食後の読書はロイの日課のようなものだった。それはリザもよく知るところで、リザ自身も雑誌を捲ったり、ハヤテ号を構ったりして過ごしている。
いずれも軍務とはかけ離れた、穏やかな時間。
しかし・・・
この日、知識の世界から戻ってきたロイは、全身の血が音を立てて引いていく感覚をまざまざと記憶に刻みつけられたのである。
生命の赤
それは軍人になると決めたときから、決して無縁ではなくなった。
士官学校時代は擦り傷が絶えなくて。
新米時代もそれなりに怪我をすることが多く。
イシュヴァール戦ではそれに加えて肉が焦げる臭いが切実に神経を蝕んで。
イーストシティに戻ってからも現場に出ることが多かったから、幾度となく目にしてきた。
鮮血の 赤。
最近は自身のものより他人のものを見るばかりだ。そこには信頼できる部下たちのものも含まれているし、ロイの安全を念頭に置いて行動するリザはどうしても
一番に名が挙がってしまうほど頻度が高かった。
それでも、軍服を纏っている間はやむを得ないとロイも考えている。
リザが渡ると決めた血の河には、彼女自身が流した血も含まれているのだ。
ロイに譲れないものがあるように、リザにも譲れないものがあることを、ロイはよく知っている。そして、その向かう先がよく似ているからこそロイはリザを
止められないし、むしろ優秀な腕を頼りにしていた。
だが、上官と部下という関係は軍服の上から纏うものだ。
ほぼないに等しいけれど、せめてプライベートのときだけはリザが血を流すような事態が起きないよう、配慮してきたというのに ・・・
注いだ視線は、リザの指先に釘付けである。
正確に言うならば、右の人差し指と、親指。
「 リ、ザ・・」
「はい?」
ロイの口から思わず零れた名前に反応し、リザはロイを見遣った。
そして気付く。自分の指先を見つめる蒼白の顔面と、顰められた眉。そして・・・昏い影を落とした瞳に。
しかし、リザはあえて気付かないフリをした。
「ロイさんも食べます?」と、わざと外した質問を投げかける。
「市場で売られていたんですよ。潰れてしまったものもありますけど・・・」
薄く笑んだリザは、器の中の小さな果実に指を滑らせた。
果汁がリザの指先に纏わりつく。それを見ていたロイは再び眩暈を覚えた。
紫黒色の本体からは想像もできない、果汁の鮮烈な赤。その、苺などとは比べ物にならない赤は、いっそ憎らしいほど酷似していた。
ヒトの体内を巡り、命を紡いでいる 赤い液体に。
ロイだって、もちろんそれが血でないことくらい理解している。
しかし、胸の内がざわりざわりと不快に騒ぐのはどうしようもない事実なのだ。
我慢がならなくなったロイはリザの右手首を掴むと、躊躇うことなく人差し指を口内に招き入れた。
少し苦味がある独特の甘酸っぱさは、やはり血の味とはまったく違う。
それでも丹念に舌を這わせ、時折吸って、味がしなくなるまでしゃぶり続ける。
人差し指の次は親指だ。
瞼を伏せ、一心に舐めている間も、リザは静かにロイを見ていた。
「・・・・・・ただのマルベリーですよ?」
チュッと音を立てて唇が離れたあと、リザは少し呆れた声でそう告げた。
昔は近所のおばさんからマルベリーをもらうと、よくジャムにしたものだ。ホークアイ氏の弟子であったロイの好みにも合致していた、懐かしい味でもある。
その懐かしさに惹かれて買ってみたというのに、ロイがここまで予想外の反応を示すとは思わなかった。
もちろん、理解に感情が追いついていないだけであることはリザも分かっている。
しかし、ロイは優しいから。
他人の・・・・特に親しい者のこととなると、必要以上に心を痛めることもリザは知っている。
リザ自身がロイの中でちょっと意外なくらい大きな存在になっていることも。
イシュヴァールでの虐殺が、どれだけロイに影を落としているかも。
でも、だからこそゆっくりと表情を綻ばせたリザは、器の中のマルベリーをひとつ摘まみ上げ、ロイの口許に運んだ。
「懐かしいでしょう? ・・・ジャムにすると本当に綺麗な赤で・・・・・めずらしく父が興味を示して、味見をして・・・私にとっては幸せな想い出です」
安心させるように軽く頷いて、なかば強制的に開けさせた口の中へ放り込む。
「貴方がいて、私がいて、昔懐かしい味を楽しむ 贅沢すぎるくらい、幸せなことだと思いませんか?」
赦されることのない罪を犯したけれど。
けれど、それ以前の幸せまで罪の色に染める必要はないだろう。
いや、犯した罪の重さと幸せの輝きのどちらをも心に留めておかなければ、次世代へと渡す幸福な未来は実現しないはずだ。
自らの幸せを忘れた者が、他人の幸せに聡くいられるはずがないのだから。
「・・・・・そうかもしれないな、リザ・・」
まるで溜息に似た、吐息混じりの返事をして。
そしてロイは口の中に残った甘酸っぱい味を噛み締める。
それはリザの言うとおり、師の家で味わったものと同じ、懐かしい味で。
愛しい存在が変わらず傍にいてくれる歓びを、ロイは確かに感じていた。
fin.
2009/ 9/ 7 up
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