「大佐、起きてください」


 覚醒しきっていない意識の片隅で中尉の声を聞いた。
 「仕事してください」と並んで、よく聞く台詞だ。これで仕事を促す言葉でも続けば完璧に司令部での遣り取りなのだが・・・ しかし、次の言葉で私は飛び起きることとなる。


「遅刻しますよ・・大佐」

















   スーパードール・リザちゃん  7

















 普段あまり朝食を摂らない私は、食卓に広がるメニューに逡巡していた。ほどよく焼けたトースト(上には昨日のミートソースが乗っている)、トマトサラダ(塩揉みした 微塵切り玉葱乗せ)、スクランブルエッグ(オムレツになり損ねた)、そしてミルク。すべて中尉の指示の下に私が用意したのだが・・・夕食ならともかく、なんというかこう・・ 朝食まで共にすると、うん・・・まるで新婚さんみたいじゃないか?
 いや、彼女と朝食を共にするのは決して初めてではない。出張先での朝とか、師匠の家でだとか。うん、むしろ師匠の家ではリザがずべて用意してくれたのだから新婚的な 体裁が整っているのはやはり師匠の家の方かもしれない(アメストリスでは女性が家事をするのが一般的だ)。だが、あのときは師匠もいたし、なにより幼かった。 私もリザも。だから当時リザのことは可愛い妹としか思っていなかったし・・・って、じゃあ今はどう思ってるんだ!? 以前と違う感想を抱くってことは、今は中尉を妹のような 存在として見てないってことだよな・・? あ、いや、中尉は部下だし副官だし。以前と違うのは当たり前だ、うん。だからだよな、新婚だなんて思ったのは。
 ・・・・・・・いや、どうして部下・副官で新婚になる?




「早く召し上がらないと遅刻しますよ?」


 その一声で、真理の扉付近まで遊覧中だった私の意識が肉体に戻ってきた。さきほどベッドで聞いた台詞とほぼ同じだ。中尉はよほど私に遅刻させたくないらしい(別に 遅刻したいわけじゃないんだが)。










 精神疲労が大きかった昨夜、私はさっさと寝てしまうことにした。起きていたら確実に天然中尉の被害に遭う。普段サイズの中尉なら喜んで受け止めてあげるからさぁ遠慮せずに どんと来たまえと思わなくもないが(結局思うのか)、人形中尉はイタズラに可愛いだけだからな。相手しているとこっちの身が持たん。
 私はもちろん自分のベッドで寝たが、初め中尉にはサイドテーブルに即席寝床を拵えてやった。まぁ・・肌触りのいいタオル(軍支給品とは大違いだ)を重ねただけなんだが。
 そう、初めは中尉も大人しくスタンドライト下の専用ベッド(と言えるのか不安)に寝ていのだが、そのうちぽつりと零したのだ、「そちらで寝てもいいですか・・?」と。 最後の最後で最大級の衝撃に襲われた私に未来はあるのか・・と意識が朦朧とした、本当に。
 中尉が言うには、もし夜中に身体が元の大きさに戻ったらと思うとサイドテーブルの上では恐いそうだ。 なら身体が元に戻った状態、しかも何も身に着けていない状態(元に戻る過程で人形服は小さな布キレに変わるだろうな)で私と共寝するのはいいのか!?と思わず叫びそうに なった。我慢した私は偉いと思う。夜中だったのだ、さすがに近所迷惑だろう。しかも内容がありえないし。大変複雑な思いを抱えたまま、しかし中尉に何も言えずに私は中尉の希望を 叶えてやった。人形中尉を潰してしまわないよう自主的に金縛り状態で寝たから身体ガチガチなんだけど。ここまで寝苦しかったの、イシュヴァール以来なんだけどね。
 そして悪夢の夜の翌朝、私は中尉に起こされた・・というわけだ。










 私は寝起きが悪くない(機嫌はよくないが)。朝食を作ったときも意識はあったから、寝惚けているわけでもないし、体調が悪いわけでもない。しかし食卓に並んだ ものに手が出ないでいた。
 ただ、食欲が湧かないだけなんだが。
 朝はいつも寝坊気味で朝食が等閑になっているせいか、水分だけ摂取しておけば動けるようになった。これが中尉の手料理だったら食指も動くんだろうが、自分で 用意したものだからな。・・と言っても中尉監視の下調理したものだけど(ミートソースは昨日の残りだし)。まぁとりあえず水分補給・・と考えた私は某豆粒が大嫌いなミルクから 取り掛かることにした。
 一方の中尉は「一日の健康は朝食から」派らしく、小さい身体に苦労しつつも一生懸命食べている。ハムスターとかウサギとか、そんな感じの小動物を思わせる一生懸命さがとても好ましい。        などと考えているうちに中尉もミルクに手を伸ばしていた。そのグラスも私が中尉に合わせて錬成したものだ。注げる量は普通サイズの4分の1程度。 しかし中尉にはまだ少し大きかったらしくグラスを両手でしっかりと支え、少し眉根を寄せながら飲んでいる。
 ・・・のはいいのだが、それを見た瞬間私の心臓は一気にテンポを速めた。お前いつどこで全力疾走してきたんだと自問自答したくなるくらいに。
 司令部で出る飲料は基本的にうっすいコーヒーかまずい茶だ。ごく稀に上質な紅茶が振舞われたりするが、特別な来客でもあった日にしか出ない。とにかく 司令部内でミルクは飲まれていないのだ。だから当然、中尉がミルクを飲む姿も見かけるはずがない。だが今その場面を見てしまった。
 ありえない・・ありえないと解っている。そういうことは考えることも赦されたもんじゃないと承知してはいる。が、その、なんだ・・・中尉が飲んでいるミルクが・・ いい子は絶対想像しちゃいけい、あの・・白濁とした例の分泌液に見えてならない、のだ。グラスが透明で白色の中身が見えるのも原因のひとつだし、中尉の表情と喉の動きもいけなかった ・・・・って、朝からなにを想像してるんだ私は! というか中尉の顔が今後まともに見れないじゃないかっ!! とか思いつつ、私の眼が中尉に釘付けなのは 見逃してほしい。


「・・・やっぱり恥ずかしいですね」


 しかも何を思ったのか、グラスから唇を離した中尉は事もあろうに頬を染めてそんなことを言う。
 次の瞬間、私が喉を詰まらせたことは言うまでもないだろう。


     っぶほぁ!っっがっ・・げほっ、げほっ・・」


 咽せた。かつてないほど咽せた。自分もミルクを飲んでいたことをすっかり忘れていたのだ。アレに見立てられた復讐か? ・・くっ、肺に入ってものすごく苦しい。


「げほっ、げほげほっ・・ぐっ・・・げほっ」
「ちょ、何てことするんですか!!」


 悲鳴染みた大声に驚いた私が涙目のまま顔を上げると、そこには全身白い液体まみれの中尉がいて・・・そ、それはもしかしなくても先程私が噴き出してしまったミルク、だよな・・?
 相手を串刺しにするような非難の眼が痛い。・・・・だが、責任は中尉にもあるはずだ。


「・・っ、君が変なこと、ごほっ・・言うからだろ!?」
「何が変なんですか!ミルクを飲んでも元のサイズまで大きくなれるはずがないのに真剣に飲んでしまうのが恥ずかしいって思っただけじゃないですかっ!!」


 何だそれ紛らわしすぎるだろっ!
 だがしかし、訴えは音声にしなかった。咽せていたからではなく、何がどう紛らわしいのか追求されると困るからだ。うん、非常に困る。円滑な人間関係が崩れるのは非常に困る! しかしひとり焦っている私を尻目に、中尉は「ミルクは布につくと臭いがひどいんですよ!?」とぶちぶち文句を言いながら背中のファスナー(今日の服はくるみボタンではなかった) に手を掛け、そのままファスナーを下ろしていった。しかも私の目の前で脱ぎ始める。ミルクを含んだ布地は肌に張り付いて脱ぎにくいらしく、中尉は真剣そのものの表情で 長袖から腕を抜こうとしていた。そのばっちり見えてしまう肩と腕の白さに目が焼かれそうだ。・・じゃなくて、ミルクに気をとられすぎているからといって 男の前で脱ぐか普通? いつもの常識ある中尉はどこにいったんだ!?
 そうこうしているうちに真っ白な腕は服べったり地獄から抜け出したらしい。続け様にその先まで脱ごうとした中尉の、揉んだら気持ちよさそうな膨らみにある先端の色づきが見えるか見えないかのところで 私は中尉を掴み上げた。掛けていた椅子が倒れるのも気にせずに駆け出し、そのまま中尉を浴室に放り入れる(あくまで表現の問題であって、実際はもっとソフトに扱った。心配は無用だ)。


     いきなり脱ぐな、馬鹿者!」


 本当に言いたったことはもっと別にあったはずだが、気が動転しすぎた私はとりあえず一言怒鳴る。シャワー浴びておけと言い残し、私は中尉の着替えを取りに寝室へと向かった。










      ん? ・・・・・あれ・・?
 さっき中尉は「ミルクの臭いがつく」と言って怒っていたけど、「汚い」って言わなかったよな・・? 普通だれかが一度口に含んだものを浴びたら、汚いって思うはずだが・・。 でも中尉は一言もそんなこと言ってなかったぞ・・?
 私の前で抵抗なく脱ぎだしたことといい、汚いと言わなかったことといい、いったい中尉は何を考えてるんだろうか。






「あの、大佐・・シャワーに手が・・届かないのですが・・・」


 急いで戻った私への第一声はこれだったけど。










 中尉、君・・・私のこと、どう思っているんだい?

















To Be Continued.

















2007/7/26 up