思いっきりオシャレをして出掛けたのは、本当に久しぶりだった。 デートの相手は専門学校時代の女友達だったけれど、ショッピングして、ランチして、またふらりとショッピングを楽しんで・・・それだけのことなのに、なんだか生き返ったような気分になった。もち ろん下町での生活に不満があるわけではない。生まれ育った場所で、よく見知った知人のために仕事をすること。それは地域への立派な貢献で、とても誇れることだ。・・・それでも、一時は流行 の最先端と接する日々を送っていたものだから、そういうものに対して身体が自然と反応してしまうのだろう。 夕方から研修があるのだという友人と別れたシャーリーは心地よい疲労感に大満足しながら、駅とは反対の方向へ歩き出した。 せっかくなので、母親におみやげを買って帰ろうと思ったのだ。 やがて見えてきた、緑色のペンキで着色された扉と白い壁が目印の可愛らしいカフェ。テイクアウトもできる種類豊富なケーキはフワッと軽く、どれを選んでもハズレがないため、この辺りに遊びに来たときは寄る習慣ができてしまった店である。 新作のケーキ出てないかなぁ・・などと考えながら扉を開けて意気揚揚と足を踏み入れたシャーリーは、しかし次の瞬間に大声を上げていた。 瞠られたアップルグリーン色の瞳に映るのは、見間違えるはずのない後姿で・・・ 「 「・・・・・・シャーリー・・」 それは確かに、彼女の心の大半を占める男のものだった。 可愛いカフェ。 くるくると立ち上る湯気。 ふわりと漂うアールグレーの香り。 テーブルを挟んで、向かいにルルーシュ。 けれど同時に、シャーリーはものすごく緊張していた。 「久しぶり」「元気だった?」の勢いを殺さずに「あ、お茶でもしてこうよ」と誘って、シャーリーのこれまでやナナリーに関する話題に花を咲かせたまではよかったけれど、カフェの店員が飲み物を 運んできたときに一度途切れた会話を復活させられずにいるのだ。何かきっかけを探そうとしてチラリと様子を窺って、思わずごくりと生唾を飲み込む 想い人の美青年ぶりは健在で、だけど高校生のころにはあまり感じられなかった逞しさが確実に底上げされている。 (逞しさっていうか・・・男らしさ・・?) キャー、こんなときに何考えてるのよ私〜・・と、心中でひとり大忙しなシャーリーだが、記憶の中のルルーシュと目の前に居るルルーシュがいまひとつピッタリと一致しないことも過度に緊張する 確かな原因のひとつだった。今度逢えたら好きだと伝える決心をしたというのに、いざチャンスが巡ってきたと思ったら男ぶりを上げたルルーシュにドキドキしすぎて云えませんでした、だなんて、 情けなくてミレイにも相談できない。 「シャーリー・・・熱でもあるのか?」 「えっ!? あ、ううん、平気!」 「・・そうか? つらかったら無理せずに・・」 「ち、違うの! そうじゃなくて・・私っ、だから・・!」 「すみません、お待たせしましたー」 頭も心も大爆発寸前だったそのとき、突然響いた第三者の声。 ギョッとして顔を上げると、カフェの店員だった。注文していたケーキを運んできたらしく、両手にそれぞれ白い皿を持っている。普段であれば心躍る瞬間だというのに、今日ばかりは恨めしく思 わずにはいられなくて、それでも知らず知らずのうちに乗り出していた身をきちんと椅子に戻す。 そこで初めて気が付いた。 ルルーシュの前に置かれた物体に。 「・・・・・・・・・プリ、ン?」 注文しているときは余裕がなくて聞き洩らしてしまったようだが、ルルーシュの前に用意されたのは紛れもなくプリンだ。カフェからのサービスでラズベリーソースがけのバニラアイスが添えられて いるけれど、皿上のメインは絶対にプリンだ。 プリン・・・プリン・・・プリン・・・ルルーシュといえば、プリン。 次の瞬間、シャーリーは吹き出していた。ルルーシュがちょっと不審そうな眼を向けてきても、笑いは止まらない。 「ルルってば、昔からプリン大好きだったもんね」 変わらないところを見つけた あぁ、私が好きになったのはこの人だ・・と、すとんと胸に落ちる。 だから、云えた。 「ねぇ、ルル・・・私、ルルが好きなの」 迷いはなかった。 今までの慌てっぷりがウソのように消えて、心はこれ以上ないくらいに凪いでいる。 けれど想いだけは際限なく溢れて、溢れて溢れて・・・・・ 「もうホントにずっと・・ずっとルルのこと、好き・・・で・・」 ぽろぽろと、涙が零れた。 本当は知っている。気付いている。解っている。 だからこの告白は、純粋にエゴの塊なのだ。 他でもないルルーシュに、この想いを知ってほしかった。キラキラと綺麗なモノだけで出来ているわけではないけれど、それでも知ってほしかった。もう二度とこんな恋なんて出来ないと思うくらい、一途で、譲れない恋だったから。 でも同時に、ぎこちない関係になるのは嫌だな・・とか、実はすごく繊細で優しいルルーシュを困らせたくない・・などと理由をつけて、逃げたがっていたのも本当だ。 ひどく重い二律背反。 苦しかった。つらかった。泣き出したかった。 「ごめ、っ・・・でも・・っ、あれ? ごめん、っ・・」 ただでさえ独り善がりな心の押し付けをしているというのに、泣いてしまったらルルーシュはもっと困るはず。それはちゃんと分かっているのに、涙が止まらなくてシャーリーはますます俯く。 謝罪の言葉しか出てこないのは、ルルーシュから「ごめん」と言われるのを予期しているからかもしれない。 「ごめん、・・っ、ルル、あのっ・・・ごめ、・・んね」 困るようなこと云ってごめんね。 いきなり泣いちゃってごめんね。 婚約おめでとうって、すぐに云えなくてごめんね。 今すぐに「ただの友達」って切り替えられなくてごめんね。 だから・・・・ (ルルの 『ごめん』・・聴きたく、ないよ・・!) 「 「・・っ、・・・!」 ハッと、顔を上げた。 あまりに本気で泣いてしまったものだから間違いなく化粧は崩れていて、そのことに気付いて思わず顔を背けそうになったけれど、ルルーシュが真っ直ぐ見つめてくるので視線すら逸らせなくなる。 ロイヤルパープルの瞳は少し哀しそうに細められ、しかしとても真摯な光を浮かべていた。 「・・・・・ありがとう・・」 そして何よりもルルーシュの声が・・ありがとうの音色が、シャーリーの心を揺さぶった。 それは今まで聴いたルルーシュの声の中で一番優しくて、記憶の中の父の声以上に穏やかで。 一度引きかけた涙がまた次から次へと溢れてきて、頬を伝う。 「うん・・ありがと、ね・・ルルっ」 でも、もう俯いたりはしなかった。 零れたのは、笑顔だ。 ルルーシュは想いを拒絶するどころか、「ありがとう」と答えてくれた。それがどれだけ嬉しかったかなんて、きっと他のだれにも分からない。それでいいのだ。 この恋はこれで終わりを告げた。 涙はまだ止まらない。 けれど、心は暖かく満たされている。 いつかこの恋が、むかしむかしの話になってしまっても。 ルルーシュがくれた『ありがとう』だけは絶対に忘れない・・と、シャーリーは強く思った。 |