幼馴染と秋の頃  〜 林檎りんご





 秋は夜が長いから読書には最適だと思っていたが、それは一般論でしかなかった。そう悟ったのはロイがホークアイ家に居候するようになってからだ。
 家計が苦しいというホークアイ家では夜に無駄な明かりを点けない。無駄・・というか、 必要最低限の明かりしか点けない。ロイに与えられた部屋も電気がつかないことはないが、リザが無言で差し出したのは太くて大きな蝋燭と、その燭台だった。
 しかしいくら蝋燭が立派でも、読書をするには光量が足りない。手元だけではなく、周りも明るくしておかないと視力低下を招くのだ。
 その夜、自分の視力は自分で守らなければならないと考えたロイが夜のホークアイ家を歩き回ると、キッチンから明かりが漏れていた。中にいたのはリザで、明日の食事の下 ごしらえをしていたという。さらに聞けば、以前蝋燭1本の明かりを頼りに下ごしらえをしていたとき指を切ってしまい、ホークアイ氏から「必ず電気を点けなさい」と注意されたと リザは語った。だからキッチンは明るくしている、と。

 それ以降、夜はキッチンで読書や課題をするのが明るさを求めるロイの日課となった。

 秋の夜は長い。そして寒い。
 しかし暖房を必要とする寒さではないから、ロイは少し厚着をしてキッチンに居座っていた。
 目の前には古めかしい錬金術書、ほぼ真上には明かりが点いた電球、そして右方にはシチュー鍋をかき回しているリザ。
 ひとりでいるよりも、キッチンでリザと一緒にいる方が暖かいとロイは感じていた。もちろん鍋を火にかけているのだから他の部屋よりは暖かいのは当然だし、それ以前に錬金 術書に熱中しているときはたとえ雪の中にいても寒さを感じないだろうが、それでも気分的に暖かかったのだ、リザといると。

「マスタングさん、どうぞ」

 肩をそっと揺すられて、ロイはアセノスフェアが対流している地中世界から引き戻された。
 本に夢中になっていた所為で気付かなかったが、いつの間にか真横にリザがいる。彼女がそっと差し出したのは紅茶だ。そしてふわりと香るのは林檎の匂い。

「・・・?」

 ありがとうと小さな声で付け加えると、リザは少し表情を和らげた。そしてくるりと向きを変えて自席に着くと、山積みになっていた林檎を剥き始める。どうやらロイが本の世界に 旅立っている間にリザの相手はコンロ上の鍋から卓上の林檎に変わっていたらしい。
 あぁそれで林檎の香りがしたんだと納得したロイが紅茶に口をつけると、しかし林檎の豊かな香りが鼻を抜ける。
 それはまるで・・・・・

「アップルティー・・?」
「お嫌いでしたか?」
「え、そんなことないけど・・・」

 お金がないホークアイ家にフレーバーティーがあったのかとロイは驚いたのだ。それを 悟ったリザは「林檎の皮を煮たお湯で淹れたんです」と言いながら剥きかけの林檎を掲げた。そしてそのままするすると皮を剥いていき、切り分ける。12等分された櫛形の林檎 は大きな鍋の中に消えていった。中にはすでにかなりの量の林檎が溜まっている。

「その林檎どうしたんだい?」
「マージおばさんにたくさん頂いたんですけど、痛みが早くて。・・・なのでコンポートにしてしまおうと思ったんです」

 話の間もリザの手は止まらず、林檎の山はどんどん切り崩されていった。まだ幼く小さな手は器用に包丁を操り、林檎をくるくると回し、綺麗に切り分ける。
 その指先は林檎の汁がついた所為で黒くなっていた。

(あぁ、そうか・・・)

 黒ずんだ指先と、それを気にも留めていないリザの表情を見たロイは唐突に理解した。
         この子がいたからこそ今の師が在るのだ、と。
 リザは確かに錬金術の才を持ちあわせてはいない。
 だが、それが何だというのだろう。
 リザは料理も掃除もできるし、細かい気配りもできるし、優しい。それはいくらロイが真似しようと思っても真似できないことで、何よりもホークアイ氏に必要な力だとロイは思った。
 錬金術師にとって錬金術は命を賭す価値がある。しかしリザは錬金術師ではないからこそ命の大切さに重きをおく。その結果、目の前の小さな少女はホークアイ氏のストッパーになっているのだ。
 それは、ロイでは担えない重要な役目で・・・・・

「ありがとう」

 自然と口から滑り出た感謝の言葉にリザだけでなく、言ったロイ自身も驚いた。
 しかし、目をぱちぱちさせるリザににっこりと笑いかけて誤魔化し、紅茶を口に含む。


 少し冷めた紅茶からは、鮮やかな林檎の香りがした。




  第6期拍手 鋼その1 (10月17日〜5月10日)

  仔ロイアイでした。