潤林安は西流魂街で一番恵めれている土地で、格段に治安はいい。まだ子どもである冬獅郎と桃、そして非力な老婆の3人で暮らしていても特に強盗などの被害に怯えたこと はなかった。そんなゆったりとした土地であるから心にも余裕ができるのだろう。潤林安の中では、比較的四季の装いが溢れている。 冬獅郎と桃が住む小さな木造家屋の中も例外ではなかった。囲炉裏がある部屋の端に置かれた背の低い箪笥の上には素焼の花瓶があって、季節にあわせた花々がいつも家の中を小さく彩っているのだ。 今の季節は鬼灯。 朱色の袋がぽこぽこと鈴なりについているのが大変可愛らしいこの果実。 花瓶からは毎日ふたつ、鬼灯の実が消える。 桃と冬獅郎がそれぞれひとつだけこっそりと実をもぎ取って、こっそりと裏庭で遊ぶのがこの季節の楽しみだった。 「あ、破れちゃった」 そして今日もまた、少女の残念そうな声が裏庭に響く。 しかしいつもであればその言葉に反応して桃を揶揄する少年の声は聞こえない。 「ね、シロちゃんできた?」 桃が隣を見ると、翠の眼がいつもより真剣な色をしていた。質問への回答はなく、口がもごもご言っている。しかし、しばらくもごもごを続けていた冬獅郎もついに諦めたらしく、 中身を飲み込むと桃の額をぺちりと叩いた。 「ひどーい、シロちゃん!」と非難の声が上がったのは言うまでもない。 「おまえうるさいんだよ」 「できた?って聞いただけだもん」 「人が集中してるときに声掛けるなっての」 眉間に皺を寄せた冬獅郎が立ち上がって尻についた土を払うと、桃もそれに倣う。その頬は膨らんだままだったけれど。 鬼灯は花瓶から毎日ふたつ消える。 桃と冬獅郎が鬼灯笛を作って遊ぶからだ。 花瓶に鬼灯を生けているのはふたりと住む老婆で、裏庭にたくさん育てている鬼灯を生けている。しかし、桃と冬獅郎は裏庭の鬼灯ではなく、花瓶に生けられた鬼灯を老婆に内 緒で毎日ひとつずつ拝借して笛作りに挑戦し、そのままおやつにしていた。 それは、秘密の味だからだ。 秋の里山は子どもたちにとって宝の宝庫で、茱萸・木通・山梨・無花果・柿・山葡萄などが食べ放題である。もちろん桃と冬獅郎も里山に行っておやつを食べているけれど、そ れでも毎日花瓶に生けられた鬼灯が欠かせないのは『老婆に黙ってこっそりと遊び、食べている』からなのだ。 罪悪感と引き換えに得られる鬼灯はふたりにとって極上のおやつ。 それでも良心がふたりを咎めるから。 だから、桃と冬獅郎は一日にひとつだけ鬼灯をもぎ取るのだ。 実は、老婆はふたりの可愛らしい悪事を知っていて、それでも見てみぬ振りで毎日鬼灯を生け直しているのだけれど、桃と冬獅郎は老婆にばれていると露とも思っていない。 そして鬼灯の実は、明日もふたつ消える。 それは今の季節だけの、ふたりの秘密だった。 |