「ぁ・・ダメです。もっと」
「ま、まだかね?」
「やだっ・・・早くしてください!」
スーパードール・リザちゃん 5
疲れた非常に疲れた精神的にひどく疲れた。
これしきのことで疲れていては世間一般の主婦の方々に顔向けできないが、原因が行為自体ではなくあの声だったのだから、少しは大目に見てほしい。
特に事件が舞い込むことなく一日が過ぎた今日、業務が終わった頃合を見計らって二回目の緊急会議が内密に開かれた。場所は私の執務室。メンバーはいつものメンバー+ヒューズ。
議題は『縮小化してしまった中尉の今後について』だ。
当然のことながら、手乗りサイズの中尉には身長というものがない。ドアは開けられないカランは届かないガスは使えない移動だけでも一苦労、とくれば豆粒錬金術師
よりも生活に不便なこと間違いなしなわけで、事情を知る者が責任を持って保護する必要性が生じるのは無理もない。
だが問題はこの6人(もちろん中尉は除いてある)の中で誰がお持ち帰り・・・じゃなくて連れて帰るか、だった。
まぁヒューズはすぐにでも中央にとんぼ返りだから仕方ないとして、部下4人は「「「「無理です」」」」と薄情にも見事に声を揃えた。ハヤテ号くらいなら・・とはフュリーで、
寮は人目がありますから・・とはファルマン、司令部から遠いですし・・とはブレダで、居てもらう場所ないんスよ・・とはハボックだ。
確かに気持ちはよく解る。姿かたちが縮んだだけであって(メイド服だが)、中尉の性格は変わっていない。
粗相があったら大変だ・生きてる気がしないと、ハヤテ号の躾場面を見せ付けられたお前らが恐れ戦く心情はよく理解できる(さすがに銃は出てこないと思うがね)。
だが困っている上官を見捨てていいのか?お前らあれだけ日頃から中尉の世話になっているだろう!?と声を潜めながら怒鳴りつけると、それまで静観を貫いていた
ヒューズがとんでもないことを言いやがった。
曰く、「世話になってんのはお前さんも同じだろ?だったら不測の事態に備える意味でも、錬金術師のお前が面倒見りゃいいじゃん」と。
やつの一言で役立たずの部下4人は万歳三唱でもしそうな満面の笑顔で首を縦に振り、それまでちょこんと執務机に正座していた中尉は「よろしくお願いします、大佐」と
深々頭を下げる始末。これでは断ることができない。
しばし顔を引き攣らせていた私が元凶のヒューズを睨むと、あのひげ面は悪戯が成功したときよりもずっと性質の悪い笑みを浮かべていた。
・・・・・・・・燃やしてやる。発火布はどこだ。
かくして(不本意ながらも)中尉を連れ帰ることとなった私は(ハヤテはフュリーに任せた。今の中尉にじゃれ付いたらさすがに危険だ)、
帰りに食料品店へ寄らなければならなくなった。
自慢じゃないが、私の家には食品のストックが缶詰くらいしかない。缶詰のみというわけにもいかんし、かといって外食というわけにもいかないから、ここは・・・・やはり私が作るのか?
自慢じゃないが(2回目)私には料理の才能がない。いや、家事能力自体高くないのだが、比較的掃除は得意だ(と自負している)。だが、料理にはセンスが必要だろう?
菓子類のように分量を厳守するものなら問題ないのかもしれないが、家庭料理のように勘と経験と適当によって作るものには破滅的に向いていないのだ、私は。
だが中尉に作らせるわけにもいかないからな、不味くても我慢してもらうしかない。
自尊心を自傷するだけの思考に区切りを付けて買った食材は旬のトマト、玉葱、人参、挽肉、卵、牛乳、食パンだった。
麺(賞味期限がちょっと心配)が奇跡的にも家にあるので、夕食はミートソースのスパゲッティだ。ちなみにこれはすべてジャケットの内ポケットに隠れた中尉からの指示だったりする
(食料品店ではどうやって外を見ていたんだろう。特殊能力?)。
「あ、美味い」
「そうですね」
目の前には出来立てのスパゲッティ。テーブルの上には小さな中尉。(私にしては)出来の良い味に思わず言葉が出る。
しかし、これは当然の結果だった。なにせ料理中ずっと中尉がつきっきりで指示を出していたからだ。
私の肩の上で。
キッチンとは何かと危険な場所なので、中尉は私の左肩に乗って監督役をしていた。小さな左手でシャツを掴み、私の首に右手を添えて。手乗り中尉ならぬ肩乗り中尉というわけだ。
だがまぁ実際はそんな可愛いもんじゃなくて、エプロンを付けろだの(そんなもんあるわけない。仕方なく未使用のシーツで錬成した)、色は白だと汚れが目立つだの
(書斎のインクを染料にして黒く錬成し直した)、それではシャツに色移りするかもしれないだの(私の錬金術は信用ないのか)、最初に鍋を火にかけろだの(効率がいいらしい)、
みじん切りが粗いだの(無茶言うなよ)、炒めるのは挽肉が先だの(粗い人参に火が通らないかもしれないのに?)、鍋に塩を『もっと』入れろだの(スパゲッティを茹でるときは
塩を入れるんだと)、『早く』しないと焦げるだの(麺と具の同時進行がそもそもの間違いなんだ)、熱湯に気をつけろだの(それくらい言われなくてもわかってる!)、とにかく
いちいち文句をつける姑にいびられている昼ドラ主人公の気分だった。
さらに追い討ちなのは彼女の声で、実はこれが一番精神衛生上よくなかったんだが。
だって想像してみたまえ。心地よい中尉の声が耳元で聞こえるんだぞ?書類を急かす冷静
冷淡な「早くしてください」なら幾度も聞いたが、焦りのせいで少し上擦った「早くしてください」は一度も聞いたことがない。私の手際が悪いのは十分自覚しているし、なんとか
しようと思うのだが、その上擦った艶声を聴いて思考が停止しない男はいないんだ。断言できる。もし発見したら天然記念物としてイーストシティの博物館に展示してやろう。
「大佐、あまり召し上がっていないようですが、ご気分が優れないのですか?」
ついさっきまでダイレクトに届いていた声が斜め下から聞こえて我に返った。そこには私が錬成した特製フォークを握り締めた中尉がいる。くりくりした大きな瞳を上目遣いに、
首を傾げてこちらを伺う小さな姿。
「いや、大丈夫だ。少し考え事をしていただけだよ」
こんな可愛い中尉(たとえ姑のごとく口煩くても)に「おかげさまで精神疲労だよ」なんて言えるわけがない。それが男の甲斐性ってもんだ。たぶん。
「そうですか・・?」と怪訝そうな顔をしつつも中尉は食事を再開する。中尉の口に対してスパゲッティは太さがあるので食べにくそうだが、一本一本丁寧に少しずつ
口にしていく姿が小動物みたいで非常に愛らしい。
うん、そうだな。さっきの艶声攻撃はなかったことにして私もさっさと食べてしまおう。気にしなければいいのだ。
「 って、中尉・・・・あの量全部食べたのか!?」
「・・? ええ。お腹が空いていたので」
私が呆けていたせいもあるが、よく見たら中尉の皿の中はきれいになくなっていた。私の皿は大皿、彼女の皿は中皿で、そもそも盛り付けた量が違う。が、人形サイズ中尉が
どれだけ食べるか分からなかったから皿に普通程度の量を盛ったはずだ。えーと・・・・食堂のパスタ(量だけは豊富)の3分の1はあった。おそらく質量的には中尉と同等くらい
あるんじゃないかと思う。それを『お腹が空いたから』で軽く完食していいものだろうか・・?
私の額に汗が伝った。
そういえば中尉は昼間もハボックが買ってきた惣菜パンを2つぺろりと食べていたんだったか(ちなみに私の予想通りハボックは煙草1カートン買ってきやがった)。
そのときは「小さい体によく入るな」程度で気にも留めなかったが、よく考えたら異常だよな?それとも小さいと熱を維持するのが大変で、たくさん食べないと
死んじゃうとか? ・・・・・わ、わからん。食べすぎ注意、じゃなくて食べすぎ中尉?
「・・・おかわりする?」
恐る恐る尋ねた私の声に、中尉の目がきらりんと光った。ずっと欲しかった銃を支給されたときみたいに。
「いいんですか?」
「・・・食べられるなら」
冷汗が幾筋も流れるのを感じながら、中尉の皿を手にして席を立った。
その後、彼女はあのちんまりした肩乗りサイズの体躯にも関わらず、最終的に一般成人女性とほぼ変わらない量を平らげた。私より少ないといっても、やはりおかしい
ものはおかしいわけで。ひとつの不安が脳裏を掠めるというかタックルの勢いで浮上してきたぐらいだ。
もし不安が的中した暁には、私も縮小化を体験するか、空の上に在住の緑色した神様のところで厳しい修行を積むしかないだろう。
でないと男としての矜持が丸潰れだ。
・・・・・・・・元のサイズに戻った中尉が私の3倍以上食べるようになったらどうしよう!?
それだけは本気で勘弁してください!!
To Be Continued.
2007/7/ 3 up
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