下町の日々 R2・4





 狭い車内には、沈黙が下りていた。

 ハンドルを握っているのは眼鏡の男だ。
 往復し慣れた道でも隙なく目を配りながら、彼はライトバンを走らせる。その、どこか知的な雰囲気さえ感じさせる貌からは感情を読むことができず       だからこそ、助手席に掛ける女の、 感情の高ぶりが浮き彫りになっていた。
 腕を組み、横目で車外を睨んでいる彼女。
 しかし、紫色の瞳は移りゆく町並みなど映してはいなかった。今の彼女の大半を占めているのは愛妹との昨夜の遣り取りで、それ以降彼女はずっとこんな感じなのだ。
 主成分は怒りだろう。それから後悔、不安、哀しみ、焦燥あたりが続く。

「何故、反対されなかったのです?」

 疑問形でありながら諭すような響きをもって投げかけられた言葉に、コーネリアはグッと眉根の皺を深めた。
        頭では理解している。
        ただ、納得していないだけ。

「・・・云うな、ギルフォード」

 一瞥すらせずにコーネリアが告げると、彼は本当に口を噤んだ。
 車内は再び沈黙に包まれる。・・・尤も、饒舌とは無縁のふたりであったから、平素と何ら変わらないのであるが。

「・・・、・・・・」

 お姉さま、お願いがあるの・・と、夕食中にユーフェミアは云った。かわいい妹の頼みとあらば大概のことは叶えてやるつもりでいたコーネリアだったが、次の土曜日に休みがほしいのだと躊躇い がちに告げられて、あまりに予想外のことに驚いた。
 姉妹が営む花屋には、アルバイトなんていないからだ。
 自営業の小さな店だが意外と忙しく、店長のコーネリアは仕入れや水揚げ、配達、結婚式場の花の飾り付けなど、主に外での仕事や力仕事を担当し、ユーフェミアは花の管理や販売など、店 での仕事を担当している。ギルフォードはコーネリアと共に行動することが多いため、店はユーフェミア任せになっている節があった。
 経済状況が思わしくない昨今、無為に従業員を増やすこともできずに汗を流す毎日が続いている。だからこそ、たまには妹を休ませてやりたいと姉心に思うこともあるわけで。
 偶然にも次の土曜日は式場からの依頼が来ていないため、ユーフェミアに休みを出すことも可能だった。決して楽な一日とは云えないだろうが、そんな日もいいだろう      そんな考えで、 とりあえず「休みをやれないこともないが・・・どうした?」と返したコーネリア。するとユーフェミアは頬を染めて嬉しそうに云ったのだ。

『・・・・スザクと、お出かけしたいと思って・・』

 その瞬間、コーネリアは箸を折ってしまいそうになった。
        右手の握力だけで。
 それくらいのエネルギーが全身を駆け廻ったのだから、箸が折れなかったことの方が奇跡に近い。

『スザクとは・・例の枢木スザクか・・?』

 なんとか絞り出した声は、すぐにでも五寸釘を打ちに神社の御神木へ走りそうな雰囲気を漂わせる声だった。それでもユーフェミアは無邪気に笑いながら肯定し、「お休み・・・・ダメかしら?」と 上目遣いで問うのだ。心情的には即刻一刀両断したかったコーネリアだったが、やはり妹に弱い彼女は渋々ながらも許可を出すことになる。
 夕方5時までに帰ってくることを条件として。
 ユーフェミアは彼女らしく大喜びしたが、コーネリアの本音としてはどこの馬の骨とも知れない自衛官の若造などにユーフェミアを逢わせること自体が腹立たしいことであり、今でも全力をあげて 阻止したいと思っている。それでも天がスザクとユーフェミアの味方をしているのか、真っ当な理由を手にすることができないのだ。
 だからこそ募り続ける、不快感。
 そんなコーネリアの心中も、昨夜の遣り取りも知っているギルフォードは、めずらしくコーネリアの言に逆らって静かに告げる。

        いつまでも子どもではありませんよ」
「・・・・・・・・・・解っている・・・」

 答えるまでの空白は、コーネリアの葛藤だろう。
 歳が離れた妹だから余計に子ども扱いしてしまうのかもしれない。
 しかし時の流れは残酷すぎるほど早く、決して止まってはくれないのだ。

「・・・解って、いるさ・・」
「・・・・・・」

 溜め込んだものを吐き出すかのような呟きが車内に満ちた。
 それをしっかりと受け止めてしまったギルフォードにも、出来ることは何もない。 それでも、次の土曜日までに少しでもコーネリアの心が和らぐことを、心から願わずにはいられなかった。



         が、しかし・・・

 デートに着ていく服の相談を持ちかけられたコーネリアの怒りが再び爆発しそうになるのは、それから3時間後のことである。




  第11期拍手 (4月18日〜4月27日)

  ギルネリ編と見せかけて、隠れスザユフィ編