恋人が居ると思われていたことにショックを受けて、ヤケ酒気味だった先週のおでん屋でのこと。 カレンの話になったので「バニー姿を見てみたい」なんて口にしたけれど、決して本気ではなかった。今になって考えてみると、顔から火が出るくらい恥ずかしく思う。 眼を閉じて真っ先に浮かぶのは、いつだってたったひとりの女性の笑顔だというのに。 半年も花屋に足繁く通っていたが、じっくりと店内を見て回るのは初めてだった。 ユーフェミアはいつも切り花を選んでくれていたからスザクの眼も自然とそちらに向いていたの だが、店内には鉢植えも多い。花をつけているもの、葉を楽しむもの、それぞれに味がある。スザクはそれらを一つ一つ丁寧に見ていった。 切り花はすぐに枯れてしまうから、贈るのであれば鉢植えにしたいとスザクは思った。 花屋で働く女性に花を、しかもその店で買ったものを贈り物にするのは無粋な話かもしれない。しかし何をあげれば彼女が喜んでくれるのか見当もつけられなくて、でも花の世話をしているとき のユーフェミアはとても楽しそうだったから、考えて考えた末にやっぱり花を贈ることにしたのである。 鉢植えには値札のほかにプレートが1枚付いていて、そこには花の名前や特徴、花言葉などが 手書きで添えられている。読みやすいが女性らしく可愛らしい字体を目で追いながら、スザクは店内に鏤められた彼女の心配りを肌で感じていた。先人たちが花に意味をもたせた意味は理解でき ないが、確かに花選びの参考にはなるだろう。花言葉にもバリエーションがあるんだなぁ・・などと感心していたスザクは、ある花を見て、ふと足を止めた。 葉の緑と花の白が鮮やかな花。しかしプレートにある特徴を読んで、スザクは驚いた。 スザクが花だと思った白い部分は花ではなく、本当の花は頂に小さく咲いている星型のものであるらしい。だが、やはりスザクにはぱっと眼に映る白い部分が花に見えて、思わず苦笑が零れる。 それでも、この花がいいとスザクは直感した。 上品で、清楚で、可憐な花は彼女に似合うと思ったから。 「・・・すみません、この花を」 「あ、はい・・」 鉢を持ち上げると、カウンターでミニブーケを作っていたユーフェミアが駆け寄って来た。陶器製の鉢は決して軽くないため少し躊躇ったが、二度とない好機なのでそのまま手渡す。すると、さす が花屋の店員といったところだろうか、彼女は両手でしっかりと4寸鉢を受け止めて、「よろしければ配送致しますよ?」と笑顔を見せた。 その笑顔が少し哀しそうに見えるなんて、ありえない・・とスザクは軽く頭を振った。 「・・・いえ、貴女に」 「え?」 ぱちくりと瞬きを繰り返すユーフェミア。その大きな瞳に惹きこまれる。 だから、迷うことなく言えた。 「自分はその花を、貴女に贈りたいんです」 今までの花も、本当は彼女に贈りたかったのだと、心の中で続けて。 ユーフェミアはしばらく言葉を失くしてスザクの顔を見つめていた。しかしハッと我に返ったように見えた途端、「少し待っていてくださいっ!」 と言い残して店の裏側に駆け込んでいってしまった。 それは言葉を挟む隙もない早技で、何か気に障ることでもしてしまったのだろうかとスザクは困惑しながら視線を彷徨わせる。 だが、スザクの心配をよそに、彼女は1分と経たずに戻って来た。 華奢な手には小さな鉢がひとつ増えている。そのことにスザクが気付いたのは、見覚えのない鉢の方をユーフェミアが落としそうになったときだ。彼女の細い腕で鉢植えを2つも運ぶのは無理 があるのだと考えたのは無事キャッチした後のことで、身体はそれよりも早く反応していた。 ほっと吐く溜息が、ふたりで重なる。 視線も、重なった。 「どうもありがとうございました」 「いえ、どういたしまして」 「それ・・・とても大切にしているものなので」 「え?」 スザクの手の中にある鉢を見つめながら優しく微笑むユーフェミアを見て、今度は彼がきょとんとした。鉢には土が詰まっているだけで、植物らしきものは影も形もなかったからだ。 そもそも、どうやら売り物ではないらしいこの鉢を、彼女は何のために持ってきたのだろうか。頭を擡げた好奇心に直実なスザクが問おうとした瞬間、愛おしさが滲む彼女の声が先行した。 「 心臓が、ドクリと跳ねる。 彼女の話はときどき唐突なところがあって、これまでもスザクは驚かされることが多かった。今も真意を掴むことができなくて、喉のあたりで声が詰まる。 対するユーフェミアはゆっくりと顔を上げた。目元をほんのりと染めて、恥じらうように微笑む。 「クロッカスの花言葉です。これは貴方と初めて逢った日に咲いたもので、今は球根だけの姿で休眠しているけれど、来年の春にはまた綺麗な白い花を咲かせます」 「・・・はい」 「私、貴方が来てくれる日を楽しみにしていました。私から会いに行くことはできないから・・・この子にお願いをして、ずっと貴方を待っていたんです」 「・・・・・え?」 「もう来ないと言われても、私は貴方を待っていたい」 相手の瞳を見つめて話をするのは彼女の癖で、透きとおった紫の瞳は何よりも雄弁だった。だからスザクも瞳を逸らすことができない。 鉢を片手で持ち直して、重そうに鉢を抱えているユーフェミアの手に片手を添えた。 「“ 君にまた会いたい ”・・・それが赦されるのだとしたら、自分は・・」 「会いたいです。この時間だけではなくて、別の時間、別の場所でも」 もしかして、出会ったときから自分と彼女は同じ気持ちを抱いていたのだろうか。そんな考えが スザクの脳裏を過ぎる。先週のあの言葉は一体何だったんだろうと首を傾げたくなったりもするけれど、それでも今は断然嬉しさの方が勝っていた。 「・・・私を好きになってくれますか?」と上目遣いで呟いた彼女を抱きしめたい衝動に駆られた。しかし、添えた手にきゅっと力を込めるだけに留めておく。 時間はきっと、たくさんあるのだから。 これから、いくらでも。 逸る心を鎮めながらスザクが「もちろん、喜んで」 と返事をすると、ユーフェミアは華のようにふわりと笑顔を咲かせた。 |