「待たせたな。はい、リザちゃん」
「すみません、ありがとうございます」
「助かった。礼を言うぞ、ヒューズ」
そして、溜息ひとつ。
スーパードール・リザちゃん 3
いったい私にどうしろというのだろう・・・
当然のことながら、私の叫び声を聞きつけた部下たちはすぐにここへと駆けつけてきた。
補足するなら、「どうしました大佐!?」とハボックが先頭で飛び込んできたのだ。まぁ、それはヤツが一番体力と運動神経が
あるからだろう、当然といえば当然なんだが。
問題は、次の瞬間にはハボックを執務室から蹴り出していたこと、だ。思考時間は皆無。つまりは無意識の反応だった。
今あの行動を自己分析してみれば、まさかというか、やはりというか・・・・・練成陣の刺青がどうとかでは決してなく・・
あぁそうだ、中尉の肌が他の男に晒されるのが許せなかっただけなのだという結論に至る。
と言っても、私と中尉との間にそういう関係はないし、秘伝解読のために背を数回拝んだことがある程度なのだが。
だが、あの白い肌がおそらく師匠と私以外の男の眼に触れなかったであろうことを思うと、あのときハボックを
蹴り飛ばしておいて正解だったと思う。眼を白黒させながらへたり込んだハボックには少し悪いことをしたが。
「・・にしても、身体が縮んじまうなんてなぁ・・・」
執務室が仮・開かずの間と化してから既に一時間半が経過した。現在この部屋にいるのが、私・中尉・ハボック・ブレダ・
ファルマン・フュリー、そして出張早々大役を仰せ使わされたヒューズの7人。同時に中尉縮小化を知る者ということになる。
中尉縮小化に際して、私がハボックを蹴り出したことの心理過程解明よりもさらに物理的で逼迫した問題が生じた。
事務関係の仕事・・は中尉本人が消えていなくなったわけではないので問題ない(多少不便かもしれないが)。中尉の勤務・・は
急な出張が入ったとか急病とかで数日は誤魔化せるだろう(彼女、全然有休取ってないし)。私の護衛・・は私が極力司令部から
出なければいいだけで、もし必要があればハボックか誰かを連れていけばいい(これは仕方ないな)。
・・・って、仕事のことではなく、中尉自身のことで今まさに困る問題が一つ。
あー、だからその・・着るものがない、ということだ。
身長(やっぱり推定)およそ15cmの中尉に合う軍服など存在しない。
というか、普通の服だってそんな妖精みたいなサイズ売ってないし。
結果、軍支給のタオル(ごわごわした肌触りが不愉快。大総統紋章入り)でぐるぐる巻きの状態でいるしかなかったのだ。
しかしそれではあまりにも不便で機動性に欠く上に、周りの者が対応に困るというか、なんというか・・・。
ともかく、何か解決策をと考えた末に得た答えが、
『人の服がダメなら人形の服を着ればいいのではないか』
だった。
だが、一難去ってまた一難。そうなると誰が玩具屋に行くのかが問題になる。
だってそうだろう!?軍服を着た(私服でも怪しい)20代の厳つい男(未婚)が人形(当然女児用だろう?)の服(しかも服だけ)
を買いに来たら、明らかに浮く。絶対に退かれる。疚しいことをしているわけではないと自分に言い聞かせていても、
必ずどこか不自然で怪しい雰囲気が外に漏れるものなのだからな。
こういうことに一番適任というか、唯一許されるであろう中尉がコトの当事者なのだ、当然行けない。私は絶対に行きたくなし、
だからといって部下を行かせて店側から何か訴えられても困る。弁護してやれないかもしれない。非常に困る。
・・・・・八方塞がり?
そう思った瞬間に現れたのがヒューズだった。
「すみませんが大佐、床に降ろしていただけますか」
そう済まなそうに言う中尉の手には、身体のサイズに不釣合いな大きい紙袋が抱えられている。中身は玩具屋で調達された着替えだ。
私は手の上にそっと中尉を乗せて床まで導くと、その後彼女は普通に歩き、執務机の下(椅子が入るスペースのところ)
に入っていってしまった。なるほど、確かにそこなら皆の死角になる。15cmの人形サイズであれば着替え場所として差し支えないだろう。
ヒューズが現れた瞬間、東方勤務になって初めてヒューズの出張に感謝した。でなければ「いよぉ、ロイ!元気にしてたか!?
何?エリシアちゃんとグレイシア?うちの天使たちは元気に決まってんだろ〜!この間なんかさ、エリシアちゃんが型抜きした
クッキーを 」と、人の都合も考えないでマシンガントークを始める髭面男を出張させやがった連中に
苦情の電話でも一本入れていたかもしれない。
この娘自慢が過ぎる悪友には、愛娘が一人いる(“娘”自慢なのだから当然だ)。過ぎるのは自慢ばかりでなく、親バカも相当の
もので、エリシアの誕生日には両手に抱えきれないほどのプレゼントを用意するヒューズのことだ、絶対に玩具屋にだって行き慣れて
いるはず!と勝手な論法を推した私たちは、中尉の着替えを調達してくるようヒューズに頼み込んだのである。
縮小化事件のせいで茶どころか迎えの車さえ忘れられていたヒューズは、それでも中尉を可哀想に思ったのか、それとも
情けない声を上げる男どもを不憫に思ったのか、とにかくUターンで玩具屋に向ってくれた。そして戻ってきたときの遣り取りが、
今回の冒頭、というわけだ。
危うく部下の誰かが刑務所行きだっただけに(確定)、今回のことは本当に感謝するしかないだろう。
「お手数ですが大佐、話難いので机に上げていただけると有難いのですが」
おや、思考を飛ばしているうちに中尉の着替えが済んだようだ。そんなに時間が経っていたのだろうか。
私は膝を折って声のした方へ手を差し出した まま、しばらく固まってしまった。視線は中尉に釘付けだ。
「おいヒューズ・・・この服は、何だ?」
中尉はちょこんと私の掌に乗ったが、私はひどい脱力感に襲われて動けない。
「何って、お前は知らんだろうが、今のリザちゃんサイズの人形ってあんまないんだぞ?ましてや服の替えだ。数がない上に、
あっても色が派手だったりして、リザちゃんに合うのを探すの大変だったんだからなー」
「すみません、ヒューズ中佐」
「あぁ、いいっていいって。リザちゃんは気にしなくて平気だから」
二人の、相手を気遣う遣り取りは続く。だが、
「・・・・ではなくてだな・・」
なんなのだ、一体?
これ・・・中尉が着ている服は、所謂“女中が着用する服”ではないのか!?ほら、アレだ。投資家やら資産家やらが開いた催し物
に呼ばれて仕方なしに行ったあの会場で給仕していた女性が着ていた服。あれにものすごく雰囲気が似ているのだが・・・
ああぁ、直視できなくなってきた。なんだろう、イシュバールでの『現実から顔を背けたい病』が再発症してきた気がする。
「あれっ、中尉。メイド服じゃないっすか?」
「わぁ似合いますよ、中尉」
黒を基調としたワンピースは厚手の生地で出来ていた。たっぷりとしたロングスカートは中尉が動く度に優雅に
揺れ、パフスリーブの長袖は手に少し掛かるくらいの長さが、妙に愛らしい。襟は詰襟のように高く、背にはくるみボタン。
裾と袖から見える白い布地は・・レースか?服の一部か?エプロンはしていないが、服の色といい全体の雰囲気といい、
誰がどう見てもメイドの恰好だ。
くそっ、意識して直接的な言葉を避けたというのに、お前たちの暢気な発言のせいで全てが無意味になってしまったではないか!
私の手によって(脱力感はなんとか振り切った)執務机の上に戻った中尉は、少しはにかみながら「ありがとう」とお礼を言う。
その姿が軍服のときには判りづらい可憐さを引き立てていて、男連中の間に再びささやかなどよめきが起こった。
おかしい。
なんだか、非常に、気分が、悪い。
「ヒューズ、もっと普通の服はなかったのか?」
感情が態度に出てしまったのだろう。どこか怒気を含んだ言葉に、ヒューズはやれやれといった表情を見せた。
「だーかーらー、お前は知らんだろうが、人形ってのは一昔前の恰好してるのが普通なんだって。
こう、くるくるの金髪に青い眼で、ひらひらした服着て、でっかい鍔の帽子被ってんだよ」
おい・・・頼むからジェスチャーは止めてくれ。別の意味で気分が悪くなるから。
「大佐、私はこれで十分です。動きづらいわけではありませんし、露出が少ないのは助かりますから」
そう言って中尉は意味ありげな視線をこちらに寄越した。
確かに。襟が高いおかげで中尉の背に刻まれた焔の練成陣は姿を見せていない。確かにそれは中尉にとっても私にとっても
重要かつ有難いことだろう。
だが、だがな。中尉・・君のその訳アリの視線・・・私以外には「少しでも肌を出すと、貴方が絶対に何かを
してくるので困るんです」っていう視線だと解釈されてるよ?周りの、私に対するイタイ視線に気付いてない?
「本当にありがとうございました、ヒューズ中佐」
冷や汗を流す私を余所に、中尉はヒューズへ向って笑顔を浮かべた。
あ、擬態語に“にっこり”って付きそうなくらいの笑顔だ。
そうか、あの視線に気付いてないんだね・・・・。
君、意外と天然だもんね。
服・・それで確定ですか。
しばらく外出厳禁な中尉と、今から執務室で二人きりになることが多いのだろう。
いくら人形以下のサイズと言えど、恰好は可愛らしいメイド姿。
・・・私はいったい、これからどうすれば・・いいんだろうか。
To Be Continued.
2007/5/ 1 up
|