ガタン、カタン・・と。
身体の下では規則的な振動が絶え間なく響いている。
地方とイーストシティを結ぶローカル線。いささか閑散とした車内ではあるが、シティ到着まで時間があることもあり、
周りの人たちは仮眠したり本を読んだりと各々自由に過ごしている。
しかし暇つぶしに適した本も持たず、護衛官の任が長いゆえかこういう場で眠れもしないリザは、牧草地が広がるだけの何もない窓の外をただぼんやりと眺めていた。
すでに夕暮れが近く、時間の経過とともに窓ガラスに反射したリザの顔のほうがどんどん鮮明になっていくけれど。
少し疲れた顔をしているのは窓ガラスに映った姿を確認するまでもなく分かっているから、リザは小さく溜息を吐いて、それから今も仕事をしているであろう上官に
思いを馳せた。
ロイは毎年決まってこの日にリザを休ませようとする。
わざとらしく頼みごとまで申しつけて、だ。
リザ自身はあまり乗り気ではないものの、しかし強引な手口の裏側にあるロイの気遣いを無碍にもできないから、結局はテロ予告でも入らない限り
休みをとってしまうのである。
今年も同じだ。
秋も終わりを迎える、今日この日。
今日はリザの父・ホークアイ氏の命日である。
道標とともに
一年ぶりに訪れた生家は例年通りの荒れようだった。
埃まみれになる前に隣家へ挨拶を済ませ、それから掃除を始めるのも例年通り。
本音を言えば引き払ってしまいたいのだが、田舎の荒れ家など買い手がつかないだろうという諦めと、大量に遺された錬金術書の処分に困って、実現する見通しは立っていない。
特に錬金術書はロイが「ある程度腕の立つ錬金術師なら喉から手が出るほどほしい逸品ばかりだ」などと言うものだから、その価値がまったく分からないリザは
怖くて手も触れられなかった。
だからこそロイにすべて譲りたいと思っているのに、遺産だからリザが所有すべきだと、妙なところで生真面目な彼は首を横に振るばかりで。
有効活用されない方がよほど可哀相ではないかと考えつつ、それでもロイ以外に譲るつもりもアテもないリザに残された道は、やはり現状維持だけなのだ。
クモの巣を払い、ハタキをかけ、テーブルや棚の上を拭き、ホウキで掃いてから固く絞ったモップをかける。
汲んできた井戸水はすぐに真っ黒になった。
掃除はだいたい2時間ほどで終わったが、列車での慣れない移動と、それ以前に早朝から自宅の掃除を済ませてきたこともあってすっかり疲れてしまった。
しかし休むことなく身支度を整え、リザは家を出る。
向かった先は 父母が眠る共同墓地だ。
東部の中心地・イーストシティの足元には到底及ばないものの、駅の周辺はそれなりに移り変わりが見られものだが、しかし墓地は墓石の数が増えただけで特にこれといった
変化はなく、リザがまだほんの少女だったころと変わらない物悲しさを漂わせながらリザを迎える。
父親の墓石もまた、変わらずにリザを迎えた。
「今年も来ました・・・、父さん」
たいして献金もしていないというのに、父母の墓の周りも雑草ひとつなく整えられている。墓地の管理を一手に引き受けてくれている村長の温情に感謝しつつ、
リザはふたりの墓へそれぞれ献花を供えた。
吹き抜ける風。葉の落ちた木の枝がぶつかり合い、カサカサと音を立てる。
冷たい墓石は、しかしそのまま生前の父親のようだ。
「先日、少尉から中尉に昇進しました」
軍人になりたいと言った弟子に大反対し、あと少しのところで破門するところだった父親のことだから、娘にこんな報告をされても嬉しくないだろうけれど。
「マスタングさんは・・・大佐にご昇進されましたよ」
瞳を閉じれば、浮かんでくるのは父親の顔だ。
やせ細り、頬は痩け、目元が窪み、その所為で余計際立つギョロ目が異様な光を放つ、幽霊のような顔。その、何があっても変わらない無表情がじっとリザを見つめる。
何をしているんだ、お前たちは、と。幻聴さえ聞こえそうだった。
「・・・・父さん」
軍の謳う体のいい言葉をあっさりと信じ、その果てにイシュヴァール人たちを虐殺したのはリザ自身である。
軍は信用できないと否定的だった父親の論も、今なら理解できる。
悔いが晴れたことはないし、これからも晴れることはないだろう。それは即ち、一生背負う重い十字架であるのだから。
「・・・・・、・・私は 」
士官学校の卒業とともに軍属から離れることもできた。現にイシュヴァールへ駆り出された学友の何割かは精神的な理由で正式な軍への入隊を断念している。
それが悪いことだとか弱いことだなどと、リザは決して思わない。
それでもリザ自身が次世代の幸福のために軍で手を汚し続けることを選んだのは、ロイが軍を続けていたからだ。
誰よりも志高くありながら、イシュヴァールで誰よりも地獄を作りだしたロイ。
焔の錬金術師。
心に傷を負っていないはずがないのに一生軍にいると言った言葉を反故にすることなく、下士官の先頭に立ってイーストシティの治安改善に励んでいると聞いた
ときから、リザはロイの下で働こうと決めたのだ。
結果、賭けは見事に成功した。
あの殲滅戦を経てもロイは変わらずロイのままで。
一度粉々に砕かれた理想を、それでも直実に追い続けるから。
だから・・・
「私は、あの人と往きます」
ロイが道を踏み外さない限り、どこまでも付いていく、と。
補佐官として背を任されたときに固めた決意を、リザはあの世で嘆いているに違いない父親の墓の前で改めて誓うのだ。
列車がシティ郊外に差し掛かったころには、辺りはすでに真っ暗だった。
リザとしてはもう少し早く帰ってきたかったのだが、生家に戻ることなく墓地からそのまま駅に向かったり列車を乗り継いだりと時間の無駄を省いたにも関わらず
遅くなってしまったのは、そもそもロイからの頼まれごとにひどく時間を費やして、墓参りの時間自体が遅かったからである。
すっかり凝り固まってしまった筋肉に苦笑しつつ、リザは列車を降りた。
すぐに家に帰ってゆっくりシャワーを浴びるか、上官の書類仕事の進捗状況を確認しに司令部へ顔を出すかで迷う。
そして、やはり一度司令部へ行こうとリザが駅を出た、そのとき。
「中尉」
不意に呼び止められ、リザは耳を疑った。
聞き間違いようもない声。しかし、ここで聞こえていいはずがない声。
パッと視線を巡らせると目的の人物はすぐに見つかった。
リザの左前方5メートルほど先、大通りの端に止められた軍用車に凭れるように立っている男 ロイだ。
「何をされてるんです、こんなところで!」
「何って・・・君を待っていただけだが」
悪怯れた様子もなく答えるロイに、慌てて駆け寄ったリザの眉根がギュギュッと寄る。
しかしリザは諦めたように溜息を零してさっさと運転席に乗り込もうとした。
ここで問答を繰り返している分だけ上官を危険にさらすことになるのだ。肩章さえ見えなければ佐官だと気付かれないロイは軍服どころか私服であるし、
互いに私服であることを考慮してリザも初めから階級を呼ばなかったのだから、すぐにこの場を立ち去ればいい。
それなのに運転席側へ回り込む前に助手席へ乗るようロイにエスコートされてしまったものだから、リザはしぶしぶ助手席に乗り込んだ。
程無くしてロイも運転席に乗り込んでくる。
「不服そうだな」
「当然です。なぜ貴方が運転するんですか。第一、仕事は ・・」
「・・・誤解のないように言っておくが、サボリではないぞ。優秀な副官がいない所為で決裁書類が私のところまで上がってこなかったんだ」
「・・・・・」
真相は判然としないが、明日の業務が多忙を極めるのは間違いないだろう。
痛みを訴えるこめかみを押さえたところで、リザはふと思い出した。
手持ちの鞄から取り出したのは、紙袋に入れた一冊の錬金術書だ。
「頼まれていた本です」
「ん? ああ、ありがとう」
表紙を確認したロイは紙袋ごと本を一度リザに返し、エンジンをかけた。
車はゆっくりと走り出す。
運転に集中するロイの横顔を横目で確認して、リザは小さく溜息を吐いた。
書物で溢れかえっている書斎からこの錬金術書一冊探すのに、どれだけ時間を費やしたことか。
錬金術師なら暗号のような難解な規則性をもすぐに解き明かし、一発で目的の本を見つけることができるのかもしれないが、残念なことにリザは父親のお墨付きの
錬金術音痴なのだ。書架の隅から隅まで探し回って、床に平積みされた本の中からようやく見つけ出してきた。
ロイはリザの休みが確定すると決まって「師匠の本を貸してほしい」と言う。
毎年、一冊ずつ。
生家へ行ったのに墓参りもせず本だけ持って帰ってくるはずがないのだから、それがどうしてもリザに墓参りへ行ってほしいという思いの表れであることは
リザも気付いている。
誰も、行きたくないなどと思っていないというのに。
「大佐」
だから、リザは少し困ったように言うのだ。
「お心遣いには感謝しておりますが、口実を作っていただかなくても年に一度の墓参りくらい行きますから・・・ご心配なさらないでください」
「何のことだね?」
「言葉通りですよ。それに、錬金術書のことは何も分かりませんから、必要なものだけでも貰っていただけると助かります」
「・・・わかった。君がそこまで言うなら考えよう」
「ありがとうございます」
リザはホッとした。
その安堵感は焔の錬金術をロイに継承し終えたときのものとよく似ている。
リザにとって錬金術は銃よりも重く、その重責を分かつ相手がいることは何よりの救いである。
その相手はロイがいい。・・・・・いや、宝の山も同然であろう大量の錬金術書を前に我慢ができず、数分としないうちに必要・不必要の判別作業
が中断しようとも、ロイでなければだめなのだ。
片付けの際にはロイに見張り役をつけなければ、とリザは考える。
「 そのときはふたりで師匠の墓参りでもするかね?」
だから、予想外の提案に驚いたリザは思わずロイを振り仰いだ。
ただでさえ忙しいロイがリザと休みを合わせてイーストシティを空けるなど、向こう三年は確実に無理だろう。・・・・・いや、上に登れば登るほど時間に制約がつき、
東部からも離れることになるだろうから、それこそロイが国の在り方を変えるまで無理かもしれない。
「・・・ええ、ぜひ」
しかしロイの態度に冗談めいた雰囲気など微塵も感じられなかったから、リザはそっと頷いた。
ロイは必ず野望を叶えると、リザは信じている。
そのときまで絶対に守り通すのだと決めている。
大切なのは時間ではなく、そこなのだ。
リザの返事に満足したのか、ロイは口端をグイとつり上げた。その、まるきり素直な反応にリザも唇を綻ばせる。
それ以降は私的な話題など出なかったが、それでも溜まった疲れが和らいでいくのを、リザは確かに感じていた。
fin.
2010/ 6/11 up
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