「え〜、それだけ〜〜?」 ジャジャーンとでも効果音をつける勢いで生徒会メンバーの吉報を告げたというのに、それを聞いたニーナの反応が「ふうん・・」というパッとしないものだったから、ミレイは不満全開で唇を尖らせた。 シャーリーから電話をもらったときはミレイだって心底驚いたものだ。失恋した友人の手前、電話口で騒ぐことはできなかったけれど、心境的にはマイク片手におでん屋まで直撃インタビューを噛 ましたいくらいだった。だから「おでん屋に突撃!」とまではいかなくても、ニーナだってもう少し驚くなり、祝福の声を上げるなりすると思っていたのに。 「おもしろくな〜い」とぼやきながら、ミレイは頬杖をついた。 ちなみにここはニーナが通う大学内のカフェレストランで、学生食堂よりも値が張る上に昼食の時間帯から外れているため、人もまばらだ。美人キャスターとして世間に広く顔を知られているミレイが少しくらい大きめに声を上げても人集りができる心配はなかった。 でもそれは同時に、どんなに些細な呟きでも互いの耳に届いてしまう状況でもあって・・・ 「・・・・だってミレイちゃん、良かったって、あんまり思ってないでしょう?」 さも当然のように、しかし諭すような気配を含んだニーナの声は、寸分の狂いもなくミレイの心に突き刺さった。 喉で詰まる、否定の言葉。それが殊更にニーナの言を肯定しているようで、情けない気分になる。 しかしシャーリーのように悟られやすい態度をとったことはないし、彼にとってのお姉さん的存在もしくは揶揄担当だと自他ともに認めていたほどだったから、息を潜めながらもずっとずっと育てていた想いに気付く者など現れないと思っていたのだ。 それなのに、ニーナにはバレていたらしい。『こんな終わり方でいいのか』と暗に問われいることに一拍後に気が付いて、詰めていた息をそっと吐き出した。 ベンチソファーの背もたれにぐったりと身を預ける。 らしくないかもしれないが、どうしてもニーナの貌を直視することができなくて、ミレイは窓の外へと視線を逸らした。 「だれにも気付かれない自信、あったんだけどなぁ・・」 苦笑交じりで零れた呟きにニーナが何を思ったのかは分からない。 でも、「・・・私はミレイちゃんの幼馴染だから」と返してくれたニーナの声はいつもと同じで、ミレイの心は少しだけ凪ぐ。再びニーナへと視線を戻すと、彼女は静かにコーヒーカップを傾けていた。 大学卒業後に大学院へ進学したニーナは、新エネルギーの開拓に携わる研究を続けている。企業や研究機関から頻繁に声を掛けられているようだが、なぜかすべて断っているらしく、恋愛面に 関しては会うたびにそれとなく訊いているけれど、ずっと「今は必要ない」の一点張りだった。 ・・・・・だからだろうか、不意に訊いてみたくなったのは。 「ニーナは・・今、しあわせ?」 別に、就職や恋愛・結婚が人生のすべてではない。もちろんミレイだってそう思っている。そもそも『しあわせかどうか』なんて、たとえ同じ境遇であっても各々の主観によって違うのだから、あまり有意なものではないのだ。 それでもミレイは訊いてみたかった。人生の参考にはならなくても、幼馴染の今を知ることは決して無駄なことではないはずだから。 「私は 「ニーナ! こんなところに居たの?」 「「え・・?」」 レストランカフェの出入口付近から突然上がった呼び声に、ふたりは目を丸くして振り返った。 長い脚を華麗に捌いて近づいてくるのは、とても美しい 「もう、演習室から出るときは携帯電話を持っていきなさいって何度も云ってるでしょう。 シュナイゼル先生がお呼びよ?」 「あ・・すみません、すぐに・・」 「・・・まぁ、お友達さんとの時間も大切だものね。あと30分くらいなら・・」 「あの、私もう帰りますから」 「すぐに行きます」 ミレイはニーナの研究の邪魔をしに来たのではないし、初めから「少しの間だけ」という約束でお茶をしていたふたりは同時に声を上げる。存外真剣な眼差しに圧された男は「あら・・」と目を丸く して、それから優しい笑みとともに「先に行ってるわね」と言い残して去っていった。その後ろ姿を見送りながら、ミレイはしみじみと嘆息する。 「・・・個性的な人ね」 「うん。カノンさんは教授の助手なんだけど、私たちの面倒もよく見てくれるの」 答える間に戻り支度を済ませたニーナは、財布を手に席を立った。「またね」と小さく手を振るミレイに小さく頷き、その場を後にしようとして、しかしくるりとミレイに向きなおる。 眼鏡の奥に宿る深紫色の瞳は、揺らぎもせずにミレイを見据えていた。 「ミレイちゃん・・私、今すごくしあわせよ。利益も成果も関係ない、やりたいって思う研究を自由にしてるし、それを応援してくれる人がいて・・・毎日がとても楽しいの。だから・・・・・」 ミレイちゃんもがんばって。 何か言葉を返す前に、ニーナは踵を返している。すっきりと伸ばされた背は今の彼女の心境をよく表しているようで、無言で見送る眼差しにほんの少しだけ羨望が混じってしまった。 公園を選んだのは、暖房の効いた室内よりも寒い屋外のほうが頭がすっきりするのではないかと考えたからだ。・・・もっとも、それが実際に功を奏しているかといえば、そうでもないのだけれど。 ミレイの『好き』は同時に二方向へ伸びている。ルルーシュを異性として特別に想う『好き』と、弟分として可愛く思う『好き』だ。前者を晦ませるために後者を装っているのではなく、たとえルルー シュの隣でシャーリーやカレンが笑っていても心穏やかでいられたのだから、後者だって本物だろう。今までの接し方に、疑問も後悔もない。 幼いころと比べると、ニーナは随分変わった。引っ込み思案はどこ吹く風だし、人見知りも鳴りをひそめている。ミレイはどちらかといえば幼いころから大人びた性格だったから、目を瞠るような成 長が見られないのは当然といえば当然だけれど。・・・それでも未発達な部分はまだいくらでもあって、幼馴染の眼を通すと特に際立って見えるのかもしれない。『もっと成長しなさい』という遠まわ しな叱咤激励が含まれていたことは、ミレイだって気が付いている。 軽く足を突っ張ると、ブランコはギィッと音を立てて後方へ揺れた。 ブランコとジャングルジムと砂場があるだけの小さな公園は、昔よく遊んだ思い出の場所だ。ミレイは中でもブランコが大好きで、意味もないのに一生懸命漕いだ記憶がある。そのまま空に吸い 込まれそうなくらい大きく漕いで、最後は勢いを殺さずジャンプ、着地、フィニッシュ! ・・・そういえば、最後にブランコに揺られたのはいつだっただろうか。ある日突然ブランコから飛び降りるのが怖くなって、それと同時に魅力が減退し、以降あまり近づかなくなったような気がする。「地主の孫なんだから」と事あるごとに品位を正そうとする母親の言に従ったフリをして。 (成長してないトコロ、か・・) ルルーシュを弟分として好きなのも事実だけれど、でも異性としても好きなら、その気持ちを徹底的に隠すような態度をとるべきではなかったのかもしれない。冒険だ、経験だ、と云って何かに つけてお祭り企画を立案実行していたミレイだけれど、自分自身は地に足のついた、絶対に大丈夫だと確信がもてる冒険にしか挑まなかったように思う。そんなもの、もはや『冒険』とは呼べないのに。 ミレイがブランコを前後に揺らすたびに、キィ、キィ・・と、いつも雨ざらしの遊具は鳴いた。 体重の方もオーバーしているのかもしれない。もう子どもではないのだ。 (モラトリアムはもう終わったのよ) だから・・・・・ 「会長ー!」 親しみを感じさせる間延びした声に、ミレイは我に返った。 垣根が隔てる路地から足早に公園内へ入ってきたのは、リヴァルだ。手に重たそうなカバンを携えて、しかしそれを苦にした素ぶりは微塵も見せない。 仕事かと問えば、扇家の子どもがパンクさせた幼児用自転車のタイヤを直してきたところだという。ヴィレッタが育児に追われているため、出張整備を頼むしかなかったのだろう。彼女の顔には 疲れが滲んでいたけれど、子どもたちに向ける笑顔は優しかったと聞いて、ミレイはなぜか嬉しく思った。 「それで、会長はなにしてるんです?」 「・・・私? んー、今日は季節外れの冬休みをもらったから、いろいろと・・ね。今は思考タイム」 隣のブランコに腰を下ろしたリヴァルに曖昧な笑みを見せてから、ミレイはすぐに視線を外す。 半分ほど沈んだ夕陽は当然のことながら、赫かった。この色は昔も今も変わらないし、これからも変わらないだろう。 ミレイは変化を求められているというのに。 ・・・なのに、変わりたくないところだけは変わっている自分に苦笑が漏れる。 「考え事って、ルルーシュが結婚すること・・・っスか?」 「 云われて、ドキリとした。 完璧な正解ではない。でも、あながち間違いでもない。発端はそのことで、どう行動するべきなのか答えが見つかっていないのは本当だ。だから、「ホント、年下の男の子に先を越されちゃうな んて、ミレイさん一生の不覚だわ〜」と殊更明るく笑って誤魔化そうとしたのに。 強がりを無言で受け止めたリヴァルは、似合わないくらい真摯な貌でミレイを見つめていた。 「・・・・・・・・どう、して・・?」 どうしてリヴァルにまでルルーシュのことを指摘されるのだろうか。学生時代には気付いた素振りなんて、それこそ誰も見せなかったのに。 所どころペンキが剥げたブランコの鎖を握る両手に、力が籠る。 こんな調子でいけば、ほとんどの学友にバレてるのかもしれない 「そりゃあ分かりますよ。本気で好きになったときから、会長ばっか見てますからね」 そして、照れたように笑うのだ。 ミレイは呆気に取られた。リヴァルからこういう告白をされるのは初めてではなく、学生時代はいかにそれを巧く躱すかが腕の見せ所だったくらいだ。なのにリヴァルはまったく挫けないどころか、今でもそんなことを云う。 「・・・会長?」 「ねぇ、リヴァル。私っていつまで『会長』なのかしらね」 「・・へ?」 嬉しいついでに、ちょっと悪戯心を出してみる。しばらくポカンと呆けていたリヴァルは、それでも意を汲んだのだろう、表情をキリリと改めて、「ミレイさん」と再び彼女を呼んだ。 その声色が、調子が、どうしようもなく 「っ、あははっ! やだ、も〜、違和感ありすぎ〜」 ミレイの笑いのツボを直撃した。 もうどんな反応を返してよいものか分からないリヴァルを尻目に、ミレイは肩を揺らして笑う。いくら『会長』と呼ばれ慣れているからといって、ここまで壊滅的に違和感を覚えるとは思わなかった。 スザクあたりからミレイさんと呼ばれても、おそらくここまで過剰反応することはないだろうに。 笑い疲れてぐったりと息を吐くころには、心地よい疲労感だけが残っていた。 1時間ほど悩んでいたあれこれは大洪水のあとのように綺麗さっぱり流れ去っている。今だったらおでん屋を襲撃して、ルルーシュをギュッと抱きしめて、頬にチュッとキスのひとつでもして、「大好きよ!」と叫べそうな気さえした。そしたらきっとルルーシュは迷惑そうに、でもやっぱり少し痛みを滲ませた貌で振ってくれるのだろう。 「会長〜〜〜、一体何が 「よし、もう一回よ。さん、はい」 「・・・ミレイさん」 「っっっ・・やっぱり可笑しい〜」 変わらないことがある。 変わってしまうこともある。 変えようのないことだってあって。 変えなければいけないこともある。 変えたいことがあれば。 変えたくないこともある。 告白してもルルーシュとの関係は深くならないだろうけれど、悪くもならないはずだ。今までの積み重ねとルルーシュの性格から考えれば、予想は確信になるのだから。 そして、もうひとつ。 背中を押してくれた青年に伝えたい、感謝の気持ち。 「ねえリヴァル・・・もしその呼び方に違和感がなくなったらさ、そのときは |