『愛人』


 その評価は当たらずとも遠からずかもしれない、とC.C.は思った。

        『愛人』。

 品のない笑みを浮かべてその単語を持ち出したヒゲ男に然るべき制裁を加えたのはもちろんのこと、周囲に居た者たちへは再度それを口に出すのも躊躇するレベルの圧力を掛けておいた。
 至極当然の権利に基づいた行動だ。
 事実、ルルーシュとの間に色も恋もなければ、身体の関係もない。
 しかし『愛人』と通ずる点はあるのだ。他人に知られない方が何かと都合が良かったりだとか、切り捨てられない大切なものが別にあるところとか。
 コード継承の候補者。切っても離せない運命共同体のようなその関係に、『私は敵ではない』と暗に含めて共犯者と呼んだ。コードが譲渡されるその瞬間までは正しくそうあるだろう。不老不死 の呪いを押し付けられたあとにルルーシュがどう思うのか、C.C.には知る由もないが。

 ルルーシュはC.C.がゼロの愛人と呼ばれていることを知っているのだろうか。
 知っていたとして、ルルーシュはどのように感じているのだろうか。
 まぁ、少なくとも肯定的な反応は示さないだろう。辛酸を嘗め尽くした、酸いも甘いも噛み分ける大人のように振舞うくせに、恋愛面に関しては歳相応に疎くて純朴な少年だ。愛人以前に女のひ とりも知らないお子様なのだ。それが妹ひとりのために世界を相手取って足掻いているのだから、世も末である。

 スッ、と。唐突に頭が冷えた。
 そうだ、そう遠くない未来にC.C.は終わりを迎える。“C.C.”という役から解放される。そのために今ここに居るのだから。

 お前の愛人と云われた。そうルルーシュに云ってやったらどんな反応が返るのか。
 興味はあるが、どうでもいい話に成り果てた瞬間だった。










         ということがあった」

 どう思う、と目線で問われて、ルルーシュは奥歯を噛み締めた。
 逆に訊きたい。どうしてこんな話になった。
 つい先ほどまでまったく関係のない昔話をしていたはずだ。それなのに何を切欠に思い出したのか、不意にC.C.が「以前、ゼロの愛人と呼ばれたことがあった」などと云い出したのだ。
 唐突にも程がある。
 しかも、よりによって愛人。
 どうしてそうなった。
 今さらそんな話題を出してきた理由も不適切極まりない関係性が充てられた理屈も何ひとつ理解できず、ルルーシュはやはり黙り込む。
 どう思うか、に答えるならば不愉快の一言に尽きるだろう。永遠の道行きの伴侶として選んだ女を、何が悲しくて愛人認定されなければならなのか。しかもC.C.が淡々とした態度を崩さないのが また気に食わない。人生を達観している割には恋愛面で擦れていない女だから、愛人呼ばわりは我慢ならないに違いないと思ったのだが。

「お前はどうなんだ」
「私はあながち間違いではないと思ったよ」

 それを聞いたルルーシュは冷水を浴びせられた気分になった。
 腹の底でじわりと昏い感情が湧く。

「・・・どういう意味だ」
「云われたのはブラックリベリオンより前のことだ。あのときお前には唯一愛した存在がいたからな」

 そう云われてふと脳裏を過ぎったのは誰だったか。あまりに一瞬すぎて判然としないが、促されて連想した誰かがいたことにルルーシュは動揺した。
 男女のアレコレはすべてC.C.から手探りで得た。ただひとりを特別に愛し、欲することも。情欲が絡むソレを昇華する方法も。しかし自覚していなかっただけで、C.C.以前に想いを寄せた相手が いなかったとは云い切れないのだと思い知る。      いや、知ってしまった。
 腹に蟠る昏い感情はどこへやら、一変して冷や汗が背を伝う。
 C.C.と今の関係に落ち着いたのはゼロ・レクイエムの後だから浮気だの心変わりだのと責められる謂われはない。・・・もっとも、C.C.は平然とした態度のままだが。それはそれで気に食わないのだが。
 ルルーシュは切り込んでくる琥珀色の光彩を正面から受け止めた。ここで逸らさないのは意地が半分、経験則が半分だ。何でもない態を装って、狡猾な魔女は相手が無防備な状態になるのを手ぐすね引いて待っている。
 カラカラに乾いた喉へ、ルルーシュは無理矢理唾を流し込んだ。
 C.C.は脳裏を掠めた人物を知っているのだろうか。
 あれは          誰だ?


「ナナリーだろう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」


 想像の斜め上をかっ飛ばしてきたC.C.に、ルルーシュは鳩が豆鉄砲を食らったような貌を晒してしまった。
 受けた衝撃は頭に金盥が落ちてきたような、とでも表現すればいいだろうか。次いで、苦々しいというか遣る瀬無いというか、何というか、筆舌に尽くし難い感情が去来する。
 ナナリー。
 確かに彼女はルルーシュにとって唯一無二の存在で、それはそれは深い愛情を注いでいた。
 仁愛を。
 周囲が苦笑する程に行き過ぎたものであっても、しかしそれはあくまで血の繋がった妹に対する想いであり、即ち兄妹愛だった。
 だから見落としたのだろう。愛人という単語の所為で色恋方面ばかり必死に探っていたから。

「・・・?ナナリーではなかったか?」
「・・いや、合っている」

 ルルーシュは動揺を悟られないように話を合わせた。
 ナナリー、と胸の内側で呟いてみても、あの残像がナナリーであったかどうかは判らない。しかし見方を変えれば、所詮はその程度の相手だったということだろう。ならば気に掛けることもないと 断定して、この件に関しては区切りをつけた。
 過去ありきの現在ではあるが、それでも現在の方が重要であることに変わりはない。場末の安宿でC.C.を手に入れてから今に至るまで、ルルーシュの中で『女性』はC.C.ただひとりなのだから。

「それで、お前はどう思うんだ? ルルーシュ」

 悪戯っぽい眼差しを隠そうともしないC.C.が訊いてくる。
 そういえば答えていなかったか。意図をはかりかねて有耶無耶にしていただけだが、同時に受けた衝撃の大きさを物語っていたとも云える。
 いまだ続く面白くない展開に長い溜息をひとつ零して、それでもルルーシュはC.C.に告げた。


         愛人は間違っている、魔王おれには魔女おまえだけだからな、と。






『 『愛人』 』


2015/ 2/24 修正して再up