過去の遺産・後


 交渉人がその扉を開けると、中には絶対に会いたくない人物が待っていた。

「遅かったじゃないか」
「・・・・・・・・お前       向こうで待っていろと云ったはずだが」
「気にするな」

 どうせその格好を見られたくないだけだろう、と。澄ました貌に思いきりそう書いてあったものだから、予期せぬ事態に歪んだ顔を一層忌々しそうに歪ませる。
 美人が凄むと迫力が違う。
 しかし相手にとってはいろんな意味で馴染み深い顔であるから、軽く流されてしまった。
 無言で突き出された両手。早く寄越せ、という合図だ。

「・・・・・その前に云うことがあるだろう」
「おかえり。早く見せろ」
「礼の一言も云えないのか」

 溜息を吐きながら、それでも持ち帰った箱を易々と渡してしまうのはきっと、惚れた弱み以外の何物でもないのだろう。
 いや、そもそもあの画を欲しがったのはコイツだから、と傷を負った自尊心の回復を試みているうちに目の前で梱包は解かれ、例の肖像画が姿を現わした。これを両手で抱え、間近からまじま じと見る琥珀色の瞳には感慨深い思いが滲んでいる。
 少し解りにくいが、満足してくれたようだ。
 そう思って安堵していると、不意にベッドから降りて礼代わりなのだろう軽いキスを送ってきた。
 突然のことに面食らう。しかしどれだけ驚いても優秀な脳は散らかったままの箱や梱包材とそれらを片付けないまま扉へ向かおうとする後姿とをしっかり認識し、制止の声を上げさせるのだ。
 もちろん、すぐさま不満の声が飛んでくるわけだが。

「なんだ? 記憶の管理者すら追い出すほど恥ずかしいのなら、さっさと脱げばいいだろう」

 そういう意味での制止ではなかったにせよ、至極もっともな言葉だった。
 気分はさらに下降したが、無言で髪を鷲掴む。
 シニョンを作っていた長い後髪は存外あっさりと頭から外れた。と同時に顔を覆っていた特殊マスクを剥がせば、琥珀色の瞳の下は上質なアメジスト以上に美しいロイヤルパープルの瞳に変わる。
 交渉人は、      いや、ルルーシュは特殊マスクとウィッグを机の上に置くと、苛立たしげにスーツのジャケットを脱いだ。

「私に変装するのがそんなに嫌なら、代わりに行くなどと云わなければいいものを」
「うるさい」

 呆れたようにC.C.は云ってくれるが、それとこれとは別問題だ。
 そもそも、すべてはC.C.があの肖像画の情報を聞きつけたところから始まった。そして有ろうことかルルーシュの固有世界にある端末を使って勝手にあの学者と連絡を付けていたのだ。 本来の使用者であるルルーシュがそのことを知らされたのは、交渉に行くから取引材料になりそうな物を何でもいいから捏造しろと強請られたときである。
 ルルーシュは初め、耳を疑った。
 しかし事の次第をすべて吐かせ、諦めろとどれだけ宥め賺して説得してもC.C.は断固として画を手に入れると聞かなかったものだから、代わりにルルーシュが交渉に当たることでC.C.を納得させた、というわけだ。
 ちなみに、陵墓破壊の詔書は当然ながら捏造である。
 もちろん当時の記憶を検索して詔書の文面はオリジナルに合わせたし、署名もルルーシュ本人のものであるから、ある意味本物なのだけれど。それでも使用した紙やインクに年代は反映され ないから、測定器にでも掛けられたりしたら確実に偽物だとバレてしまう。だから、どのように判じられても構わないような、一番どうでもいい政策の詔書を捏造した。
 むしろ頭が痛かったのは、すでにC.C.がクリスティーヌ・キャンベルの写真を先方へのメールに添付していたことだろう。
 よりにもよってC.C.を中華連邦に派遣しようとしたときに捏造したパスポートの写真を引っ張り出してきたものだから、それと同じ姿に変装しなければならず、随分ひどい目に遭った。
 男に迫られることがこれほど気分を害することだったとは。
 それでも知らないところでC.C.が他の男に云い寄られるよりはマシだった、と。そう思い込むことでささくれ立つ神経を宥める。
 一方のC.C.はルルーシュが着替え終わるまでベッドに寝転がって画を眺めていた。

「行くぞ」

 クラブハウスにあった自室を模した固有世界ゆえに、扉は自動開閉である。
 しかし開いた扉の向こうは廊下でもこの世界の続きでもなく、異様な広がりを持つ空間に繋がっていた。
 大小の絵画が宙に浮く、美術館染みたCの世界。
 結局C.C.を先に通して後を付いて行くと、途中とある一角で優雅にティータイムに興じている記憶の管理者たちを見掛けたが、ふたりは構わず先へと進む。
 たどり着いた先はC.C.の記憶が綴られた絵画の隣、もう少し小さな絵画の前だった。
 ルルーシュにとってもC.C.にとっても特別な存在。額縁の中で、瞳を閉ざした無垢な少女がやさしく笑っている。しかしその笑顔があるときを境に仮面のような作り笑顔になったことを、ふたりとも知っていた。

「・・・・・・お前にも生きているうちに見せてやりたかったんだがな・・」

 女の声に悲痛な響きはない。
 ただ、両手で抱える肖像画に注がれる視線が、残念だと訴えていた。
 C.C.がその画を少女の絵画の隣に掛ける仕草をすると、どういう仕組か、母子の肖像画は宙にピタリと固定される。

「私を捕らえて生体研究をさせていたヤツが描いた画だと云うからどんな画かと思えば、・・・なかなかいい画じゃないか。なぁ、ルルーシュ?」

 聞こえていたけれど、ルルーシュは何も答えなかった。そして無言のまま踵を返す。
 しかし、C.C.も何も云わなかった。答えたくない何かがルルーシュの中にあることと、家に帰ることだけ解っていれば充分だ。
 途中で記憶の管理者にあの画を外すなと念を押して、C.C.はルルーシュの後を追う。


 肖像画の母子は、描かれた当時と変わらない微笑でふたりを見送っていた。






『過去の遺産・後』


2013/11/ 3 修正して再up