下町の日々・5





 ねぎま、つくね、ぼんじり、手羽、ハツ、おまけで軟骨のから揚げ。
 胃袋をこれでもかというほど刺激する魅力的な焼き鳥を目の前にして、しかしカレンは大きな溜息を吐いた。右手には生ビールの中ジョッキ、左手は頬杖。鬱憤を溜めていること間違いなしの彼 女に、同席していた男ふたりの視線が集まる。
 声を掛けたのはリヴァルだった。「どうしたんだよ、カレン、溜息なんて吐いちゃってさ」 と、昔から全然変わらない口調で訊いてくる彼にチラと視線をやったカレンは、しかしまた大きな溜息を吐いた。

「なんかねー、もうホンッッットやってらんないってカンジ?」

 答え方はそっけなくて、ぶっきらぼうだった。しかし言葉の溜め具合が妙に力強くて、リヴァルはこっそりと青くなる。カレンは基本的に明るくて前向きだと知っているからこその反応だ。
 そのリヴァルの隣からぴょこりと顔を覗かせたのはジノだった。カレンの鬼気迫る語調にも動じることなく一貫して好青年ぶりを披露している彼は、「嫌なことでもあったのかい?」 と、リヴァルが 続けられなかった会話を再開させた。度胸あるな、ジノ・・とはリヴァルの胸中だ。
 対するカレンは口をへの字に曲げていたかと思いきや、手にした生ビールを前触れもなく飲み始めた。流れるような勢いで消えていくビール。これにはさすがのジノも目を丸くする。

「ウチの店のナンバーワンが辞めるって言い出したの!!」

 グラスをカウンターに叩きつけたカレンは、心底悔しそうに吐き出した。それでもビールの追加は忘れない。今夜はリヴァルとジノの奢りなのだ、客の金で飲む酒よりも遠慮なく飲める。
 週に一度の早上がりの日、カレンは友人知人と飲むことが多かった。
 中でもリヴァルとジノは良い飲み友だちだ。家業のバイク店を継いだリヴァルと、大手自動車メーカーの販売店で整備士をしているジノ。人間の限界を超えるモノに魅せられた男同士は話が 合うらしく、そこに同じ下町仲間のカレンが加わるという構図である。場所はこれといって決まっていないけれど、『おでん屋ナナちゃん』 か、この焼き鳥屋が多かった。だから店員とも顔馴染みに なっているし、カウンターにグラスを叩きつけても睨まれたりしない。ついでにカレンの仕事もよく知られている。
 もちろん、リヴァルとジノにだって。

「あー、ナンバーワンの子って・・・例の?」
「そうよ。真面目に働いてないのに人気がある、あの変な女よ!」

 今度は豪快につくねを頬張りながらカレンは答えた。そうしている間にビールの追加がやってきて、カレンはまた勢いよくジョッキを空にしていく。その様子を隣の席で見ていたリヴァルは顔を引 き攣らせつつも、はて?と首を傾げた。
 変な女ことC.C.の話はよく聞かされている。仕事の愚痴になると真っ先にカレンの口から顔を覗かせる名前なのだから覚えもするだろう。「絶っ対にあの女を抜いてやるんだから!」 で愚痴が締 めくくられることも珍しくない。だからこそリヴァルの頭の中でクエスチョンマークが増殖していく。
 現ナンバーワンのC.C.が店を辞めれば、自動的にナンバーツーのカレンはトップになれるはずだ。カレンは以前からC.C.に勝ちたがっていた。なのにC.C.が店を辞めると知ったカレンは荒れて いる。いや、ここは喜ぶべき場面なんじゃないの? とリヴァルは不思議に思った。
 その疑問を隣にいるジノにこっそり打ち明けると、ジノは「カレンらしいじゃないか」 と笑った。

「不戦勝ではなく、正面から闘って勝ちたいのさ、カレンは」
「な〜るほど。確かにカレンらしいかも」

 むしろC.C.が指名ナンバーワンのまま辞めると、カレンは勝ち逃げされたような気分を味わうことになるのだ。負けず嫌いのカレンが黙ってるはずないか・・とリヴァルは改めて納得した。
 だったら・・・・・

「引き止めちゃえばいいじゃん、カレン」

 いや、もう店の方で引き止めてるか? とイチかバチかの提案をしてみる。するとカレンは三度目の巨大溜息を吐いてから、正面を見つめたままボソリと答えた。

「店辞めて、おでん屋で働くんだってさ」
「「おでん屋?」」
「人手足んないから手伝ってくれって頼まれたって・・・もうママにも了解もらってるから引き止めても意味ないぞ、って言われたわ」

 用済みの串をプラプラと揺らす姿はまるで姉に構ってもらえなくて拗ねている妹のようだ。しかしそのことに言及できないくらい、リヴァルの頭の中は『おでん屋』 という単語でいっぱいだった。
 おでん屋くらいどこにでもある。それこそ冬になれば屋台だって多く出回る。そう解っているのに、ぱっと最初に出てくるのは馴染み深い『おでん屋 ナナちゃん』 なのだ。近々ルルーシュが実 家に帰って来るという情報があるだけに、リヴァルの中で妙な期待が高まる。

「あ   
「あーーー、ヤル気失くすわ、ホント・・・」

 だからもっと話を深く掘り下げようとして、しかしリヴァルの声はカレンの間延びした声によって掻き消されてしまった。
 カレンが今の仕事を嫌々ながら続けていたことは周知の事実だ。特にリヴァルとジノは愚痴を聞く機会が多かった。それでもカレンがここまで気落ちしたのは初めてのことで、友情に厚いリヴァ ルの心の天秤は、『おでん屋』 よりも『カレン』 の方に傾く。

「カ   
「そんなに嫌なら君も辞めたらどうだい、カレン」

 だからカレン自身に声を掛けようとしたのに、しかしリヴァルの声はカラリと乾いた晴天のようなジノの明るい声によって掻き消されてしまった。
 ジノも少し感覚がずれている・・そう思ったのはリヴァルだろうか、それともカレンだろうか。

「そう簡単に辞めらんないわよ。再就職も楽じゃないんだから」
「それはそうだが・・・花嫁になるのなら難しくないだろう?」
「「え?」」

 それまでの話の流れを完全に無視した単語の出現に、カレンとリヴァルは耳を疑った。ぽかんと口を開いてジノを見遣る      が、やはりジノは超マイペースに笑って、言葉を続ける。


「結婚しよう、カレン!」



 次の瞬間、焼き鳥屋はカレンとリヴァルの大絶叫に包まれることとなった。




  第8期拍手 (11月30日〜12月10日)

  カレンとリヴァルとジノ編、ジノカレ風味