いちばんやさしいうた C.C.はときどき歌を口遊む。 それはふたりで奥山暮らしを始めてから知ったことだった。何曲かレパートリーがある歌は裁縫や畑仕事をしているときなど、ふとした瞬間に顔を覗かせるもので、たまに歌詞すら省いて鼻歌だったりもする。 どれもルルーシュの知らない歌ばかり。曲の全貌どころか曲名すらわからない。 しかしそれらがC.C.の即興ではないと判るのは、何度か聴いているうちにルルーシュの耳がそのメロディやフレーズを覚えたからだ。 やさしい歌。人に聴かせるための力強い歌い方ではないから、という理由もあるのだろうが、どの旋律も繊細で美しく、それがC.C.の声に乗って運ばれてくるからルルーシュの耳に特別やさしく聴こえるのかもしれない。 ルルーシュはC.C.の歌が好きだった。 あるいは歌っているC.C.のやわらかい雰囲気が好きなのか。 それを素直に伝えて、万が一揶揄と捉えたC.C.が歌わなくなったりでもしたら嫌なので、終ぞ云ったことはないが。 それでも彼女の伴侶となった自分だけが密かに独占しているという優越感も同時に味わっていたものだから、ルルーシュはC.C.の歌が聴こえると静かに耳を傾けて、その歌声を楽しんでいたのだった。 「〜♪」 微かに届いた歌声に、ルルーシュは手を止めた。 久々に山小屋に帰ってきて、埃を掃ったり食料品の保存状態を確認したりと忙しく動き回っていた最中だった。留守が長かった分、やるべきことはたくさんある。しかしC.C.の歌声に、その歌にまるで魔法でも掛けられたかのようにルルーシュは自然と吸い寄せられ、寝室のドアをくぐった。 C.C.はベッドの上に居た。伏せてはおらず、ヘッドボードに背を預けて寛いでいる。 その、腕の中。 まるきり人形かぬいぐるみかと見紛うほど小さな赤子を抱いて、C.C.は歌っていた。 「覚えているか?」 一瞬、誰に話しかけているのか理解できなかった。C.C.と視線が合ってようやくルルーシュは自身への問い掛けだと気付く。 逡巡し、曖昧に肯定の返事をした。 というのも、ルルーシュ自身に向けられた歌を覚えているのではなく、妹をあやすその人の傍らで聴いた歌を記憶していたからだ。 しかし聞き違いではない。これを歌っていたのは。 「マリアンヌの子守唄だ」 はやりそうか。ルルーシュは奥歯を噛み締めた。 母の古い友人でもあったC.C.はルルーシュが生まれた後も何度かアリエスの離宮を訪ねたと、C.C.本人から聞いている。ルルーシュが赤子のときの来訪なら、母から子守唄を聴く機会があってもおかしくはない。 ・・・おかしくはないのだが、筆舌に尽くし難い抵抗感はあった。 ルルーシュの赤子時代を思い出しているであろう嫁に対する気恥ずかしさだったり。 あの母の子守唄を大切な我が子に贈ることへの苛立ちだったり。 そういう諸々の感情が貌に出ていたのだろう。少し困ったように笑ったC.C.は、腕の中でおとなしくしている赤子に視線を落とした。 「 C.C.にそれを歌ってくれた存在が居たのかどうかさえも彼女は知らないのだと、ルルーシュは思い出す。 だから聞き覚えのある子守唄を歌ったのか。それとも。 「感動したんだ、あのとき。あの負けん気の強いじゃじゃ馬娘だったマリアンヌが立派に母親の顔をして、お前に子守唄を歌っていた。とても・・・とてもやさしい歌だった」 云って、その後にC.C.の唇から零れたのは子守唄の続きだった。 ゆっくりとした調子。やさしい旋律。 C.C.の姿が、幼い頃に見た母の姿と重なる。 シャルルとマリアンヌはルルーシュとナナリーを愛していたのだと、これまで幾度となくC.C.から諭された。神殺しを前提とした彼らなりの愛し方であったという但し書きが付けば、愛はあったのだろうと今ではルルーシュも認めている。だからこそ幼少期に思い描いていたような掛け値なしの愛情と父母とを切り離して記憶したはずであったのに、いま思い出す記憶の中の母は確かに柔和な笑顔で子守唄を歌っていた。目の前に居る、C.C.のように。 一曲歌い終えたC.C.はベッドを軽く叩いた。その指示に従ってルルーシュが腰を下ろすと、すかさず赤子を渡される。 誰かの庇護なしでは生きられない、ちいさないのち。 黒目がちの円らな瞳と眼が合えば、それまで抱えていたモヤモヤした感情が洗い流されて頭の中が真っ白になる。そんな状態で脳裏を掠めたのは、やはり子守唄だった。 じっと見つめてくる瞳に急かされるように、ルルーシュは歌い出す。ルルーシュが唯一知っている子守唄を。 歌っていると、C.C.が寄り掛かってきた。小作りとはいえ頭を乗せられた肩が少し重い。 「・・・私やお前だって、他人のことを兎や角云える立場ではないのだからな」 C.C.がポツリと零す。 それもそうだ。かつて悪逆皇帝を演じたルルーシュと、嚮主や魔女と呼ばれ人々にギアスを授けていたC.C.。神聖ブリタニア帝国第98代皇帝とその皇妃に比べて、何と悪名高く罪深いことか。 それでもルルーシュは今を生きている。子どもまで設けて、良き父になろうとまで考えている。 個々の思惑と他人からの評価はこんなにも乖離していて、何が正しいのか誰も判らない。 「お前が私の歌を気に入っているように、私もこの子守唄を気に入っている。だから私は何度でも歌うよ」 子どもをあやすための子守唄だ、歌う機会は当然多くなるに違いない。その度にルルーシュは記憶の中の母をC.C.に重ねることになるのだろうか。 うっかり想像して、ルルーシュは眉根を寄せた。マザコンみたいでいい気分はしない。しかし仮にそうなったとしてもC.C.に歌うなとは云えないだろう。C.C.の声で奏でられる子守唄はとても美しいし、万が一他の歌まで封印すると云われたら口惜しいのだから。 歌っていることをいいことに、ルルーシュは返事をしなかった。心配しなくても無言の肯定はC.C.になら正しく伝わる。こういうところはC.C.が伴侶で助かったとルルーシュは思う。 明るい部屋。穏やかな時間。綺麗な思い出だけが残るとは云えない母の、それでも慈しみに満ちた子守唄を口遊むルルーシュの腕の中で、いつしか赤子はすやすやと眠りに落ちていた。
『いちばんやさしいうた』 2021/ 3/11 修正して再up |