おでん屋の二階、畳敷きの六畳一間 原因は半日ほど前から続く、軽いストレスの積み重ねによるものだ。 C.C.本人もそれについてはしっかりと自覚していて、だからこそ溜息と一緒に小さな小さな愚痴が零れる。 お昼過ぎにおでん屋を訪ねたC.C.は、社長兼店長であるナナリーから手厚い歓迎を受けた。 まずはこのお店の味を覚えてくださいね、というナナリーの希望でおでんをご馳走になったのだ。そのあとは仕込みの簡単な手伝いや店内掃除をして、おでん屋の開店後はオーダーを取った り皿を洗ったりしていた。 客は常連が多いらしく、新参者のC.C.は興味津々の眼差しを浴びたけれど、パブに来る客より人柄の良好な者たちばかりで、C.C.は内心ホッとしている。 もっとも、客の目的はナナリーのおでんなのだから、全身を舐め回すような視線を受ける理由がないと言えばない。中には酔った勢いで「お前、ルルーシュの愛人なんだろぉ?」 とニヤニヤしな がら話しかけてきた髭男もいたのだが、バニー時代に磨きをかけた冷やかな視線でC.C.が一瞥を投げると男はキャンキャンと吠え始めて、いつの間にかその話題は終了していた。 だからC.C.はあまり気にしていない。むしろ髭男と、それを必死に宥めようとするリーゼント男の会話が漫才のようで笑えたから、悪い印象は持たなかった。 恵まれた場所に来たのだろうな、とC.C.は思う。 随分と呼吸が楽なのだ。ルルーシュといるときと同じくらいに。 環境あっての人柄なのか、それとも人柄あっての環境なのか、C.C.には分からないけれど。それでも、誰もがC.C.を穏やかに迎えてくれた。 (・・・・アパートを引き払ったのは失敗だったか・・) C.C.がどうしても受け入れられないものも、確かに存在していた。 それが、ナナリーから向けられる眼差しである。 ナナリーはC.C.のことを『お義姉さま』 と笑顔で呼ぶ。幼くして両親を亡くしている子だからなおさら、家族が増えることは喜ばしいことなのだろう。 しかしC.C.はルルーシュの嫁になるためにここへ来たのではない。水商売を辞めたいと思ったC.C.と、働き手を欲したルルーシュの利害が一致しただけ。ただそれだけなのだ。 なのに、ナナリーは何をどう勘違いしたのか無邪気に喜んで、何度も否定しているというのに、さあどうぞと言ってC.C.をルルーシュの部屋に通してしまった。両親が生前使っていた部屋を使え ばいいとルルーシュに言われていたものだから、パブに近いという理由だけで借りていたアパートはすでに引き払っている。いまさら別の部屋を用意するようナナリーに頼めないC.C.は、この部屋 以外どこにも行きようがない。 六畳一間の、ルルーシュの部屋。 入ったのは初めてだというのに、笑ってしまうくらい肌に馴染む部屋だった。 室内には文机と本棚しかない上に、本棚に並んでいるのは統一性に欠いた小難しい本ばかり。押入れは気が咎めたので開けなかったが、ルルーシュのことなので布団と衣装ケースくらいしか 入っていないのだろう。風呂を勧められて一度部屋を抜けたC.C.が戻ってきたらご丁寧に布団が敷かれていたので、布団についてはほぼ間違いない。ちなみに、布団を敷いたのはナナリーで、 どうやら昼間の暖かい時間に干したらしく、数年間押入れに眠っていたとは思えないほどふわふわと暖かく、気持ちがよかった。 しかし、だからこそ余計にC.C.の心は沈んでいく。 ナナリーは完全に誤解しているけれど、きっと数年後には別の女性がこの部屋で過ごすようになる。それが本当にナナリーの義姉になる女性で、しかしそれは決してC.C.ではない。 ボロアパートでは普通に同居生活を送っていたけれど、ナナリーもいるこの家で、事実婚の関係すらないルルーシュとC.C.が同じ部屋で寝起きするわけにはいかないだろう。さらにルルーシュの もとへ嫁がやって来れば、C.C.は住込みで働くことすら許されなくなるかもしれない。 少し残念だな・・と、布団の上で乱雑に髪を拭きながらC.C.はそんなことを思った。 ナナリーはいい子だ。それに、ナナリーほど純粋な好意を向けてくれる者はいない。 おでん屋の常連客も良い意味で気が置けない者たちばかりだから、接客も悪くないかもしれないと感じ始めている。 ・・・そして、なにより。 ここは、C.C.の中の小さな世界を、少しずつではあったけれど確かに変えた男が 「 「・・・・・・、・・・しばらく戻れないんじゃなかったのか? ルルーシュ」 |