下町の日々・7





 ナナリーはこの日をとてもとても心待ちにしていた。


 兄のルルーシュが“ もう少しだけ時間がほしい ”と書置きを残して再び忽然と姿を消したのが10日ほど前のことだ。ロロには『ルルーシュのことをずっと待っている』 と笑顔で言えたけれど、 実のところ、唇を噛んでしまうくらいには残念に思う気持ちがあった。軽い苛立ちと遣る瀬無い気持ちも確かにあって、ずっと胸の内側でぐずぐずと燻っていた。

 しかし、今、ナナリーの心は今までにないくらい踊っている。

 始まりはアーニャの一言だった。大根を届けに来たジェレミア青果店のアーニャが、配達のついでに「ルルーシュが結婚するって聞いた。おめでとう」 と、大量のミカンを置いていったのだ。
 寝耳に水だったナナリーはしばらく呆然として、そのときはとりあえずミカンのお礼くらいしかロクに言葉を返すことができなかった。唐突すぎて驚いた、というのもあるし、下町一の女たらしとして 有名だった兄であるから、イマイチ “ 結婚 ” という単語と結び付かなかったというのもある。しかも確認しようにも兄の連絡先を知らないナナリーにはどうすることもできなくて、抱えてしまったモ ヤモヤは大爆発、アーニャから貰ったミカンを立て続けに5個完食しても晴れることはなかった。
        でも・・・
 ルルーシュの婚約者はすごく美人だとか、兄夫婦はナナリーと一緒におでんの道を極めるつもりなのだとか、そんな話をおでん屋の常連客や近所の人たちからいろいろと聴くたびに、ナナリーの モヤモヤは少しずつ晴れていったのである。恋人とかそいういうことは家族・・特に性別の違う妹には話しにくいものなのだろうし、兄は女たらしと有名な割には純粋・・というか鈍感で恥ずかしが りやな一面を見せることもあったから、私には話してくれなかったのだ      と、そう解釈して。
 さらにその数日後、今度はその兄本人から電話が入ったことも大きな影響を与えた。

『俺はすぐに戻ることができないけれど、代わりに人を遣るから。しばらく我慢してくれ、ナナリー』

 ルルーシュの言葉はたったこれだけだったけれど、ナナリーは大喜びした。
 兄が帰ってくるどころか、義姉まで増えるのだ。店を閉めた後に味わう、ひとりぽつんと残されたような寂しさともお別れできる。そう考えただけで笑顔が弾けた。
 だから・・・・・

「これからよろしくお願いします、お義姉さま!!」

 ナナリーはC.C.の手を両手で握りしめて、彼女を歓迎したのである。



 ルルーシュの頼みで来たのだが・・と裏口の戸を叩いたのは、噂通りの、本当に綺麗な女性だった。
 新緑色の髪はさらさらで、深みのある琥珀色の瞳によく合っている。華奢だけれど女性らしい身体はプロポーション抜群だ。爪も芸術作品のように形が整っているし、肌は真っ白、すべすべの柔 肌。頬の丸みや顔立ちは少し幼さを残しているけれど、纏う雰囲気がナナリーよりも年長であることを伝えてくる。
 C.C.と名乗った彼女は本っっっ当に人形のように綺麗な女性だ。
 しかしナナリーは彼女の容姿より何より、彼女の言葉のひとつひとつに滲む裏表のない性格に惹かれた。
 婚約者の妹であるナナリーに対して全然媚びないのだ。馴れ馴れしいわけではない。でも遠慮がない。そんなC.C.と会話を続けるごとに、この人となら血の繋がった姉妹以上に仲良くなれるとナナリーは確信した。

「うん、美味い」
「ふふふ、ありがとうございます」

 兄抜きでの、とりあえずの自己紹介をしたあと、ナナリーはC.C.に自慢のおでんを振舞っていた。
 まずは大根と厚揚げとゴボ天。店でも人気の三品。
 先の言葉はC.C.が大根を口にしたときに出たものだ。そのあとも彼女は厚揚げに豪快に齧りつき、ゴボ天もペロリと平らげた。その食べっぷりに感化されて、ナナリーも豪快におかわりを盛り付 けていく。そんな、どこか嬉しそうなナナリーをカウンター席で見ていたC.C.は、ふと視線を外して皿の縁に指を滑らせた。

「やはりルルーシュのおでんと同じ味なんだな」
「・・・お兄さまのおでんを食べたことがあるのですか?」
「ああ。あいつは何でも作るが、おでんは特に頻度が高い」
「まぁ・・」
「でも、味はナナリーの方が少し上だ」

 クスリと笑って、C.C.はナナリーに視線を戻した。ナナリーはきょとんと見つめ返すことしかできなくて、おでんを盛り付ける手も止まる。

「素材の良さと、作り手の心の差・・・なのだろうな」

 ぽつりと零された呟きに、ナナリーはハッとなった。
 脳裏を掠めたのは豆腐屋のロロや青果店のジェレミアとアーニャ、魚屋の藤堂と凪沙、それから乾物屋の卜部や金物屋の仙波など、『おでん屋 ナナちゃん』 を支えてくれる人たちだ。「おでんと はこれ即ち、心であ〜る!!」 と言い切った父親と、その隣でにこやかに包丁を研いでいた母親の記憶も鮮やかに蘇る。

「・・・・お義姉さま・・」

 この人が兄の婚約者になってくれて本当によかった、とナナリーは強く思った。
 じわりじわりと眼球上の水膜が厚くなっていくけれど、零さないように我慢する。瞬きの回数が多くなるのは仕方がないことだ。
 それに気付いているのか、いないのか、C.C.が躊躇いがちに言葉を発した。

「ナナリー・・・何度も言っているが、その呼び方はやめてくれないか」
「・・・どうしてもダメでしょうか・・?」
「いや、私はお前の姉ではないのだから・・」
「でもお義姉さまはお兄さまの婚約者なのですから、すぐに義姉になりますよ」
「っ、だから、私は従業員になりに来たのであって、嫁ぎに来たわけでは    
「ええ、解っています。だからそんなに恥ずかしがらないでください、お義姉さま」

 にっこり、という擬態語付きでナナリーは笑い、おでんを大盛りに盛った皿を差し出す。
 ・・・いや、それを『解っている』 とは言わないぞ、ナナリー・・というC.C.の心の嘆きは、ナナリーの心底嬉しそうな笑顔と大量のおでんに阻まれて、音声になり損ねてしまった。


「さあ、たくさん召し上がってくださいね、お義姉さま!」




  第8期拍手 (12月15日〜12月20日)

  ナナリーとC.C.編