いつものように豆腐と厚揚げと油揚げを届け、いつものように「兄さんは戻った?」 と質問をして、しかしいつもの答えが返ってくるのだろうといつものように諦め半分でいたら、いつもとは異な る返事が返ってきて、ロロは相当驚いた。 同時に湧き上がったのは、怒りだ。 ロロは 『おでん屋 ナナちゃん』 の2軒隣にある豆腐屋の息子である。 一人っ子である彼にとって、幼い頃から それでも数年前まではよかったのだ。 優しい兄が居て、ちょっと気に食わないところもあるけれど、それでも自分を慕ってくれる妹みたいなナナリーが居て、決して愛想が良いとはいえないロロに笑顔で接してくれる同年代の商店街 仲間が居た。変化に富むわけではないけれど、穏やかで心地良い毎日だった。 心の拠り所だった兄は、数年前に忽然と姿を消してしまった。「俺は世界を手に入れる!」って、一体どういうこと? と訊くことさえできずに。 一番悔しかったのは、一緒に連れて行ってもらえなかったことだ。 知略姦計に優れた兄のことだから、世界を手に入れる手段というのも戦争とかそういった表面的で武力的な制圧によるのもではなくて、もっと狡猾かつ効率の良い、例えば政界の影の支配者に なるとか、そういうことなんだろうとロロは解釈している。もし本当にそうであれば、ルルーシュより頭の回転が遅く、ギャンブルなど向いていないロロは足手まといになるだけかもしれない。過去に ロロがルルーシュに勝ったものなんて、小学校のマラソン大会の順位くらいなのだから。 それでもロロはルルーシュと一緒に行きたかった。 だから、ずっと待っていた。兄が帰る唯一の場所 「じゃあ、兄さんは部屋にいるの? 僕も話をしたいんだけど」 「いえ、それが・・・」 はい、昨日の夜遅くに戻って来られたんですよ、とナナリーが殊更明るい貌で答えたものだから、てっきりルルーシュが家にいるものだとばかり思ったロロは、途端に曇ったナナリーの声色に嫌な気配を感じた。 「まさか、兄さん・・」 「ええ。実は・・・」 勝負のこと、結果のこと、これからのおでん屋計画のこと。順を追って話が進むごとにロロの中で新しいナナリー像が生まれては壊れ、生まれては壊れ・・を繰り返していたのだが、やはり最後 の言葉ですべてがどうでもよくなる。 「置手紙を1枚残して、またいなくなってしまわれて・・」 、と。 また置いていかれたのだという事実を突き付けられたことにショックを受けて、ロロは呆然と立ち尽くしたまま唇を噛み締めた。 ロロにルルーシュを止めようという意思はない。 ただ、一緒に付いて行きたかっただけなのだ。 なのに、たったそれだけのことをルルーシュは許してくれなかった。 昔も。そして、今も。 (本当の兄弟なら・・) ナナリーのように本当に血の繋がった兄弟なら、兄さんは連れて行ってくれたんだろうか、とか。 ナナリーのように本当に血の繋がった兄弟なら、僕だって兄さんの帰る場所になれるのに、とか。 いろいろと考えてはみるけれど。 (でも、結局・・) 仮定の上に成り立った空論は所詮、空論にしか成り得なくて。 いつだって取り残されるのは 「もう少しだけ時間がほしい、ですって」 「・・え?」 思わず昏い思考に走りかけていたロロの耳に届いたのは、思いのほか明るいナナリーの声だった。 ロロをまっすぐ見つめる瞳はルルーシュよりも青味の強い紫だ。しかし凛とした強さが宿る瞳は、やはりどこかルルーシュに似ていた。 「置手紙にあった、お兄さまからのメッセージです。時間がほしいってことは、いずれは帰ってきてくださるってことでしょう? だから私、そのときまでずっと待っていようと思うんです」 「・・・ナナリーは待てるんだ」 「ええ、だってお兄さまの妹ですもの。そのためにはロロ、あなたにも頑張ってもらわないと」 「・・え?」 頭の片隅で、今日は驚くことが多い日だな、なんて、どうでもいいことが浮かんでは消える。 「ロロが作った美味しいお豆腐と厚揚げで、私が美味しいおでんを作るの。それをお兄さまにたくさん食べていただくのだから、頑張らなくちゃって思うでしょう?」 そう言って、ナナリーはにっこりと笑った。 手には厚揚げと油揚げが入ったプラスチック製の容器と、豆腐が入ったボウル。それは豆腐屋を継ぐことになったロロが朝早くから丹精込めて作り上げた豆腐と、その加工品だ。ルルーシュが 戻るのを待つのであれば実家に居るのが確実で、だから何となく始めた豆腐作りだったが、今では生活の一部になっていた。 ルルーシュを待つのと、同じくらいに。 「・・・・・ナナリー、兄さんはゴボ天が好きだったよね」 ルルーシュを待っているのだと、自信をもって言えること。そして、その証となるものがあること。それは他人から見れば何でもないことかもしれないけれど、ロロにとっては何でもないことではなくて。 気分は少し、軽くなっていた。 「はい、そうですけど・・」 と不思議そうな貌をするナナリーに向かって、ロロは笑顔を返す。それは晴れ晴れとした笑顔で 「兄さんが戻ってきたらゴボ天よりも僕の厚揚げをたくさん食べてもらうんだから、準備しといてよ」 「まぁ、ゴボ天没収の刑ですね? わかりました!」 今日もおでん屋の裏口では、弟妹の明るい声が響き渡っていた。 |