黒い忠犬が鎮座する扉の向こう・・・
 ハボック、ブレダ、ファルマン、フュリーの4人の視線の先には、 報告書に目を通しながら渋い顔をするロイ・マスタングがいた。

















   cagion del mio tormento

















 アメストリスは新年度を迎え、国軍でも新たな士官学校卒業生や一般募集兵たちが期待と不安を胸に 日々訓練や雑務中の雑務をこなしていた。
 ここ東方司令部も御多分に洩れず、新人たちを迎えて早一週間。 今日も彼らが練兵場で先輩たちに扱かれ悲鳴を上げていた・・・が、 今はもう終業時間を越えているため辺りは静けさを取り戻している。 しかし、心地よい静寂なんて発火布で吹き飛ばしてしまいたいくらい、ロイは機嫌が悪かった。


 事の発端は2週間前。
 司令部の最高司令官グラマン中将からロイ・マスタング大佐へと重大な命令が下ったのだ。曰く、
「もうすぐ新人君たちを迎えるでしょ? そこで、3週間後に『新人君いらっしゃいの会☆in東方司令部!!』をやろうと思うんだけど、 マスタング君、部下と協力して何か出し物やってね」
と。
 チェス盤越しに向かい合いながら事も無げに言われた命令にロイはここ最近ずっと頭を悩ませていた。 命令が下った日から毎日部下たちに報告書を提出させては、通常業務終了後に執務室に皆で篭もり計画を練る。 もちろん内容がバレると面白くないということで、ハヤテ号に門番の代わりをさせ人払いをさせる徹底振り。 今日も今日とてロイと愉快な部下たちは執務室で歓迎会の準備を             ・・・


























 している筈がなかった。


































 実は現在、ロイ以下、司令部の精鋭数名はグラマンからの命令により、極秘で「ある件」について調査を行っていた。
 その「ある件」とは「東方司令部内における、不正薬物の動向」について、である。
1ヶ月ほど前から兆候が見られ始めたばかりだが、側近がその情報を掴むとグラマンの動きは早かった。 さっさとロイに全てリファー。横行している薬物の種類から、元締めを調べた上での一掃までも任せてしまった。
 即決・即行動の理由は簡単。
 程なくして迎える新人はいいカモになりやすいからである。
 彼らは新しい環境に適応するまで精神的に安定しにくく、心に歪みが生じやすい。 周囲に頼れる人もいなければ、全てを曝け出して話し合える仲間もいない。 正に付け入る余地が満点の存在なのである。 今は薬物拡散の勢いが弱くても、放置しておけば志高く入隊してきた者たちが餌食になるのは必至。 そんな事態だけは絶対に避けたい、とグラマンは考えていた。
 ロイとて同じである。
 グラマンとほぼ同時に情報を耳にしたロイは、内密にリザに探らせながらもグラマンの出方を見守っていた。 そこに来た極秘任務。 やる気が出ないわけではない。
 ない、のだが。












「どうしてお前たちは歓迎会の出し物まで一緒に書いてくるんだっっ!!?」






「え、ですが表向きは『いらっしゃいの会☆』の出し物を内密に考えてるってことになってますし」
「せっかく中将がいい隠れ蓑を用意してくれたのですから」
「一応そっちもやっとかなきゃ、なぁ?」
 そう、4人は律儀にも歓迎会の出し物まで報告書に認めてきたのである。
 グラマンが「3週間後に」と言っていたということは、3週間以内に収めなければいけないということ。 ロイとしてはただでさえ時間がないのだから任務の方をしっかりやれ!と思っているのだが、 部下たちは「あの中将だから本当に歓迎会をやりかねない」と考え、一応いくつかの案を上げておいた。 それがロイをご機嫌ナナメにする要因の一つであったりするのだ。
「大体、何故お前たち全員が『発火布で指ぱっちん』などと書いてあるのだ!?私の焔の錬金術はそんな安価なものではないぞ!!」
「でも大佐の錬金術が一番派手なんスよ」
「でもちゃんと他の案も書いておきましたがね」
「『ブレダ少尉の腹踊り』とか」
「それはあまり見たくないのですが・・・」
「『ブラックハヤテ号に芸をさせる』ってのは?」
「犬ダメ!!犬怖い!!」
「・・・というより、中尉に怒られませんか?」
 フュリーの一言で一同の騒ぎは収まった。確かに、愛犬を出し物というか見世物にするなんて、リザが許すはずないだろう。 提言しただけで軽くライフル銃くらい持って来かねない。
「・・・・・・くだらない話は終わりにしよう。いざとなったら私の錬金術でもいいが、着火対象物はお前たちだからな」
 えぇっ!!?と部下が声を合わせて抗議の色を見せた。が、ロイは完全に無視して時計をチラリと確認する。
          そろそろリザが戻ってくる時間だ。


 本日、リザは別件で外に出ている。この忙しい時に・・・と思いつつも、中央のお偉方からの命令だ。 送り出す方も送り出される方も甚だ不満ではあったが、「数時間で済む用件です。すぐ戻りますから」とリザは司令部を後にした。 それももうすぐ戻ってくる。意味のないバカ話をしているところに帰って来られては後々面倒なので、会話は強制終了しておくに越したことはない。 ただでさえ麻薬の件に進展が見られず八方塞がり状態の現状。不用意に怒りを招くようなことはしたくなかった。
「では本題に戻るが、ハボック少   ・・・」








   バンッ!!








 余りの大音量に、全員反射的に臨戦態勢をとった。響いたのは銃声ではなく執務室の扉が開いた音。 しかしその音量と荒々しさは、一瞬テロリストの襲来を受けたかと疑うほどのものだったからだ。
 走る緊張。
 だが、向けた視線の先にいたのは・・・・・


「・・・ちゅ・・・・・中尉・・・?」


 東方司令部鉄の女、リザ・ホークアイ中尉その人だった。










 リザがあれほど激しく扉を開けるところなど想像できないが、目の前にいるのは確かにリザである。 メンバー以外が近づいたら吠えて知らせるよう言い付けられているハヤテ号が、吠えるどころか尻尾を振っているのが 何よりの証拠だ。
 だが、纏う雰囲気がいつもと違う。 お馴染みの青い軍服ではなく、私服姿な所為もあるだろう。若草色をした七部袖のブラウスに スーツのようなダークグレーのスカート。 髪が下ろされている所為で輪郭は少し隠れ、ぱっと見ではリザだと判らないかもしれない。
 しかし・・・もっと別の何かが決定的に違う。一同が臨戦態勢のまま緊張を崩せない何かを、今のリザは有していた。








バタンッッ!!








 開いた時よりも数倍大きな音を立てて扉は閉まる。 唖然・呆然とする5人だったが、一番早く冷静になれたのは、やはりロイだった。
「ご苦労、中尉。丁度今から検討を始めるところだ。疲れているところを済まないが君もすぐに       
 しかしロイの健闘も空しく、言葉は中途半端な余韻を残して終わってしまった。続きは全てリザの口の中、である。
 そう・・・・・リザは圧倒的なオーラを纏いながらロイに近づき、その両頬をそっと包み込みむと、ロイの唇に自分の唇を重ねたのだ。




 突然の出来事にロイは眼を瞠った。だが、リザは構うことなく唇を合わせる。
「ちょ・・っ・・・・・中・・・」
 静止の声はむしろリザには好都合だったようで、生じた隙間からリザの紅い舌がロイの口内に滑り込んだ。舌を絡められて、指の先まで快感が駆け抜ける。 肩を押してリザを引き剥がそうとしたロイの動きが、鈍った。
 室内に響く、水音。
 唇が少し離れる度にリザが零す、鼻に掛かった甘い吐息。
 はじめは戸惑っていたロイも、今では積極的にリザを攻めているのは間違いないだろう。リザの肩に置かれていた手はいつの間にかリザの腰を支えているし、 何度も角度を変えて、キスは繰り返される。
 一方の部下4人は、動くことも視線を逸らすことも出来ず、目の前で繰り広げられる上官2人のキスシーンを、ただ傍観し続けていた。 2人の口付けは映画のワンシーンよりも情熱的で、扇情的。フュリーは熟れたトマトよりも真っ赤になり、 ハボック・ブレダ・ファルマンは固唾ではなく、思わず生唾を呑み込んだ。




 時間の感覚が麻痺するくらいの時間が経過した頃、満足したのか、リザはロイから唇を放した。キラキラ輝く銀糸が名残惜しそうに2人の間を繋ぐ。 それを見たリザは眼を伏せて銀糸を辿り、もう一度ロイの唇に軽い口付けを落とした。
 2人とも、息が荒い。だが、リザはあまり気にした風もなく、ロイの首筋に頬を寄せ、しなやかな指を軍服の襟元に掛ける。肌を掠めた指先に、体温がまた上昇した。 この分では確実に執務室内の温度も上昇しているだろう。
「・・・・ロイさん・・お願い・・・」
 色を含んだ小さな声が、大気を震わせる。それは空気に溶ける息のように小さな呟きであったのに、静か過ぎる執務室では全員の耳に届いた。
「・・・・・・・・抱いて・・?」
 ロイの耳に直接吹き込まれた最後の一言まで、全て。


 あれほど頬を紅潮させて慌てたロイは初めて見た、とは後日談だ。
        こ、ここでか・・!?」
 思わず声を荒げたロイへの返事のように、紅く染まった耳朶をリザは甘噛む。引き締まった背を這う手が熱っぽく感じられて、ロイは眩暈に襲われた。
 だがそれと同時に、その手が細かく震えていることに気が付く。
 すると途端に頭の中がクリアになって、現状打開と事件解決に向け思考を巡らせている己を自覚し、ロイは内心苦笑した。
「お前たち、出て行けっ!!」
 それまで呆然と事の成り行きを見守っていた4人が、ロイの大声で途端に正気に還ったようだ。蜘蛛の子を散らしたように部屋から飛び出ていった。「ぎゃー、犬怖いー!」と某犬嫌いの 絶叫が聞こえたが、残った2人には関係ない。扉が閉まるのを確認してからリザの肩をそっと押すと、意外にも従順にロイから離れる。覗き込んだその眼は潤み、 焔が揺らめいていたが、どこか虚ろで焦点が定まっていない。まるで熱に浮かされているような眼に、ロイは舌打ちをしそうになったが、それは内心に止めておいた。 事情聴取の方が先だからだ。
「ではホークアイ中尉、報告を」
「・・・・氏名は未確認ですが、東方司令部所属の・・准尉です。場所は、司令部西棟2階、の給湯室。紅茶に・・混入させて、相手に、摂取させる方法・・・でした」
 ロイの有無を言わせぬ強い命令口調に、リザは息を乱しながらも懸命に答える。極限状態であるはずの今のリザを突き動かしているのは、軍人として、部下としての矜持だろう。
「それで、被疑者の特徴と現況は?」
「中肉中背、20代半ば・・・飴色の短髪に、モスグリーンの眼の、ヘビ顔・・です。・・っ、咄嗟に薬缶を投げて、熱湯と薬缶の両方で、全身・・火傷を負わせました。今は、恐らく医務室、かと・・・」
「よし、十分だ」
 ロイは満足そうに頷くと扉の方へ顔を向けた。
「お前たち、そこにいるのはわかってるんだ。入ってこい」
「あ、バレてました?」
 当たり前だ、馬鹿者。と眉間に皺を寄せるロイが気配に聡いことを理解していながら、ハボックたちは顔を出した。 4人はずっと執務室の外で聞き耳を立てていたのだ。2人きりになってからの会話に婀娜めいたところがあるどころか、その内容に一同驚いた。 どうやらリザはその身を以って、不正薬物の件を解決する糸口の可能性を掴んでしまったらしい。


 つまり、リザはヘビ顔男に媚薬を飲まされたようなのだ。


 確かに・・アレも麻薬と言えば麻薬。リザが平静を失ってロイに縋るくらい効果覿面なのだ、どうせ合法的なブツではないだろう。 ロイたちが想定して追っていたものと多少毛色は異なるのだが、もしかしたらこの媚薬こそが今回追っている不正薬物なのかもしれないし、 媚薬を足掛かりに別の薬物に行きつくかもしれない。リザが媚薬を飲まされたことに何時ロイが気付いたのかは疑問だが、 それを口にするのは野暮というものだろう。4人は整列し直し、司令官の指示を待った。
「ハボック・ブレダ両名は不届きな男から情報を一つ残らず吐かせろ。くれぐれも殺すんじゃないぞ。 ファルマンは背後にいそうな人物と経路を探れ。フュリーは裏に車を回せ、すぐにだ」
 そして膝の上にいるリザに「もう少し我慢してくれ」と耳打ちし、やはり司令部内で副官を抱き上げることは憚られたのか、自力で歩けることを確認してからリザを立たせ、 ロイ自身も立ち上がると、すばやく扉の方へ向かった。リザも覚束ない足取りながら、副官としての定位置に就いて後を追う。


 が、ロイはふと立ち止まった。
「連絡は緊急の場合を除き、絶対に入れるなよ。明日の午後には顔を出す。それまでに可能な限り情報を洗っておけ」
 どす黒いオーラを纏いながらロイは後方を振り返る。その眼は殺気立った気配を含み、吊り気味の眼をさらに鋭く彩っていた。
「3日以内に片をつけるぞ」
「「「「 Yes, Sir! 」」」」
 乱れのない部下の最敬礼に頷き、今度こそロイはリザを伴って執務室を後にした。































「・・・・こ、怖かったです、さっきの大佐・・」
「いや、あれが大佐の本性だろ」
「それよりフュリー曹長、車を回さなくてよいのですか?」
「あぁ!いいいい行ってきますっ」
「曹長も貧乏くじだな。あの2人送ってくなんて」
「俺たちも今日は帰れそうにねーけどなぁ」
「取調べ、ですか」
「『殺すな』、だろ?」
「やっぱ『死なない程度に殺しとけ』って聞こえたよな?」
「「もちろん」」
「それにしても、やはりあのお二人はそういう仲だったのですね」
「「・・・何を今更」」






















































 不正薬物一掃がロイの手によって完遂したのは、彼の宣言通り、それから2日後のことである。


















































fin.

















2007/5/26 up