傷だらけのそらが泣いた


 哀しかった。
 ルルーシュへの関心が年々薄れていくのを目の当たりにするこの日。
 悪逆皇帝が討たれた日       多くの合衆国が独立記念日と定めるこの日は、いまやただの祝日と成り果ててしまった。
 戦争を知らぬ故に、平和の真価を解せぬ子どもたち。
 消えていく血の記憶。
        命を賭した甲斐があった、と。
        よかった満足だよ、と。
 人々の与り知らぬところで新世界の礎となった少年ふたりは屈託なく云うだろう。
 C.C.とて同じ気持ちだ。
 しかし、それが世界規模で良き変化が起きた証であることに違いはないのだが、やはり大切な者が払った代償を思うと手放しで喜べない。
 悪逆皇帝が帝位に就いていたのは約2ヶ月。いくら映像技術が確立していたとはいえ、その姿をおさめた映像自体が少ないのだから、毎年必ず放送される特別番組も どこかで見たような内容にしかならない。ついには耐え切れなくなって、C.C.はテレビから顔を背けた。
 小さな窓から、切り取られた空が見える。
 鉛色の昏い空。ぽたぽたと降る冷たい雨。まるで、空が泣いているみたいだ。
 ・・・・泣く必要など、ないというのに。

 空は広い。あの頃よりも、ずっと。
 軍事用のナイトメアフレームが飛び交うこともなければ、悪逆皇帝の象徴とされたダモクレスもとうの昔にこの惑星の軌道から外れ、脅威となることは今後一切ない。 浮遊艦やシャトルは人や貨物を運ぶだけだ。
 空は、ずっとずっと自由になった。
 縛る者は誰もいない。
 だから、・・・・・泣いているみたいだなんていうのは、ただの思い違いで。
 本当に泣いているのは        ・・・





「なんて貌をしている、C.C.」

 不意に頬へ触れた感触に、しかしC.C.は驚きもしなかった。
 ゆっくりと首を傾け、傍らに立つ男を見上げる。
 頬に触れるあたたかい手。手を重ねて頬擦りすると、紫紺色の瞳が僅かに細められた。

「お前が泣くことないだろう」
「泣いてない」
「まだ、な」

 云うなり、ソファーの上で膝を抱えて座っていたC.C.の身体を抱き上げ、男はそのままソファーに腰掛ける。
 肌に染み込む体温がささくれ立つC.C.の心を宥め、けれど同時にひどく騒めかせた。やわらかく抱きしめる腕の中で身を捩り、C.C.は男の首に縋りつく。
 馴染んだ匂いに安堵して、涙腺が緩んだ。
 男の云う通りになったのは悔しいが、今日ばかりは仕方がない。
 この日に情緒が不安定になるのは、決まってC.C.だ。男も長い付き合いでよく解っているから、それ以上何も云わなかった。
 ただただ時間だけが流れる。
 テレビを消した室内は、耳鳴りがするほど静かで。
 陽が傾き、室内に濃い影が落ちてもC.C.は離れなかった。
 足の痺れは我慢できる。しかし時間は待ってくれない。このまま相手をしてやりたいのは山々だったがそういうわけにもいかず、男はC.C.の肩に手を掛ける。

「C.C.、食事の   
「いい」
「ピザを焼   
「いらない」

 まるで子供が駄々をこねるように、C.C.は首を振る。くすぐったい、と男が眉根を寄せていると、震える声が耳に届いた。
 お前が居ればいい、と。

「・・・・・・・・」

 ピザに勝った、などと単純に喜んでいられる状況ではない。
 いつもより遥かに重症である。まるで自身のことのように受け止めてくれるのは嬉しいが、こんな思いをさせたいわけではない。
 血塗られた薄暗い歴史に、       自らの記憶にない戦争と虐殺の記録に興味が薄いのは、平和しか知らない人間にしてみれば当然のことなのかもしれないと、 男は割り切って考えている。たとえ形式的なものだとしても、自らの行動が永遠に楔となればいいと願っている、それだけだ。
 だが、C.C.は感情移入が過ぎる。
 冷徹な魔女のようでいて、しかしそう装っているだけの、やさしい女だから。
 男は小さく息を吐いて、腰を上げた。

「場所を移すぞ」

 C.C.から返事はない。ただ、首に縋る腕に力が込められただけだ。そこに『落とすなよ』というメッセージが含まれていることは理解したから、 誰が落とすかと内心悪態を吐いて、男は寝室へと続くドアを開けた。
 おかげで感傷に浸る余裕もない。
 だが、彼女に救われているのも事実なのだ。まるで鎮魂のように静かに降り頻る雨もその音も、腕の中にある重みの所為で気にならない。
 生活リズムを崩すのは好まない。目的もなくだらだらと時間を潰すのは性に合わない。それでも今日だけは残りの時間をC.C.のためだけに使おうと、 華奢な身体をベッドに下ろしながら、ルルーシュはそう決めていた。






『傷だらけの昊が泣いた』


2012/10/ 9 修正して再up