「ナナリーってば、本当にお兄さんとC.C.さんのこと好きなんだね」 席に着いて、早2時間。いまだ止まる気配を見せないナナリーの家族話にずっと耳を傾けていたアリスは、しみじみとそう呟いた。 甘味堂 篠屋 四人掛けのテーブルが5組あるだけの飲食スペースは今現在ふたりの貸切状態で、和菓子の販売スペースにも客の姿はない。きんつばの皿と汁粉の椀は空になって久しく、それでも話が尽きな いふたりのために咲世子がサービスしてくれた霰餅を摘まみながら話に華を咲かせていたところだった。 『そのままのルルーシュ』はそうでもないが、『ナナリーから見たルルーシュ』についてならば大河ドラマの脚本を書けるくらいにはルルーシュのことを熟知している、とアリスは自負している。親 友の兄という、直接的な関わりもなければ特別な感情を抱いているわけでもない人物のことをどれだけ詳しく知っても、アリスには何の余得もない。それでもナナリーが嬉しそうに語ってくれるか ら、ついアリスも熱心に耳を傾けてしまうのだ。 だから自然と口を吐いて出た言葉には悪意もなかったし、厭味でもなかった。 その証拠にナナリーは一度だけぱちくりと瞬きをして、すぐに満面の笑みを浮かべる。 「うん、大好きよ」 「ん、云うと思った」 その笑顔があまりに眩しくて、全力で肯定されることは確信済みだったはずなのに、アリスはちょっぴり苦笑を洩らした。 そして、懸念がひとつ。 脳裏を掠めたのは、暗殺対象を捉えているかのような冷たい眼だ。 (・・・・あーあ、これ絶対に荒れてるわ・・) ルルーシュを本当の兄のように慕い、彼の実の妹であるナナリーをライバル視しているロロ。でも、強烈な擬似ブラコンが意図せず隠れ蓑になっているだけで、ロロがナナリーを特別に想っていることをアリスは知っている。 気付いたのはいつのことだったか。根拠はなかったけれど、ロロとナナリーが話しているのを見ていて、何となくそうなんだろうと思った。その後ナナリーのいないところで直球質問をしたら、一瞬呆気にとられたロロは見る間に赤くなって、そして口外無用を強いてきたのだ。 ロロは攻撃的な人間ではない。ギラギラしたナイフよりも、つるんと穏やかな曲線を描くスプーンがよく似合っている。 それなのにあの日から半年間くらいは、会う度に温度が失せた瞳をすいと細めて牽制されたのだ。余計な口出しはするな、と。その様は名医のメスのようで、スプーンだなんてとんでもない。ギラギラのナイフがかわいく思えたほどだった。 だからルルーシュはおろかナナリーの関心まで一身に集めているC.C.をロロが快く思っているはずがない。トラブルに発展しなきゃいいけど・・とは、結構真面目な心配だ。 「お兄さんも結婚することだし、次はナナリーが幸せになる番だね」 「私? 私はもう充分幸せよ?」 「あー、そうじゃなくて・・・恋人とか結婚とか、そっち方面の幸せ」 「・・・アリスちゃんは考えたりする?」 「私はナナリーの幸せを見届けた後で考えるから。・・・で、どうなの? ナナリー」 「うーん・・今はお兄さまとお義姉さまの赤ちゃんの方が大切かなぁ・・」 「えっ!? ・・・・・・あぁ、うん、そっか」 あまりにも違和感なく云われたものだからすでに赤ちゃんがいるのかと衝撃を受けたアリスだったが、もしそうであればナナリーがもっと積極的に話しているだろうと思い至った。あのお兄さんは そういうこと、もっと計画的に進めそうだし・・と、別の角度からも赤ちゃん説を否定する方針で固まる。 固まってしまえば早いもので、すぐに関心はナナリーへと戻ってきた。 そんなんじゃお嫁に行けないわよ?・・などと、我が身へそっくりそのまま返ってくるような言葉を内心で呟きつつ、かなり望みが薄いロロに合掌すれば、少し頬を染めて睨んでくるロロがリアルに 想像できて笑える。しかし、きちんとナナリーに想いを伝えないロロに非があるのだから、「ふん、ロロの自業自得じゃない」と一蹴する。そして次の瞬間、我に返った。 「・・・・・・・ロロ・・?」 (っ、やばっ・・!!) 一体どのあたりがどのような形で音声化していたのか分からないが、不思議そうに見つめてくるナナリーの瞳から、アリスは自分が良からぬことを口走ったことを悟った。というか、ロロの名は完 璧に出たようだ。今この会話に全くの無関係だった人物の名が出れば、誰だって不思議に思うだろう。 アリスは焦った。 「・・・もしかしてアリスちゃん、ロロのこと好き・・なの?」 「 突然の問題発言に、アリスはガタンと椅子を鳴らして立ち上がるくらい慌てる破目になった。 眉尻を下げたナナリーが「気付かなくてごめんね」と云う前に全否定はしたけれど、「こうだ」と思い込んだら梃子でも動かない頑固な一面もあるナナリーのことだから、早期の段階で誤解は完璧 に解いておくに限る。それなのに巧い言葉が見つからなくて焦っていると、ナナリーがさらに爆弾を投下してきた。 「でもアリスちゃんとロロなら、お兄さまとお義姉さまみたいな仲良し夫婦になれると思うよ?」 「なっ、やめてやめて! ロロと結婚するくらいなら私、絶対にナナリーをお嫁さんにもらうから!」 「・・・え?」 「あ・・」 慌てすぎた所為なのか、途方もなく方向性を間違えて否定してしまったことに気付いたアリスは、どうにかしてルルーシュたちのことに話題を戻そうと口を開きかけたが、ナナリーがちょっぴり 照れた表情で「・・・ありがとう、アリスちゃん」と笑顔を見せたものだから、拒否されなかったことを喜ぶべきなのか、それとも困惑するべきなのか迷った。 喉に引っかかって、声が出ない。 「では早速、ルルーシュ様にご報告しなくてはなりませんね」 「「咲世子さん!」」 不意に聞こえた第三者の声に驚いて振り仰ぐと、煎茶のお代わりを持った女主人がテーブルの横に立っていた。 近づく気配も足音もまったくの皆無だったというのに、いつの間に現れたのだろうか? 御庭番衆の末裔だとか、現代に生きるくの一だとか、必殺仕事人の大ファンだとか、下町では結構本気で噂されている咲世子。その真相は定かではないが、並はずれた身体能力を有することと 相当な天然であることだけは確かなようで、アリスの額には冷汗が滲んだ。 その間にも「ルルーシュ様もきっとお喜びになりますよ」やら「ええ、とても楽しみです」やら、咲世子とナナリーの談笑は和やかに進む。 「ちょっと待って! さっきのはそういう意味じゃなくて・・・!」 ルルーシュとナナリーのことでなら平気で他人に冷たくなれるロロはもちろん、ナナリーを溺愛しているルルーシュも実はちょっと苦手だったりする。なんというか・・・こんなことが実しやかに伝え られたら、ナナリーの傍から徹底的に排除される気がしてならないのだ。 それは親友として・・・かなり痛い。 (どうするかなぁ、もう・・) 恋愛にしても家族愛にしても、誰かを愛する気持ちは人を盲目にする |