それはまさしく、“信じられないモノを見た”という表情だった。 ぱくりと開いた口からは「な・・・な・・なっ」と声が漏れ、特定の人物に向けられた人差し指は腕ごと小刻みに震えているのだ。相変わらず表情豊かなヤツだな・・と、しばらくその行動を無言で観 察していたC.C.は、しかし開けっぱなしの戸から勢いよく流れ込んでくる冷気まで歓迎する気にはなれなくて、呆れた視線とともに辛辣な言葉を投げかけた。 「アホ面は見飽きた。座ったらどうだ、カレン」 「・・・っっ、なんでアンタが此処に居るのよーーーっ!!」 カレンが働くバニーちゃんパブが最も繁盛するのは金曜日である。 不本意ながらも晴れて指名ナンバーワンになれたカレンをヘルプ役をまわす者など店にはおらず、ラスト間際に指名が入っていない日は早上がり以外の日でも早めに上がれるようになってい た今日この頃。忙しい金曜日でもなければ指名も入っていなかった今夜は久しぶりにナナリーのおでんで日々の疲れを癒そうと思って寄ったというのに。 「 「違う、同居だ」 「どう考えたって同棲でしょ、それ」 まさか引き戸の向こうに天敵とも云える元強力ライバルが菜箸片手に迎えてくれるとは夢にも思っていなかったものだから、驚きも一入だった。 これまでの大まかな経緯を聞いたカレンは、「なによそれ・・」と小さく呟く。 あれだけナナリーを心配させていたルルーシュは存外近くに潜伏していて、しかもいけ好かない元仕事仲間と同棲していて、挙句の果てに婚約はしています、ふたり揃っておでん屋で働く予定 です、だなんて、カレンからすれば馬鹿にされているとしか思えないのだ。心底嬉しそうにルルーシュやC.C.のことを話すナナリーの器の大きさにますます太鼓判を捺しながら、カレンは淡く汁色に色付いたタマゴをじっくりと咀嚼する。 誰に対する怒りなのか。それだけはハッキリとしていた。 ナンバーワンの座をカレンの手から奪い続けていた魔性の女に、またもや惨敗したような悔しさを味わっているのだ。・・・・・別にルルーシュとどうこうなりたいってわけじゃないんだけど、と心の 中でひとり意味のない言い訳を繰り返しながら。 「っていうかC.C.、アンタ本っ当にルルーシュでいいわけ? アイツ根っからのギャンブラーで女たらしでせこくて心狭くてシスコンの割にナナリー泣かせてるし平気で嘘吐くしサボリ・脱走の常習犯だったロクデナシなのよ?そこんとこ分かってんの?」 そのロクデナシの妹がすぐそばに居る手前、内緒話のように声のトーンを落としてカレンが尋ねると、箸で指されたC.C.は「行儀が悪い」と迷惑そうな貌をしながらも、フッと表情を和らげた。 タマゴがきれいさっぱり消えた皿を回収し、がんもどきと昆布を装う。仕上げにナナリー自慢の汁をたっぷりとサービスしてカレンの前に戻したかと思いきや、C.C.はニヤリと笑った。 曰く、「お前、相変わらずお人好しだなぁ」、と。 「っ、な・・な、にがよっ!」 「アイツは充分やさしいよ。お前だって、口で云うほど悪いヤツではないと分かっているんだろう?」 まるで幼子を諭すように、是という返事を促すように小さく首を傾げながらやわらかく笑むC.C.を目の当たりにして、カレンは目を丸くした。パブ時代、普通の客どころか上客にさえニコリともしな かった美貌の魔女が、どこにでもいるような普通の女みたいに笑えるとは思っていなかったのだ。しかも、彼女の婚約者とはいえ男の話をしているときに。 化粧もせず、髪は緩い三つ編み。シンプルな白のタンクトップに、ナナリーとお揃いのエプロン。カウンター越しのカレンから見えるC.C.の装いはそんなものだったが、見ている方の頬が思わず 熱くなるくらい今のC.C.は魅力的で、とても幸せそうだった。これってルルーシュの力・・?と疑問に思いながらも、カレンはカレンらしく「惚気なんて聞きたくないわ」と言葉を返そうとする。 「なぁC.C.〜、今度からバニーちゃんで店に出ればいいんじゃねえの?」 本当に突然、奥で杉山や南と飲んでいた下町の問題児・玉城の、明らかに呂律が回っていない大声が鼓膜を突き抜けていったものだから、カレンは頭の奥で血管がブチ切れる音を聞いた気がした。 着たくもない衣装を着せられ、必要のない化粧までして、男の酒の相手をする毎日。そんな、セクハラまがいの接触を受けることもざらにある世界からC.C.はようやく出ることができたのに。それなのに、何が楽しくてバニー姿でおでん屋に立たなければいけないのか。 無神経にも程がある・・!と、カレンはカウンターをバンッと叩いて立ち上がった。 「ちょっと玉城、ずいぶん勝手なこと云ってくれるじゃない!バニーでなんて出るハズないでしょ!? アンタ、ナナリーのおでんを楽しみに来てるんじゃないの!?」 「・・じょ、冗談だってカレン・・・」 「云っていい冗談とそうじゃない冗談の区別もつかないわけ!?」 今にも殴りかかりそうな勢いのカレンと、完全に圧される玉城。 おでん屋ナナちゃんではすっかりお馴染みの光景だが、実際に目にするのは初めてだったC.C.はきょとんとした表情でふたりを交互に見遣り、・・・・・しかし、すぐに苦笑を漏らした。 この下町は心温まる場所だ。 みんなが家族のようで、誰かのために何かができるパワーを持った人々が居て。 カレンも強くその血を継いでいることを確信したC.C.は、またひとり苦笑する。 「 溜息混じりの呟きは喧噪に溶け込んで、赤髪の友の耳まで届かなかった。 |