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黒猫のアンプロンプチュ 不思議な女だった。 姿かたちは人間だ。汚れひとつない服を着て、ベンチに深く腰掛けている。 隣には大きな鞄がひとつと、黄色の巨大なぬいぐるみが一匹。どうやら旅の途中のようだが、物憂げな表情がただのお気楽な旅行者とは異なっていた。 「・・・・・」 「・・・・・」 ふと眼が合った。 互いに視線を外さず、ピクリとも動かず、一言も声を発さず、まるで時が止まったようだ。 只者ではないと思った。 大きな金色の瞳が、ネコよりもネコのように妖しく輝いている。 だから、女が喋ったときには驚いた。 「お前、ひとりか?」 どこか寂しそうな声だった。理由を問われても困るが、気になってそのまま通り過ぎることができない。 気付けば、女の膝に座らされていた。 顎の下を擽られる。それでも悪い気はしない。むしろどこか懐かしいような気がして、もっと傍にいたい希求が湧いた。 「よしよし、いい子だなぁ・・・ルルーシュ」 ルルーシュ。どこかで聞いた名前だ。 首を傾げる。 この女に呼ばれると、まるで自分の名前のように錯覚する。 まるで、それが本当の 「・・・お前、何にでも俺の名前を付けるなよ」 唐突に背後から声がした。 ベンチに座る女と正面から向かい合う形でひとりの男が見下ろしている。 なんだコイツは。コイツも姿かたちこそ人間だが、気配が人間ではない。怒気を隠そうともしていないから余計に威圧感がある。 グサグサと刺さる視線が痛い。 「だって、お前そっくりじゃないか。警戒心が強いくせに、構ってやると澄まし顔のまま甘えてきて」 女が頭を撫でれば撫でるほど、男が殺気立つ。 乗せられた腿の上はやわらかくて心地よいが、これでは針の筵だ。こちらも毛を逆立て、尾を膨らませ、唸って威嚇を続けるが無視される始末。 男の手が伸びる。強制的に排除されるのかと思いきや、男の手は鞄の取っ手を掴んだ。 「いくぞ」 素っ気なく云い放った男はさっさと踵を返してベンチから離れる。 何だったんだ、アイツは。不意打ちを警戒して男を睨み続けていると、不意に身体を持ち上げられた。女の膝から地面へと下ろされたのだ。 見上げると、女がぬいぐるみを抱え上げたところだった。 振り返って屈んだ女にまた頭を撫でられる。 「元気でな」 そして女は男のあとを追った。 若草色の髪が鼻先でふわりと翻る。一瞬だけ見えた女の横顔が嬉しそうで、唇がやわらかな曲線を描いていて、女が待っていたのはアイツだったのだと気付かされた。あの、“ルルーシュ”とかいう男だと。 悔し紛れに一鳴きしてみるが、なんとも空しく響くだけ。それを悔しく思ったことなど、生涯の秘密である。
『黒猫のアンプロンプチュ』 2012/10/ 8 修正して再up |