金一点










 ハボックがそれを見つけたのは、北方司令部との合同模擬演習に関して小隊長たちが図面を見ながら作戦の確認を終えたときだった。
 色素の薄いそれは漆黒の中でよく目立つし、ハボックが司令部でも一・二を争う長躯の持ち主であることもその発見に大きく関わってる。加えて、ロイの 斜め後ろという立ち位置もよくなかった。
 つまり、偶然が重なったことによる必然だったのだ。


「あ、白髪・・・」


 言わなければよいものを、ハボックはバッチリと声に出して言ってしまった。
 場所は司令室、まわりには大勢の軍人。
 「しまった!」と思ったときには既に手遅れで、音に溢れていた司令室が一瞬にして水を打ったように静まり返る。
 そんな耳鳴りがするほどの静寂の中で、ロイの声はよく響いた。


「・・・・・・・・・・白髪が、どうしたって?」


 いつもより格段に低く、辛味成分を多めに含んでいる、その声。
 周囲の者たちは示し合わせたように、一斉にロイから二歩ずつ遠ざかる。


「いや〜、その、なんですかね・・・白髪あるなー、と・・」
「ほう・・・それはこの演習に関係あることなのかね? ジャン・ハボック少尉」
「いえ、それは、ない、と・・思います、sir ・・・」


 フルネームで階級呼び恐ぇ! とは周囲の胸中だ。ハボックはすでにいろいろと限界がきているので、それすらも脳内で処理できない状態だった。
 そんな現状を察したロイは、大げさに溜息を吐くことで怒りを鎮めようとした。今ここで感情を爆発させても打ち合わせが長引くだけで、 この後さらに書類の決裁が待ち受けている身としては無駄な時間と体力の消耗は避けておきたいところなのだ。
 それに・・・・・


「まぁいい。若白髪は苦労している証拠だと聞いたことがあるしな」
「そ、そうなんスか?」
「証拠も出てきたことだし、ここはひとつ負担を減らすためにも、上層部からの激励状にはおまえが代筆で返事を出すということで・・・」
「ちょっ、えっ・・・ホント勘弁してくださいよ!」


 焼死体がひとつ出るか出ないかの瀬戸際かと思いきや、意外にも空気は上司部下の漫才へと摩り替わる。
 いつも通りの空気に安心した東方司令部の軍人たちは個別での打ち合わせを再開したのだが、ロイとハボックの間には低レベルな争いが続き、有無を言わせないリザの仲裁が 入るまで漫才が終わることはなかった。










        その7時間後、ロイは執務室でぐったりと机に顔を伏せていた。
 決して小さくない作戦会議の後に、休憩なしで連続6時間のデスクワークを完遂するのはさすがに疲れる。


「・・・・・・・・・・」


 ぼんやりと目を開けたロイの視界の端に自身の黒髪が映った。それと時を同じくして、先ほどの遣り取りの記憶が蘇る。


「・・・・・・・・・・」


 ロイは髪を一房掴んでみた。
 執務室の蛍光灯に透かしてみても黒いその髪の中に白い毛が混じってれば、目立つこと間違いなしだろう。元から色素の薄い髪だったら目立たなくてよかったのにな・・・などと考えたが、 しかし金髪の自分を想像して顔を顰める。
 似合わない。はっきり言わなくても、似合わない。


        と、そのとき、控えめなノックの音がロイの耳に届いた。


『ホークアイです』
「入れ」


 「失礼します」と言いながら入室したリザは、だらしなく執務机にのびているロイを見て眉を顰める。しかし、ロイが自身の髪を弄っていることに気が付いて、苦笑いに 近い笑みを零した。


「・・・・・気になりますか?」
「ん?」
「白髪、です」


 会話を交わしながらリザが執務机に寄ると、ロイは身体を起こして今度は背もたれに身を預けた。その顔には『気になってます』と書いてあるようで、リザからまた笑みが 零れる。
 それを見たロイはいささかムッとした表情で口を開いた。 が、先に言葉が出たのはリザの方だ。


「抜きましょうか?」
「・・・・・・・うむ」


 ロイの中では何かしらの葛藤があったのだろう、返事に至るまでに変な間があった。それでもリザはあまり気にせず、ロイの背後へ回る。
 「失礼します」 という声に次いで髪に触れたリザの手を、ロイは心地良いと感じた。尤も、対するリザは『猿の蚤取りみたい・・・』と心の中で思っていたりしたのだが。
 探すこと数分後、目標はぷつんと音を立ててロイの頭から離れていった。


「ああ、ありがとう」
「いいえ、見つかってよかったですね・・・・・あら?」
「ん? どうした?」


 リザの意外そうな声に引かれてロイがリザを見遣ると、リザの視線は彼女の手元に集中していた。そこにあるのは今抜いたばかりの髪が一本。
 まさか抜く髪を間違えたのか? とロイは一瞬不安になったが、リザの手にある髪の毛は黒くない。
 しかし・・・・・


「大佐・・・これ、白髪ではありませんよ」
「は?」
「金髪です」


 ほら、とリザから差し出された一本の髪は確かに普通の白髪と輝きが異なっていた。 白いだけの、光を反射しない髪ではない。艶もあるし、僅かだが金色を帯びていたのだ。
 突然変異の金髪を実際に手に取り、じっくりと検分していたロイは、「そういえば、子どものころに二・三回くらい金髪が見つかったりもしたが・・・」 と呟く。


「・・・子どものころ、ですか」
「うん・・師匠に弟子入りする前の話だけどね・・・」


 懐かしさの篭った目で金髪を見続けるロイの傍らで、リザはこっそりと溜息を吐いた。


「では、まだお若いという証拠になったのでは?」


 どのあたりが若白髪で、苦労している証拠だというのだろうか。
 白髪かと思って抜いた髪は幼少期に稀に見られたという金髪で、つまり老けたどころか身体年齢はまだまだお子様並に若いということではないのだろうか、とリザは考えたのだ。
 変な証拠が出てきてしまったわね・・と考えていると、ロイがおもむろに振り返ってきたので、リザは思わず身構えてしまった。 ロイが『にっこり』 と擬態語がつきそうなくらい満面の笑みを湛えていたのも理由のひとつ。


「確かに、喜ばしい要素ではあるな」


 訝しげな視線を送るリザの右手を恭しく取って、ロイはそこに唇を落とす。
 上目遣いに熱い視線を送られたリザの心臓が大きく跳ね上がった。




「私とでも、金髪の子どもが生まれる可能性があるということだろう?」




           っ・・!!」


 べちん! と大きな音がして、ロイの右頬には赤い跡が残った。
 しかしロイの手の中からはリザのぬくもりが消えた。というか、瞬間的にリザが手を引っ込めたのだ。


「書類の確認は大部屋の方でしますのでこちらはもらっていきますねお疲れさまでした明日も遅刻なさらないようお気をつけくださいでは失礼致します!」


 早口で捲し立てる声はもはや怒鳴り声と同等の大きさと勢いを得ていたが、リザはそれを詫びることなく踵を返した。笑いを堪えながら「はい、お疲れ」 と返すのは 至難の業で、ロイの声は微妙に震えてしまう。怒鳴り声で指摘されるかと思いきや、予想に反してリザはそのまま退室していった。
 それもそのはず・・・・・




「絶対に可愛いと思うんだけどな、彼女似の金髪の子ども・・・」


 くつくつと楽しそうな笑い声が執務室に響く。




 平手打ちの跡が鮮やかに残るロイとは別の理由で、リザの頬は真っ赤に染まっていたのだった。

















fin.

















2007/11/22 up