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黒い革張りのソファに預けている身体は、鋼の手足を着けていた頃から比べると随分成長した。 ただ、年月を重ねても変化することがなかった強く鋭い金の眼は今、曖昧に逸らされたままだ。 ロイは小さく溜息を吐くと、ゆったりとした椅子に深く身を沈めた。 枯れたサボテン ロイ・マスタング少将は暇ではない。断じて暇ではない。暇ではないのだが、なぜか20分も前から煮えきらない 青年の相手をしていた。 天気の話をしていたかと思えば、いきなりロイの妻子について話が飛ぶ。かと思ったら、最近の出来事について 脈絡もなく話し、また天気の話に戻る。マトモな話題転換などあったものではなかった。心此処に在らずなのがバレバレだ。 愉快とも不愉快とも言い切れないが、ロイにとって有意義でないことだけは確実であり、この表現し難い呆れと苛立ちは、 遠き日の親友の妻子自慢を彷彿とさせた。・・・いや、『自慢したい』意図が明確に伝わってくるだけヒューズの 自慢話の方がマシ、だっただろうか。 「それで、君は結局なにを言いたいんだ?」 と言いつつ、実はなんとなく検討をつけてあったりするロイなのであるが。 そんなことは微塵も出さずにロイは溜息雑じりの質問を投げかけた。 「 「ほう、結婚か。これは早速リゼンブールに祝いの電話をしなくてはいかんな」 意地の悪そうな顔で受話器を取るロイに、完璧に遊ばれていると気付かないエドワードが一瞬にして真っ赤になる。 「 「なら早くしたまえ。君ももう23だろう?『いつ言えばいいかわからない』などと子どものような事を言っている 場合ではないぞ。・・・まったく、ウィンリィ嬢も大変だな」 「三十路で結婚したヤツに言われたくない!って、そもそも相手がウィンリィだなんて一言も・・」 「違うのか。では彼女に相談したらどうだ?今繋げてやろう。いいアドバイスをくれると思うが」 「ゴメンナサイスミマセンマジカンベンシテクダサイ」 ロイが再度受話器に手を伸ばすとすかさず反応するエドワード。いくつになってもこの手の話に免疫を持たない 青年を微笑ましさ半分、呆れ半分で見遣りつつ、ロイは受話器を下げた。 「まぁ冗談はここまでにしよう。・・それで、まさか本当に『いつ言えばいいか』を聞くためにわざわざ私のところまで 来たのかね?」 「う・・・・だって仕方ないだろ!?俺の知り合いん中だと少将が一番そういうのに慣れてそうだし」 「・・・・・・・君の中の私のイメージは一体どんなイメージだ・・?プロポーズなど、そうそう気安くする筈ないだろう・・」 頭が鈍い痛みを訴え、ロイは蟀谷を押さえる。 「そうかもしれないケド・・・少なくともリザさんにはしたんだろ?経験者じゃん。・・あぁー・・・いつどころか、 どこでなに言えばいいのかもわかんないってのに・・」 言ってエドワードは右腕で額を覆い、そのままズルズルとソファに半分崩れ落ちた。 「おい・・いつ・どこで・なにを、なんて初等教育の作文と同レベルだ」 ロイは再び溜息を吐く。今日でもう何度目だろうか。溜息を吐くという行為自体にうんざりしてきたロイは、リザが副官 だった頃彼女がよく溜息を零していたことを思い出し、よくストレスで倒れなかったものだと感心した。 「プロポーズか・・」 知らず識らず独り語ちる。過去エドワードが提出した報告書は鋭い観察眼と巧みな文章によって綴られていた 実のところ、考えるだけならエドワードも考えていた。『どうした自分!』と。ただ自分ではどうしようもないだけで。 「エドワード」 「・・なんだよ」 「ぐずぐずしていると手遅れになるぞ」 ロイの率直な進言に対し、エドワードは弾かれたように身を起こした。 そして、噛付く。 「てっ・・、手遅れってどういう意味だよ!?」 「言葉通りだ。君がはっきりした態度をとらないうちに結婚適齢期を逃すか、それとも彼女に他の男が求婚するか・・・」 「はっ、あのスパナ女に誰が求婚なんてするんだ、少将」 「だが現に君はしようとしているのだろう?」 「ぐ・・・・・・」 ロイの尤もな指摘にエドワードの言葉が詰まる。 暫く沈黙が執務室を包み込んだ。 先に言葉を発したのは、ロイの方だった。 「君はサボテンを育てたことがあるかね?」 「・・・は・・?サボテン?・・・・・・ないけど、なんで?」 話題の意図が掴めないのか、まじまじと見つめてくるエドワードに苦笑いしながらもロイは視線を逸らさずに話を進めた。 珍しく本心から頼ってきたのだろうエドワードに助言できることは一つしかないと、ロイは解っていたからだ。 「私は・・枯らしてしまった」 「え・・・・・」 「まだ幼いときに・・気に入って買った、小さなサボテンだ。時間さえあれば眺めていた。 大切にしていたつもりだったのだが・・・結局枯れた。 「・・わかんねーよ。大切にしてたのに枯れたのか?」 「枯れたとも。・・・・理由は簡単だ。水を遣らなかった、それだけだ」 「そりゃ枯れるに決まってんじゃん。なんで水を遣らなかったんだよ」 ここで初めてロイの視線が揺らいだ。青年の率直な意見に怯んだのか、過去に想いを馳せるためなのか、 漆黒を纏う男自身ですら無意識のために答を得ない。ただ、自身の骨ばった手元を見つめるだけだ。 「・・サボテンは元来、大量の水を必要としない植物だということだけを当時知識として持っていてね。そのサボテンは小さかったが、 立派に花をつけていた。水を遣らなくても花は咲いていた。本体が萎んできても咲き続けていた。 私は違和感を覚えたが、花が元気なのであれば大丈夫だと思い、水を遣らなかった。結果、サボテンは枯れた」 ここで一旦言葉が切れる。しかしエドワードはロイから視線を離さない。 「花は、造花だった」 以前・・8年くらい前であれば、ここでおそらくロイを莫迦にした言葉が発せられていただろう。 しかし少年は青年になり、じっと話に耳を傾けている。 迫力の増したロイの視線がエドワードに戻った。 「物事の本質に気付きもせず、ただ上辺をなぞっただけで満足していたことを ・・枯れてから初めて知った。そして、まだ大丈夫などという油断によって大切なものを失くしたことに初めて気がついた。 すべては自身の責任だ」 ようやくロイの真意に気がついたのか、エドワードの眉間に皺が寄る。 「まだ大丈夫、まだ大丈夫と思っていると取返しがつかなくなる。 いつか、ではなく、いま行動しないで・・いつするつもりだ? 駄々を捏ねる子どもに親が『また今度』と言って宥めるのと同じ・・・・ そんな都合のよいときなど、一生訪れはしない」 切れ味の鋭い刃物みたいだ、とエドワードは思った。だがやはり反論できない。 悔し紛れに出た言葉は、わかってるよ・・・という擦れた呟きのみだった。 「・・そうだな、君がそんな調子ではウィンリィ嬢も不安だろう。ここはひとつ、私から彼女に新しい男でも紹介しようか」 これまでの雰囲気を払拭するような明るい声が、いきなり跳んだ。 「・・・・・・・・は?」 ロイの口の端がニヤリと歪んだが、あまりに予想外の言葉に、対するエドワードは口をパクパクさせることしかできない。 「ふむ・・・・フュリーはどうだ?ああ見えても、なかなか芯のある男だぞ。動物好きで、しかも通信機器に強い。 機械鎧技師の彼女と話が合いそうじゃないか・・?」 だが、名案だ!とばかりに話すロイをエドワードは黙って見過ごすわけにもいかず。 「却下だ却下っ!!なに考えてんだよ、この無能!」 エドワードは必死に声を張り上げる。 「アンタに助言を求めた俺が莫迦だった!自分でなんとかしてみせるさ!今までだってずっとそうしてきたんだからな!」 まるで8年前に戻ったように。 「無駄な時間を過ごした!帰る!」 状況も意味合いも全く異なるが。 「ウィンリィに絶対変な電話すんじゃねーぞ!!」 あのころの焔を瞳に宿して。 「フュリー中尉にも余計なこと吹き込むな コンコン・・ 「入れ」 「失礼します、お茶をお持ちしま・・」 「ぁあああぁああああ!!!フュリー中尉っ!!」 タイミングよく現れたのはフュリーだった。 エドワードは言葉にならない奇声を発して振り返る。 「っ中尉!このクソ少将がなに言っても絶対に気にしないでくれよな!!絶対、絶対頼むよ! ・・じゃぁ俺帰るし、またなっ!!」 呆気にとられるフュリーを尻目にエドワードはヒラリと身を翻し、大きな音を立てながら執務室を後にしようとして 「エドワード、大切に育てろよ」 「 出て行く直前に大きな返事を返した。 「・・・・一体なんの話だったんですか・・?」 「ん? fin. 2007/1/28 up 2007/8/13 訂正 |