下町の日々・2(前)





 制服、もしくはそれに準ずるものを纏っていることが圧倒的に多い彼にとって、私服は何よりもプライベートを強調するものである。それなのに、この時間だけはどうしても緊張して、特別訓練前 の整列時よりもよほど手に汗を握ってしまうのだ。
 それくらい、枢木スザクの中で土曜日の朝というのは一週間で最も大切な時間だった。
 店の外にまで緑あふれる、かわいい花屋。
 今日も迎えてくれるだろう愛らしい笑顔を脳裏に描きながら、スザクはガラス張りの扉を押し開く。

 花のことは何も知らない。
 チューリップやヒマワリなど、就学前の子どもでも知っているような花は実物と名前が一致するし、花は水をあげなければ枯れてしまうことくらいは知っていても、それ以上の知識はまったくなかった。縁もなかった。
 しかし半年くらい前、飼い猫が行方不明になったと泣いていた女の子といっしょに猫を探して歩いていたときに偶然この花屋の存在を知ったのだ。・・・いや、正確に言うならば、この花屋で働く彼女を、だろうか。
 まるで春の陽のような女性だとスザクば思った。
 ふんわりとしていて、穏やかで。優しくて。でも、「私もいっしょに探します!」 と迷子の猫ちゃん捜索隊への参加を表明した声はスザクを驚かせるほど威勢が良くて。
 数時間後には無事に猫が見つかったけれど、また彼女に逢いたいと思った。
 だから・・・・・


「いらっしゃいませ」

 入店を告げるベルの音が鳴り響くのと同時に駆けてきたユーフェミアに向かって、スザクはいつものように軽く一礼をした。
 土曜日の朝、8時半。
 自衛隊の駐屯地に併設されている寮の住人となったスザクに外泊の許可が下りるのは金曜日と土曜日の夜だけだ。だから当直を免れた土曜日の朝、開店してすぐの時間にスザクは自宅から花屋に足を運ぶ。
         彼女に、逢うために。

「ふふっ、今日もお早いんですね」
「はい・・お邪魔します」
「じゃあ、今日はどのお花にしようかしら・・」

 しかし当然のことながら、理由もなく花屋に顔を出せるはずもなくて。一番初めのとき、とっさに口を吐いて出た「知人にあげるため」 という名目の下、毎回花を一輪だけ買って帰ることにしていた。
 花を選んでくれるのはいつもユーフェミアだ。
 今日一番おすすめの花を、一輪だけ。そんな、売上げにあまり貢献しない注文にも彼女は笑顔で応えてくれる。そして何気ない会話に鮮やかな華を添えてくれるのだ。殺伐とした訓練生活を送 るスザクにとって、この時間は何より癒しの時間だった。
 だが、それも今日で終わりを告げる。

「いえ、最後なので、自分が」
「・・・え・・?」

 先週、ユーフェミアから言われたのだ、「いつもお花をもらえる恋人さんは幸せですねっ!」 と。
 確かに、花を選ぶときの参考として『知人』との関係や人柄を訊かれたとき、関係について明言しなかった上に、人柄についてはスザクが感じたままのユーフェミア像を伝えてしまったのだ。
 男性が定期的に花を贈る相手は女性、しかもその男性にとって非常に大切な存在であるに違いない      そんなふうにユーフェミアが考えてしまったとしても不思議はなくて、彼女に逢うため の口実として花を求めた罰が当たったのだろうとスザクは思った。
 想いを明かす前に、玉砕。
 漢らしくないなぁと思いつつも、初めに正面からぶつかっていかなかった方が悪いのだから、これも一つの結果として受け止めることにした。
 だから、最後に。

「・・・・今日で最後にしようと思うので、自分が選びます」


 彼女に花を贈ろう、とスザクは思ったのだ。




  第8期拍手 (11月19日〜11月21日)

  前編はスザ→→ユフィでした(笑)