋に捨ててきてしまったのだろう。 そこまでして早く帰りたがる理由がイマイチ分からなかったが、今にも走って帰りそうな理咲を暗い中ひとりで帰すわけにもいかない増田はとりあえずスイカバー攻略を 急いだ。最後の最後で増田はスイカバーの緑色の部分を地面に落としたが、だぶん蟻が舐めにくるだろうと特に気にしなかった。 公民館からの帰り道、ふたりは手を繋いだまま走って帰った。 手を繋いだままでは走りにくいことも、お腹の中で砂糖水と化したスイカバーがちゃぷんちゃぷんと音を立てていることも気にせず走った。いや、正しく言うと、 増田は半分理咲に引っ張られていたのだが・・・。 増田も走るのは遅くないし持久力だってあるのだが、やはり「早く帰らなければ」という明確な意思をもっている分だけ理咲の方が早く長く走れるらしい。 そして公民館からだと増田の家の方が先に着くのに、理咲は増田の手を離さないまま2軒先の自分の家に向かった。 もう何がなんだか分からない増田はひたすら理咲について行くしかない。 しかもそのまま家に入るのだと思っていた増田は、理咲に連れられて何故か庭へと来てしまった。 「っ 「??? え・・理咲? 何?」 「どうしよう・・・」 血の気が失せていく理咲は、墓地で白物体に遭遇したときよりも顔色が悪くなる。 慌てた増田は鷹見氏を呼ぶか、理咲に事情を聞くかで少し悩んだが、答えを出す前に理咲の涙声が聞こえた。 「お洗濯、して・・・・忘れてた」 「え、何?」 「シーツ、お庭で干してたのに・・・・・どうしよう・・」 「? シーツって・・・」 増田は草が生茂る地面から生えた物干し竿を困惑した顔で見つめた。困惑顔なのは、そこにシーツの影すらないからだ。 おそらく理咲はお墓の間から出てきた白いふわふわを見て、取りこみ忘れたシーツのことを思い出したのだ、ということは解った。だから理咲は、 お地蔵様にシーツが『冷たくなってませんように』とお祈りしたのだ、ということも解った。 しかし、増田が消えたシーツの行方を知るはずもなく。 涙目になった理咲の手を握りながら、増田は呆然と物干し竿を見つめることしかできなかった。 どれくらいその場で立っていただろうか。 ふたりにとっては長かったことに違いはない沈黙の時間が経過したとき、増田と理咲は背後に気配を感じた。 反射的に振り返ると、そこにいたのは長い髪に青白い顔をした 見慣れている姿であるはずなのに、薄暗い庭で音もなく背後に立たれると怖い・・・むしろ幽霊よりも幽霊っぽくて怖い! 突然の師の出現に、声こそ上げなかったが、増田は寿命が5年くらい縮む勢いで驚いた。 一方の理咲は喉の奥で声にならない声を上げて驚いたらしく、少し咳き込む。 「お前たち、こんなところで何をしているんだ?」 それはこっちの台詞です! などと言えない増田は、咳き込んだ理咲の代わりに事情を説明した。 しかし、理咲が怒られるなら自分も一緒に怒られようと思った増田の上から降ってきた言葉は意外な言葉で、増田は目を丸くすることになる。 曰く、「あれなら私が取り込んだが?」、と。 「「・・・・・・え・・?」」 「理咲はそんなことを気にしていたのか?」 「お父さんが、入れてくれたの・・・?」 「そうだ」 真っ白なシーツが風に飛ばされていく場面は想像できても、家のことに関心がない鷹見氏がシーツを回収している場面は違和感がありすぎて増田には想像できない。 それは理咲も同じで、だからこそシーツが消えたとパニックに陥ってしまったのだ。 頷く鷹見氏を見て、理咲の目から涙が溢れてきた。安心して気が抜けたからだろう。 それから俯いて肩を震わせ始めた理咲の隣で増田が慌てていると、鷹見氏は理咲を抱き上げ、その小さな背を優しく叩いた。父親の腕の中にいる理咲はいつもより 小さく見える。 「英雄も早く帰りなさい」 帰宅を促す鷹見氏の声は穏やかだ。 はいと返事をして増田が庭を出ると、家に入るためだろう、戸口に立った鷹見氏が「理咲に付き合わせてすまなかった」と、理咲を抱き上げたままで感謝の意を示した。 「いえ・・僕の方こそ何もできずにすみませんでした。・・・・おやすみなさい、師匠」 「ああ、おやすみ」 返事を聞いてから帰路に着いた増田は今日の出来事を思い返し、自分はまだまだだな、という結論に達した。 シーツお化けにビビッてしまったし、泣いている理咲を慰めることもできなかったのだ。 そして何より (師匠が本物の幽霊に見えた・・・・) 肝試しのお化けよりも尊敬する師の方がよほどリアルで怖かったのだ。 fin. 2007/9/13 up |